431.クノンはときめいた
「――それで、返事は明日と?」
今日もロジー邸にやってきたクノンは、今朝の出来事をシロトに話してみた。
特級クラスの出来事や、揉め事。事件。
これらは割と広まりやすいのだ。
派閥の代表ともなれば、確実に耳に入る。
現に、シロトは知っていた。
同じ派閥の者に聞いたそうだ。
今日は二級クラスと、「合理」代表ルルォメットが揉めた、と。
「現場に僕もいたんですよ」と言ったら、「らしいな」と返ってきた。
その辺も筒抜けらしい。
だが。
二級クラスとルルォメットがどんな話をしたのか。
そこまでは知らなかったらしい。
ルルォメットは彼らに提案した。
強くなるのを手伝おうか、と。
そして彼らは言った。
明日まで考えさせてほしい、と。
「ええ。どうなると思います?」
もうクノンは楽しみで楽しみで仕方ない。
なんなら、しばらくルルォメットの傍にいようとさえ思っている。
幸い、これから少し時間が取れそうだ。
シロトの魔人の腕の観察は、そろそろ切り上げてもよさそうだから。
「聞くまでもないだろう」
シロトはきっぱりと答えた。
「新たな魔術に挑まない魔術師などいない。
魔術戦の経験を積みたいと考えるほどのめり込んでいるなら、断る理由がない」
それはクノンも同感だ。
きっと彼らは、教えを乞うだろう。
「おまえの言う通り、悪魔の取引みたいなものだがな」
それもクノンと同意見だ。
少し強くなれば、更なる強さを求める。
魔術にのめり込んでいる者なら、尚更それを望む。
限られたコミュニティで、そんな者が増えたらどうなるか。
荒れるに決まっている。
「クノンもルルと同じで、揉め事を起こしたい派か?」
「う、うーん……起こしたいわけじゃないんですけど、見守りたいとは……」
「つまり同じだな。
手は出さないが反対はしないんだな。
……間違ってはいないと思うし、私も気持ちはわかるんだがな」
この話は、結局。
学校における魔術界隈が活性化する、ということだ。
魔術学校で魔術に夢中になる。
ならば大いに歓迎する、しないわけがない。
――と、シロトも思うのだが。
問題はその先だ。
「なあクノン、二級クラスが特級クラスと揉めた結果、どうなると思う?」
「それは……それも前例が?」
ルルォメットが語った、幻の一級クラスの話とか。
これは結構な大事件だと思う。
つまり、それと同等の何かが起こるかも、という話になるのか。
「あるんだ。これは何度もあるし、……これも悪い話ではないんだろうが」
気になる。
「それは教えてもらえます?」
「ああ。どうせ後からルルに聞くだろ」
聞くと思う。
クノンはこの話が気になっている。
知らずにはいられないくらい。
きっとルルォメットは教えてくれるだろう。
クノンを「揉め事を起こしたい派」の仲間に入れたがっているから。
「ただ、これを聞いたらおまえは決めると思う」
決める。
ルルォメットに協力するか。
シロトに協力するか、か。
つまり、それも魔術絡みなのだろう。
「簡単に言えば、二級クラスのボスが出てくる」
ボス。
「……二級クラスで一番強い人?」
そう考えるなら、クノンが思い描くのは一人だ。
狂炎王子。
ジオエリオンだ。
噂では、今二級で断トツに強いという話だから、ボスというなら彼だろう。
「違う」
シロトは言った。
「準教師たちだ」
「……すみません、シロト嬢」
彼女の言う通りだった。
話を聞けば、もはや迷う余地がなくなった。
クノンは決めてしまった。
たとえレディの望みでも、こればっかりは曲げられそうにない。
たとえ紳士として失格と言われても。
こればっかりは。
「謝らなくていい。
おまえはそっちだと思っていた。予想通りというだけだ」
準教師。
正式な教師を目指している人たちであり。
その多くが、特級クラスの卒業生だ。
クノンからすれば、やはりセイフィを思い出す。
この前一緒に遠征に行った彼女だ。
彼女は準教師で、特級クラス卒である。
ちなみに師ジェニエはちょっと違う。
彼女は三級クラスの準教師だから。
そんな準教師。
クノンらにとっては大先輩である人たち。
彼らが出張ってくる可能性が高いのだとか。
「二級クラスは教師が責任を持つ、か……なるほどなぁ」
授業があり。
実技があり。
自由が制限されている。
それが二級・三級クラスである。
反して、特級クラスは自由だ。
制限は一切ないし、教師たちもあまり関わってこない。
生徒総数で言えば、特級クラスの方が少数派である。
特級と呼ぶに相応しい扱いなのだとは思うが。
――代わりに、二級・三級クラスは教師が守ってくれる。
大きな揉め事が起これば。
必ず準教師が関わってくる、そうだ。
「準教師たちが直接特級生に手を下すことはない。
……と言いたいところだが、前例がないわけではないからな。
いまいちどうなるか読み切れない」
まあ、そもそもだ。
「二級クラスの彼らが何を望んでいるか、ですよね。
僕やルルォメット先輩は、二級クラスの内戦方面だと考えましたけど」
彼らの望み次第では。
準教師が出てこないこともある、かもしれないが。
「……いっそこちらから仕掛けてもいいかもな」
「え?」
クノンはどきっとした。
今のシロトの囁き。
なんて大胆で挑発的な言葉だろう。
仕掛ける?
こちらから?
何を?
どのように?
片っ端から準教師にケンカを売っていくという話か?
――やってみたい!
基本的に、魔術戦はあまり気軽には行われない。
魔術戦は、発想力の勝負になることが多い。
得るものが多い。
それと同時に、自分の手の内を明かすことになる。
ゆえに、それを嫌う者は多い。
知られた切り札は、もはや切り札ではなくなるから。
だが、この話。
この話で「仕掛けていく」なら、魔術戦をやるということだ。
かつての特級生たちと。
なんて魅惑的な案だ。
ボロボロににされてもいい。
何度負けたって構わない。
また裸にされて聖女の教室に運び込まれてもいい。
ぜひとも、挑戦してみたい。
「シロト嬢、僕はあなたをやや保守派だと思っていました」
「そうだな。私は保守派だぞ」
「でも自分からいくなんて……その発想は積極性に満ちた行動と言わざるを得ません。
正直、僕は今、とてもときめいています」
クノンは胸に手を当てて、熱く語る。
「その時はどうか、僕もお供させてください」
「……何を想像しているかは知らないが、たぶん違うと思うぞ」
それはそれでいい、とクノンは思った。
――どうなろうと楽しそうだから。





