430.彼らの目的と、一級クラス
「もしかして、楽しいやつってもう終わりました?」
ルルォメット一人が立っている。
その周りに、十名ほどが地に膝をつけていたり。
倒れていたり。
明らかに、勝負して、決着がついた光景である。
「そうですね、終わりました」
と、ルルォメットは顎に手を当てる。
二級クラスの生徒を見回す。
どこか思案げにに。
「クノン」
そして、乱入者たるクノンに視線を向ける。
「彼らと戦ったと聞いていますが、感想は?」
一昨日の朝のことだろう。
昨日はジュネーブィズが絡まれて、結局勝負はなかったが。
「感想ですか?」
「ええ、率直にどうぞ」
「うーん……結構楽しかったですね」
ここは、言わば校庭に当たる場所だ。
派手な魔術を打てる場所ではない。
もし逸れて校舎にでも当たったら、本当にシャレにならない。
それゆえに。
彼らも規模の大きな魔術は控えていた。
ゆえに、小技や数での攻め手を繰り出してきたわけだが――
「多彩でしたよ。この数ですからね」
何せ十人。
属性はばらばら。
しかも、前後左右から仕掛けてくる。
こんなの初めてだったから。
何をしてくるか、と。
とてもわくわくした。
やり方によっては苦戦したと思う。
場合によっては負けていたと思う。
もうちょっと連携と役割分担ができていれば。
結果は違っていた。
クノンとしては「惜しいな」と思った。
「そうですか。
……ちなみに、シロトから何か聞いていますか?」
「この件に関して? なら聞いてませんよ。
『揉め事を起こしたい派』になったら困るから僕には教えない、って」
「なるほど、彼女はやはりそちらですか」
もしかして、とクノンは思い。
「……ルルォメット先輩は教えてくれます?」
彼なら教えてくれるかもしれない。
この様子だと、恐らく――
「ええ、もちろん」
やはり、きっと。
彼は「揉め事を起こしたい派」なのだろう。
「彼らは経験を積みに来たのです」
「経験、というと……魔術戦の?」
「そうです。
魔術による攻防、応酬を学びたい、だから勝ち負けはそこまでこだわらない。
彼らは、私が派閥代表と知っていて絡んできましたからね」
知っていて絡んだのか。
なら、確かに、そうなのかもしれない。
いや、待て。
「わかりませんよ? ルルォメット先輩に勝つつもりだったかも」
「それはそれで構いませんけどね。
しかし、もっと言ってしまえば、相手を選べる状況ではなかったからでしょう」
相手を選べる状況ではない。
それはどういうことか――クノンはすぐに察しがついた。
「時間帯?」
「正解」
そう、時間帯だ。
クノンは毎日この時間、登校する。
ほぼ毎日この時間だ。
特級生にしてはかなり珍しい、規則正しいタイプだ。
実験などが絡まなければ、だが。
「早朝、ここを通る特級生など多くない。
皆不規則な生活をしているし、夜型も珍しくない。
拠点に泊まる者も多いし、雨だと調子が悪いと言ってだらだらベッドで本を読んで過ごしたり、午前中は調子が出ないからと二度寝を決め込む者も多い」
ベッドで本は最高だよな、二度寝はいいよな、とクノンは頷く。
うちは侍女が許してくれないが。
「でも、彼らはこの時間じゃないとまずい」
「授業があるから」
「ええ。彼らはこの時間しか、特級生に絡めない。
放課後では目立ちすぎる。
教師に止められたらどんな処分があるかわからないし、特級生が集まってこられると本格的に揉めてしまう。
だからこの時間、一人か二人しか来ない特級生を、ここで待ち伏せしていた」
なるほど、とクノンは思う。
同じ場所。
同じ時間帯。
だからクノンは、連日で三回も遭遇できたわけだ。
「魔術戦のコツは色々ありますが、結局は一つです。
――どれだけ多く魔術師と戦ったか。
見たことのない魔術に、考えたこともない使い方。
繰り出すタイミング、テクニック、心理戦……この辺は座学ではどうしても埋められない溝です。
彼らは強くなるために、特級生に挑みに来ていた。
ここ一年くらい、二級クラスは頻繁に魔術戦を行っているそうですからね。強くなりたい理由もその辺にあると思います」
つまり、だ。
「戦う相手を求めていた、と?」
「二級クラスでは相手がいなくなった。
あるいは、実力を伸ばしづらくなってきた。
教師は受けてくれないし、そもそも実力差がありすぎる。
しかし、年齢が近い特級生なら?
そう考えたのではないでしょうか。
何年かごとにこういう二級クラスの生徒が出てきますからね。今年もか、という感じです」
段々と話が見えてきた。
見えないが。
「クノンは不思議に思ったことはありませんか?
この学校、一級クラスがないのです」
特級クラス。
二級クラス。
そして、三級クラス。
「あ、確かに聞いたことないかも」
クノンは考えたこともなかった。
そうだ。
一級クラスという名前を聞いたことがない。
そういうものだ、と思い込んでいたが。
特級と二級の間。
そこにあってもおかしくない名である。
「もう三十年くらい前になるそうです。
当時は存在した一級クラスが、特級クラスと揉めました」
あったのか。
昔は、一級クラスが。
「その結果、一級クラスが消滅しました」
「えっ? なぜ?」
というか、そもそも一級クラスはどんなクラスだったのだろう。
二級三級と同じく、授業があったのだろうか。
それとも、自由に学べたのだろうか。
特級クラスのように。
「消滅の理由は、特級クラスが負けたからです。一級クラスにね。
そして一級クラスの要望が通る形で、特級クラスと融合したそうです」
融合。
合併か。
「自分たちも特級生に入れろ、みたいな熱い要望を?」
「細かい経緯まではわかりませんが、したのでしょうね」
幻の一級クラス。
きっと三十年前も、このように、二級クラスの生徒が挑みに来たのだろう。
「……まさか先輩、そんな大事件を現代に起こしたいんですか?」
シロトの危惧は、まさにこの辺のことだろう。
二級クラスが、特級クラスに仕掛けてくる。
何かしらの要望をするために。
そうなれば、確かに大事件だ。
揉め事以外の何物でもない。
「それは彼ら次第でしょう。
そこまで求めるのか、求めないのか。
さすがに最終的な目的までは、私が知るはずもありません。
ただ――」
ルルォメットは柔和に笑った。
「彼らを強くするために魔術戦を教える。
どこまで強くなるのか。
果たして、特級クラスの腕自慢たちをねじ伏せるだけの実力を身につけるのか。
そして、その結果どうなるのか?
その疑問には興味がありますね」
誰かを強くする。
誰かに魔術を教える。
クノンには考えたこともなかった発想だ。
「ねえ、あなたたち――」
と、ルルォメットはしゃがみ込む。
そして語り欠ける。
いつの間にか、彼の話を聞いていた、二級クラスの生徒たちに。
「よろしければ、少し教えましょうか?
その結果、二級クラスは今以上に荒れるかもしれませんが。
でも、このように不特定の特級生に絡むよりは、強くなる近道だと思いますよ?」
――クノンは思った。
「悪魔の囁き……闇の魔術師っぽい取引……」
しかも、つい口に出してしまった。
「……」
背中を向けているルルォメットの肩が震える。
たぶん、今。
すごい笑っている。





