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437.観察終了





「決まったか?」


「うーん……正直まだ迷ってるんですよね」


 二級クラスとの顔合わせ。


 それを済ませたクノンは、今日もロジー邸へやってきた。


「こちらのことは気にしなくていいぞ」


「でも、貴重な機会でしょう?

 ここではまだまだ学ぶことが多いんですよ」


 そして今日も、いつもの応接室で。

 シロトの腕を見ている。


 だが。


 実は先日。

 そろそろ引き上げる旨を伝えたのだ。


 もう観察記録は必要ないだろうから、と。


 魔人の腕は、本当に一体化した。

 見た目でも判別できないくらいに、綺麗に。


 腕を付けたシロト本人も、違和感がないと言っていた。


 まさに造魔学の技術の結晶である。


 この魔人の腕に関わる全て。

 最初から最後まで、得難い体験ができたと思う。


「もしかしてロジー先生の心配をしているか?」


 元は車椅子で生活していたロジー・ロクソン。


 今は魔道具のおかげで、普通に歩いているが。


 心配、というとアレだが。

 クノンくらいの魔術師が、己よりずっと先にいる魔術師の心配など必要ないだろうが。


 でも、確かに、気にはなっている。


 シロトは派閥の代表で、屋敷にいない時間もあるから。


「私はカイユが戻るまではここにいるつもりだから、気にしなくていい」


 ――現在、この屋敷には三人住んでいる。


 屋敷の主ロジー・ロクソンと、義娘のシロト。

 そして臨時の助手として、「自由の派閥」のアイオンがいる。


 少し前まで、グレイちゃんもいた。

 シロトにだけ正体を隠したグレイ・ルーヴァという、少々扱いに困る人が。


 彼女も、もう引き上げた。


「第一、私は先生の身内だからな。

 身内として、アイオンさんにだけ任せるわけにはいかない。


 そもそも彼女は、魔人の腕を作るための助っ人だった。

 なのに随分長居させてしまっている。


 本人は『自分も勉強になるから』と言っているが、どこまで本当か……」


 この屋敷は、造魔学に抵触するものが多い。

 ゆえに、その辺の人を入れるわけにはいかないのだ。


 屋敷のことをする者。

 ロジーの身の回りの世話をする者。


 そういう存在が必要になる。


 ――ロジー本人としてはもう自分で全部できるのだが。


 身の回りの世話が必要なのは、足が動かなかった時までの話。


 今は問題ないのだが。


 どう言っても娘や弟子が放っておかないからと、もう諦めている。


「カイユ先輩、まだ帰ってこないんですか?」


 住み込み弟子のカイユ。

 彼はまだ、ディラシックに戻っていない。


 きっと今も、例の生首を完成させようとしているはずだ。


 彼が屋敷にいれば、シロトもアイオンも自宅に帰れるのだが。


「もう少し掛かりそうだな。


 ……ああ、おまえには隠す必要がないのか。


 私もあの魔伝通信首の開発に関わっているんだ」


 初耳である、が。

 よくよく考えれば、意外でもなんでもない。


 シロトもまた、ロジーの助手を務められるわけだから。


「私は一日も早く、あの技術を完成させたい。


 単純に興味と好奇心もあるが。

 実用面でも、必要だと思っている。


 先生はもう高齢だからな。

 何かあった時のために、通信手段は欲しいんだ」


 つまり、シロトはロジーの世話以外にも、屋敷にいる理由があるわけだ。


「でも、寂しいでしょう?」


「何がだ?」


「グレイちゃんがいなくなって、今度は僕までいなくなるなんて。


 この紳士がいなくなる。

 それはとても悲しいことでは?」


「いや別に」


 即答だった。


 ある意味予想通りだった。

 シロトはそう言うだろう、とクノンも思っていた。


「知ってましたよ。そう答えるってね」


「そうか?」


「ある意味心が通じ合ってますね、僕たち」


「ああ、ある意味な」


 ある意味でもなんでも。

 通じているものは通じている。


 紳士としては、それでいいのだ。


「グレイは屋敷にいても特に何もしなかったし、隙あらば酒を飲もうとするし、派手な散財をするし……目が離せない存在だったな」


 彼女に関しては言うことはない。


 彼女の正体を知らないのは、シロトだけだったから。


 ちなみにグレイちゃんは。

「一度故郷に帰る」みたいな理由で撤退した。


 正体を知らないシロトにだけ向けた理由である。


「おまえは他にやるべきことがたくさんあるだろう?


 今は二級クラスの件を抱えているし、そちらに注力したらどうだ?」


 そう言われると、そうなのだ。


 クノンはまだ未熟で。

 造魔学もかじった程度。

 ロジーの助手をするのも難しい。


 もうロジー邸に来る理由はないかもしれない。


 だが、ここにいるだけでも、貴重な体験ではあるのだが……。


「……ついでに聞きますけど、シロト嬢ならどんな風に魔術を教えます?」


「訓練あるのみと伝えるだけだな。

 身も蓋もないが、結局これに尽きるだろう」


 それは、クノンも同感である。


 咄嗟に攻撃魔術や防御魔術が出るくらい訓練する、とか。


 相手の魔力の動きを察知する訓練とか。


 あらゆる戦況を想定して、変わり種の魔術……いわゆる切り札を考える、とか。


 時間さえあれば。

 その答えでいいとも思うのだが。


「試合、だいたい一週間後くらいなんですよね」


「一週間か。少し厳しいな」


 そう、厳しい。

 時間が足りない。


 ――そう、時間が足りないのだ。


「わかりました。僕、ここに来るのは今日までにします」


 悩んでいる場合じゃない。


 確かにここでは、まだまだ貴重な体験ができるだろう。


 だが、今優先するべきは?


 きっとここに来ることではない。


 二級クラス。

 強くなりたいと願うアゼルとデュオ。


 彼らの要望を呑んだ以上、彼らのことに集中するべきだ。


 教える時間が短い。

 思った通りの結果が出るかどうかはわからない。

 

 だが、努力しないのは違うだろう。


 時間がないなら、それこそ全力でやるべきだろう。


「そうしろ。

 見ての通り、もうこれ以上、腕の変化はないだろうからな」


 長かった魔人の腕の作製と、観察。

 それは今日で終わりだ。


 クノンはそう決めて、ロジー邸を後にした。





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― 新着の感想 ―
グレイちゃんがいなくなりクノンも来なくなる、フラグ以外の何物でもないな。 さて試合が先か腕の騒動が先か、そして学園が大量の傷薬を依頼したのは果たしてどっちの騒動を予期したことなのか・・
覗きのスキルを勝手に覚えた腕が大人しくしているはずもなく…? この先何を見て何を得ていくんだろうか? シロト嬢の魔術師としての成長と繋がりはあるのだろうか?
「観」てくる人が居なくなったときにどうなるか うちの猫さんは静かにイタズラしはじめるが…この「腕」は果たして
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