440.もう彼を自由になどさせない彼女
報告会二日目。
「予想通り、この辺から差が出てきたな」
ベイル、オレアモ、カシス。
そしてクノン。
二級クラス育成計画に参加する四人が、今日も集う。
傍目には、ただの立ち話にしか見えないが。
集まる場所が、ほぼ何もない通り道なだけに。
簡単に報告を交わしたところ。
やはり、この辺からやり方がだいぶ違っている。
一日目は「話をした」だけだったのだが。
二日目は、かなり具体的な方針で動き出している。
クノンとしても興味深い。
「担当生徒の素質にも拘わりますけどね」
カシスの言う通りである。
特級生はベイルだけだが。
各々受け持つ二級クラスは、三ツ星が三人もいるのだ。
「素質っつーと、星の数か。
やっぱ違うか? 俺んとこだけ三ツ星いねぇんだよな」
ベイルが難しい顔で腕を組む。
土属性だけ二ツ星だけなのだ。
火も風も水も、一人ずつ三ツ星がいるのだが……。
それが悪い、文句がある、というわけではない。
だが、レポートを書くことが決まっている。
それだけに、スタートラインの条件くらいは揃えたい、とは思う。
「具体的な差は、やはり試行回数の多さか?」
オレアモの意見に、クノンも同意する。
「そうですね。昨日は散々試してもらいましたけど、さすがの魔力量でした。
中級魔術をばんばん使ってくれましたよ」
昨日。
アゼルには、クノンが思いつく限りの色々を試してもらった。
期待通りの試行回数を重ねることができた。
おかげで、魔力戦のプランの幅が広い。
広すぎるくらいだ。
もうニヤニヤが止まらなくなった。
あれもできるし、これもできるのだ。
あんなこともできるだろう。
そう、魔力があれば。
おかげで、楽しい悩みがずっと頭の中を駆け回っている。
「楽しいよな。私もあれくらい魔力があればな」
「僕もそう思います。そちらのレディは?」
「普段は特に何も思わないけど、今回ばっかりは普通に羨ましいよね」
二ツ星三人が、自然と一人の三ツ星を見る。
「はっはっはっ、いいだろー?」
ここで嫌味なく笑えるのが、ベイルの魅力なのだろう。
◆
報告会を終え、三日目の育成計画が始まる。
今日も校門前でデュオと合流し、先に帰ったアゼルの家へ向かう。
「他の連中ってどうなってるんだ?」
「順調みたいだよ。
他の三属性は、学校の施設を借りてやってるんだって」
クノンらは、アゼルの門限があるから場所が違うだけだ。
まあ、どこでやろうと構わないだろう。
やる気さえあれば。
「――どうぞお入りください」
やはり今日も門の前にいた老執事。
彼に案内され、いつもの庭のテーブルへ通されて――
「お久しぶりです、クノン」
先客がいた。
豪華な巻き毛の女子だ。
「ラディア嬢だ! 久しぶり!」
そう、アゼルと同じ教室で学んでいるラディアだ。
彼女のこともちゃんと覚えている。
あの豪華な巻き毛は、一度見たら忘れない。
まあ、見えないが。
「え、ええ」
クノンの勢いに、彼女は少し戸惑っているが。
しかし、仕方ないだろう。
――そうだ、これだ。これなのだ。
クノンは常々思っていた。
この育成計画、何かが足りないと。
というか女性が足りないと。
カシスがずっと一緒なら、満たされたと思うが。
そうじゃないから困っていた。
そうだ、女性だ。
女性さえいれば、クノンはやる気が倍増するのだ。
今日辺り、アゼルに頼んでいたかもしれない。
使用人でもいいから女性を呼んでくれ、傍に置いてくれ、と。
「君も訓練をしに?」
「ええ、アゼル君の話を聞いたところ、非常に気になりまして。
でも秘密でお願いしますね。
立場上、アゼル君と仲良くしている姿は見せられないので」
「わかった。二人だけの秘密だね?」
二人だけの。
無理だろう。
ここはアゼルの家だし、そこにはデュオもいるし。
――だが、ラディアとしては、クノンの返事に否はない。
秘密にしてくれるなら文句はない。
二人だけの秘密ではないが、強いて言うこともないだろう。
「人は共通の秘密を持つと、親密になる可能性が高くなるそうだよ。
レディとしてどう思う?」
「二人だけの秘密じゃないから、何も思いません」
いや、さすがに言った。
「デュオ先輩も、私がここにいることは内密にお願いしますわね」
「わかった。
アレだろ? 国別の派閥みたいなやつだろ?
庶民出の俺にはわからん世界だし、余計な口は出さないよ」
国別の派閥。
出身地や身分で小さな貴族世界が構築され、それが横行している。
それこそ二級クラスが荒れている原因である。
これに関しては、クノンも何も言うつもりはない。
理由はどうあれ。
魔術戦を通して、二級クラスの魔術界隈が活性化している。
生徒としては、それ自体はむしろ歓迎している。
魔術が活性化して。
二級クラスの生徒が魔術に夢中になって。
その結果。
特級クラスまで行きたい。
もっと魔術を追求したい。
そう考えてくれる人が、一人でも増えれば。
とても嬉しい。
ただ。
ラディアとしては、まず確かめることがある。
「……ねえクノン」
「何? 僕最近紳士としての自信を失ってるんだけど、僕って紳士らしくないかな?」
「クノンとは浅い関係なので、あなたの内面及び社交性に関してはわかりません。
それより――」
こほんこほん、とラディアは咳払いをする。
「昨日、アゼル君の魔力を使って、相当無茶をしたそうですわね?
聞いた限りでは、中級魔術を二十発は撃たせたとか」
「二十四発だよ。
すごいね、三ツ星って。僕なんて五、六回使ったら魔力が尽きるのに」
あはは、と笑いながら答えたクノン。
ラディアは確信する。
――やはりこいつはアゼルの身体目当てだ、と。
ラディアも三ツ星である。
魔力量としては、アゼルとそう変わらない。
それでも一日二十発以上の中級魔術は、多すぎる。
アゼルは意地っ張りな性格だ。
加えて、簡単に弱味を見せられない立場と身分がある。
クノンに言われれば、限界以上に頑張ってしまうだろう。
実際昨日は頑張ったようだし。
おかげで、今日のアゼルはふらふらだった。
どう見ても疲れていた。
クノンが無茶をさせたせいだ。
彼の魔力を使って、好き放題やり散らかしたせいだ。
まあ、それ自体はまだいい。
お互い若いのだ。
そういうこともあるだろう。
しかし、こんなのが連日続くとまずい。
倒れてしまいかねない。
いくら若いと言っても限界がある。
対抗戦は目前なのに。
だから、ラディアが来たのだ。
クノンの無茶を止めるために。
アゼルに倒れられては困る。
彼はきっと、魔力を使い切るまで、断ることはしないだろうから。
この辺の真意は誰にも話していないし、話すつもりもないが。
場合によっては、自分が身代わりになる。
そうしてでも、クノンの若き暴走を止める。
もうアゼルを、クノンの好きなようにはさせない。
彼の身体を自由になどさせるものか。
そう決意して、この場にいるのだ。
こうして、クノンが自由にできる三ツ星が一人増えるのだった。





