435.門限がある
過去のことを振り返って、理解が深まることもある。
当時は気付かなかった。
未熟ゆえに。
しかし、成長した今ならどうだろう。
――魔術の実力を計るなら、これが一番だ。
クノンが生み出した十個の「水球」。
それに、魔力で干渉するアゼルとデュオ。
「……」
「……こんなにも差があるのか」
しばらく悪戦苦闘する様子を見て、クノンは終了を告げた。
水魔術に関しては、これが一番手っ取り早い。
もちろん、他に有効な手もあるかもしれないが。
「それぞれ一つずつか。なるほどね」
うんうん頷くクノンを、アゼルが睨む。
「一つはわざと取らせただろう。二つ目からは抵抗したな?」
「抵抗しないと意味がないからね」
一つ取られるごとに、抵抗力を一つずつ追加していく予定だった。
一つ目は、純粋な魔力の力での勝負だ。
これは二人とも問題なくクリアした。
まあ、なんだ。
初級魔術と真っ向勝負して力負け、なんてしないだろう。さすがに。
アゼルに限っては三ツ星だし。
今触れてみてはっきりわかった。
魔力量だけなら、アゼルはクノンの倍以上はあると思う。
やはり三ツ星ランクは違う。
羨ましいことだ。
「なあ、どうやったんだ? 俺の魔力が『水球』まで届かなかった。どうしても干渉できなかったんだが」
デュオはまだ体験したことがなかったようだ。
抵抗する水、という存在に。
言葉にするのは難しい感覚だと、クノンも知っている。
「僕が魔力で振り払ってたよ。
『水球』に触れたら取られていたと思うから、触れられないようにしてた。
うーん……簡単に言うと、盾を構えていたんだ。その方向からの魔力は遮断するようにね」
だから、ちょっと魔力を迂回させてくれば、奪われただろう。
「方向……遮断、か」
魔力で包み込むとか。
じわじわ浸食していくとか。
あるいは、これさえも力技でどうにかしてしまうか。
色々と方法はある。
が、クノンとしては自分で気づいてほしい。
言葉にしづらい感覚的なものだから。
変に教えたら、自分に向かない感覚を身につけてしまうかもしれないから。
「……すまない。君の方針に異を唱えるつもりはないんだが……でも、聞かせてくれ」
アゼルは言いづらそうに聞く。
「これは強くなるために必要なことなのか?
私たちに足りない部分がある、ということはよくわかったんだが……」
そこだ。
「アゼル、デュオ、よく聞いてね」
最初から二人に伝えるつもりだった。
聞かれるまでもなく。
こうなれば話は早い。
さっさと伝えてしまおう。
「僕なりに考えてみたんだ。
魔術戦が強いってどういうことかな、って。
――少なくとも、僕は大技ではないと思う。
だから中級魔術は使わない。
……って言われると、君たちは困るみたいだね」
二人の反応が、明らかに悪い。
恐らく、現在は大技が決め手になることが多いのだろう。
前にアゼルと勝負した時も、そんな感じだった。
まあ、二級クラスが荒れたのは、あの後だが。
「実は僕も中級魔術を憶えたんだよ」
「本当か!?」
なぜそんなに驚くのか。
アゼルの反応は過剰だと思うが、まあ、話を進めよう。
「アゼルはいいと思うんだ。魔力量が多いからね。
でも二ツ星の僕や、デュオもそうだよね?
中級魔術は魔力の消費量が多すぎる。
練習や特訓をすると、すぐに魔力が尽きるんだ。練習するのも儘ならない、って感じで」
わかる、と言いたげにデュオは頷く。
彼も似たような状態らしい。
「そ、そうか……中級の凝った使い方を教えてもらえると思ったんだが……」
「ああ、そこまではまだ使いこなせないなぁ。
練習はしてるんだけどね。ごめんね」
どうやらそんな意図があったらしい。
もう使い込めば、もう少し楽に使えるようになると思うのだが。
まだまだ遠い。
「でも、中級魔術を否定しているわけじゃないからね。
僕の初級魔術くらい器用に中級魔術が使える。
これができたら、たぶんベテランの教師レベルだと思うよ。
先生たちも、やっぱり初級が使いやすいみたいだし。中級は日常では使い道もないしね」
中級は、消費魔力に応じた威力と規模がある。
それを使わざるを得ない状況が、そう多くないのだ。
日常、街中なら、尚更である。
「――すまん、そろそろ時間だ」
気が付けば、長いこと話し込んでいた。
魔術に関する話である。
魔術師見習いとしては、楽しくないわけがない。
たとえ男三人だけの場であっても。
クノンも興味津々だった。
二級クラスも面白い。
特に、二人が漏らす授業の話が面白い。
また授業に参加させてもらおうかな、と思うくらいには。
今度はちゃんと授業を受けたい。
だが。
どうやらアゼルは、この後予定があるらしい。
「なんか用事か?」
デュオが問うと、「門限です」という返事。
「も、門限?」
「家庭の事情です。あまり多くは聞かないでください、先輩」
「あ、ああ……見るからに貴族だもんな」
「わかります。僕も門限がありますよ」
ただ、この明るい時間に門限を口にする辺り。
さすがはアーセルヴィガ王国の王族だ。
「……本音を言えば、もっと話をしたいんだが」
だが、今日はもう難しそうだ。
「明日から、君の家でじっくりやろうよ。
今後もこの時間に引き上げるなら、大したことはできないからね。
場所がアゼルの家なら、問題ないでしょ?」
今日は面通しと、今後の方針を相談。
それくらいのつもりだったのかもしれない。
だが、全然。
何も決まらなかった。
予想以上に話すべきことが多かったから。
「そ、そうだな。……そうしてくれるとありがたい。
私も準備をしておく」
とりあえず、今日はこれで解散となった。
振り返ると、同じように特級生たちが話し込んでいた。
こちらは解散だが、向こうはまだのようだ。
ルルォメットがいない。
本人が言っていた通り、様子を見て、問題なさそうだから帰ったのだろう。
「……いいなぁ」
風属性。
カシスのところ。
あそこにいる二級の生徒は三人で、三人とも女性だ。
女性に囲まれたカシスは、とても嬉しそう…………でもなさそうだ。
なんかすごく戸惑っている感じである。
なんという需要と供給のバランスの悪さだろう。
クノンが女性に囲まれたいように。
きっと彼女も、男に囲まれたかったに違いないのに。
まあ、世の中こんなものか。





