441.具体的に
報告会三日目。
今日は雨が降っている。
激しくはないが、夜中からずっと降り続いていて、止む気配がない。
なので、クノンらが集まった場所は。
いつもの道端ではなく、「実力」の拠点の古城である。
「ぼちぼち魔術戦に向けて力を入れていかないとな」
広間の端っこを陣取り。
各々の報告をざっと聞き。
ベイルは「明日は折り返しだしな」と続けた。
そう。
二級クラス育成計画の期間は、一週間。
そして、すでに三日が過ぎている。
「この辺からはちょっと秘密が多くなりそうですね」
クノンが言うと、三人は頷く。
ベイル、オレアモ、カシス、クノン。
同じ実験に挑む同志である。
もっと言うと。
共同で実験を行っているグループとさえ言えるかもしれない。
だが、育成している二級クラスの生徒は違う。
詳しくは知らないが。
育成している生徒同士が魔術戦で当たる可能性も、きっとあるだろう。
ないにしても、だ。
秘密を漏らす理由にはならない。
担当生徒の不利にこそなれど、有利には働かないから。
「詳しく知るのは、終わったあとレポートで、だな。楽しみにしている」
オレアモは本当に楽しみにしているようだ。
まあ、クノンも同感だが。
「じゃあ報告会、今日までにしときます?」
カシスが問う。
ここから先は、本格的な魔術戦の訓練を行う。
そしてそれは話せない内容となる。
こうして集まっても話すことがないのでは、ということだ。
「いや」
ベイルは首を横に振る。
「互いの状況の確認も兼ねているから、俺としては続けたいな。
問題がなければいい。
でも、問題が発生したら、それは少しでも早く共有したい。
ほら、俺たち特級クラスって、たびたび加減が利かなくなるだろ?
特級の中でなら、まだ納得もできる。
大抵本人が望んでひどいことになってるってだけだからな。
夢中になり過ぎた、とかよ。
でも、今俺たちが相手してるのは二級クラスだ。
この四人で互いを監視するのもいいと思うんだ。
やりすぎないようにな」
――さすがだ、とクノンは思った。
さすがはベイルだ。
さすがは派閥の代表になるだけの人物だ。
奇しくも昨日、解散した直後に。
へろへろになったラディアに言われたのだ。
――こんなに激しいのを毎日続けたら壊れてしまう、と。
どうも自分は、中級魔術を使わせすぎているようだ。
アゼルとラディアに。
対して、初級魔術を使いまくっているデュオはピンピンしているが。
やはり中級魔術は効率が悪い。
威力は高いが、普段使いには向かない。
……ということを学んだ上で。
これから、魔術戦に向けた準備をしなければならないわけだ。
「ああ、わかります」
と、オレアモは顔をしかめた。
「昨日言われましたね。こんなに中級魔術を使わせるな、倒れるぞ、と」
「あ、私も言われた。『やっぱりカシス君も特級ねぇ』って言われた。カシスちゃんだろ、っての」
三ツ星がいる火と風も、クノンと同じような感じらしい。
「カシスちゃん、うまくやっていけそうですか?」
「クノン君が呼ばないでよ。先輩と後輩でしょ」
難しい。
乙女心が読み切れない。
この辺が己に欠けている紳士力なのだろうか、とクノンは思った。
「とにかく、様子を見ながら慎重にな。
大事な魔術戦の前に潰しちまったらシャレになんねぇ」
その通りとばかりに、全員が頷いた。
◆
「今日から本格的に、魔術戦の訓練をやろうと思ってるんだ」
校門前で合流したデュオと歩く。
水属性は悪天候に強い。
クノンもデュオも水属性だ。
雨は魔術で避けられる。
かつては、足元が悪くなると困ったクノンだが。
とっくに克服済みである。
靴の裏に氷でできた鋲を打ってもいいし。
「水球」を板状にして、足場を作ってもいい。
いろんな方法を編み出した。
なんなら濡れても脱水できるし、どうとでもなる。
「いよいよ始めるんだな」
「そうだよ。待たせたね」
これまでは、アゼルとデュオがどこまでできるかを確認した。
正直、まだまだ調査はしたいのだが。
でも、残り時間を考えると、そろそろ始めないとまずい。
中級魔術を使い放題。
夢のような時間だったが、そればかりをしていられない。
文句も言われたし。
女性に。
「具体的に何をするんだ?」
「すぐに使える、誰でも勝率が上がるかもしれないとっておきの技術を教えるよ。
魔術戦が強くなりたい。
魔術が得意になりたい。
水魔術を追求したい。
お金が欲しい……女の子にモテたい……紳士になりたい……。
僕はこの方法で、これらを手に入れたんだよ」
「す、すげえ……」
デュオはごくりと喉を鳴らした。
――魔術師の欲望を全部叶えられる、とっておきがあるらしい。
――そんなの期待せざるを得ない。
「詳しくはアゼルと合流してからね」
「よし、急ごうぜ」
「ダメだよ、アゼルに準備する時間をあげないと。
早く帰った意味がないでしょ」
逸る年上を宥めつつ、二人はゆっくり歩いた。
屋敷の前には、いつもの老執事と、巻き毛の女性が立っていた。
「ラディア嬢だ。ごきげんよう」
「はい、ごきげんよう」
昨日参加したラディアだが。
どうやら継続するつもりのようだ。
昨日の別れ際。
へろへろで文句を言っていたので、もう来ないかと思っていた。
疲労困憊だったから。
心なしか巻き毛もしなっとしていたし。
「あの時から何も変わらない素敵なレディだね。どうかこの紳士とランチを共にしてくれませんか?」
「……まあ、二人きりにはなりませんけどね」
――ラディアがここにいる理由は、老執事の雨よけのためだ。
どうせ、じきクノンらが来る。
ならばそれまでは、と。
クノンには即座にバレたが。
今日のテーブルは、屋内だ。
屋敷の応接室に通された。
サンドイッチやお菓子がテーブルに並び。
クノンら四人が囲む。
「君たちのことはだいたいわかったから、今日から魔術戦の具体的な準備をするよ」
クノンの言葉に、三人が反応する。
各々好きなものを食べていたが。
ついに、一番欲しかった獲物が降ってきたのだ。
反応しないわけがない。
「本当はもう少し調べたいけど、時間がないからね。
食べながらでいいから聞いてね。
二級クラスでは授業で習うんだよね?
でも僕は独学だから、教本とか先生とは違うことを教えるかもしれない。
僕が必ず正しいってわけじゃない。
自分に合うやり方を選べばいいから、それだけは忘れないでね。
じゃあ始めるよ。
まず、魔術戦の基本はね――」





