438.集まればこうなる
「やっぱりこの辺なんだなぁ」
今日から本格的に、二級の二人に魔術を教えることになった。
正確には魔術戦を、だが。
学校で合流したクノンとデュオは。
今、高級住宅街を歩いていた。
「す、すげえ豪邸ばっかだな……」
デュオは来たことがなかったらしい。
行く者の少ない広い道。
長く続く高い塀、その奥にある大きな屋敷。
見るからに貴族の住んでいそうな地区である。
――この辺は狂炎王子や聖女が住んでいて、ついでにロジー邸もある場所である。
クノンは何かと縁があり、頻繁に来ている。
「デュオは庶民出?」
「あ、ああ。いたって普通の家庭で育ったよ。……おまえも貴族の子だよな?」
「そうだよ。ここでは何も関係ないけどね」
ここは魔術都市ディラシック。
身分差などない。
強いてあるとすれば、魔術師として優秀か否かくらいだ。
「クノン、おまえもこの辺に住んでるのか?」
「いや、うちは使用人を一人しか連れてきてないんだ。
大きな屋敷だと手が回らないでしょ?
もっと街中で、魔術学校に近い家に住んでるよ。
二人で住むには少し大きめだけどね」
ついでに大まかな住所を告げると、デュオは頷く。
「あの辺か」
だいたいの見当がついたようだ。
「君は寮?」
「寮には入れなかったんだ。定員オーバーでな。
ついでに言うと仕送りがないから、安いアパートメントに部屋を借りて働きながら学校行ってるよ」
「へえ。偉いなぁ」
「……なあ、特級クラスってどれくらい金がかかるんだ? 俺は今、月五万から六万の稼ぎで暮らしてるんだが、もっと必要になるか?」
どうやら彼は、特級クラスまで進級することも考えているらしい。
「いくらくらいかなぁ。
まず、特級は家賃が免除になるんだよ」
「免除!? マジかよ!」
――と、そんな話をしながら歩いていると。
「お待ちしておりました」
とある屋敷の前に、優しそうな老執事が立っているのに気付く。
近づくと挨拶をしてきた。
どうやら目的地はここのようだ。
アゼル・オ・ヴィグ・アーセルヴィガ。
ここが彼の家である。
アゼルは、アーセルヴィガ王国の王族に連なる者である。
ゆえに、住んでいる場所もそれ相応だ。
「クノン様とデュオ様ですね? 中へどうぞ」
案内されたのは、庭である。
魔術の訓練をするのだ。
屋内ではまずい。
まあ、テーブルは用意してあったが。
あとお茶とか、お菓子とか。お菓子とか。サンドイッチとか。なんか大きな肉とか。
おいしそうではある。
が、三人分にしては多い。
「今主人を呼びに行っていますので、こちらでお待ちください」
テーブルに着いて待つと、程なくアゼルがやってきた。
「すまない、待たせた。
昼食は済んだか? ぜひ食べてくれ」
「ああ、じゃあ貰おうかな」
遠慮なくデュオが手を伸ばす。
「……にしても気合が入りすぎじゃないか?」
お茶はともかく、お菓子やサンドイッチ、肉。
確かに気合が入っている。
「そ、そうか? こんなものかと思ったんだが」
まあ、その辺はいいだろう。
「食べながらでいいから聞いてね。僕なりに育成プランを考えてきたんだ」
と、クノンはポケットからメモを出す。
「とにかく時間がないからね、効率よく鍛えていこう。
その上で聞きたいんだけど、二人はどんな魔術が好きなの? それを軸に魔術戦の基礎を構築していこうよ。ちなみに僕は知っての通り『水球』と『洗泡』だね。相手の魔力操作が甘い魔術であれば、だいたいはこの二つで対処できる自信があるよ。まあ希少属性は別だけどね。いまいち対処法が確立できないんだよね、あの辺。あえて言うならやられる前にやる、って感じだよ。そうでもしないと完封されそう」
「私は細かい魔力の操作が苦手のようで、だから中級魔術を放つのが好きだ。あれだけの水量、いわゆる物量が出せればそれなりに使えるからな。
クノンのように、迫る水全てを『水球』に変換する、などという恐ろしく器用な真似ができる者などそういない。……そもそもあれは何なんだ? うちのクラスにも何人か練習している者がいるが、誰もできなかった。未だに練習しているくらいだし、再現には程遠い。
あれは本当に『水球』なのか? 別の魔術なんじゃないか?」
「俺も同感だ。本当に『水球』か?
先日戦った時は、水以外も『水球』や『洗泡』で対処してたよな? 俺たちが放った魔術を魔術で操作し返されるのは納得できる。理屈で言えば水を操るのが水魔術師だからな。だからそれはわかるんだ。火もまだわかる。水で消せるからな。
でも、風だの土だのはなんだ? 何をどうやってどうしたらああなるんだ? 風を包み込むって何なんだ?
おまえ本当に水魔術師か? それも二ツ星なんだよな? 固有魔術とかじゃないんだよな?」
クラスは違えど、同じ勉強中の魔術師。
それも同じ水属性。
昨日もこうなった。
面識は浅くとも、言わば専攻が一緒の学生たちだ。
興味がないわけがない。
そして、今日もこうなった。
クノンは少しだけ覚悟を決めた。
――いっそ夜を徹するつもりで、とことん話す必要があるのかもしれない、と。





