429.三度目の
「――最近、二級クラスがちょっかいを出しているようだな」
久しぶりにジュネーブィズと話をした日。
午後。
クノンは今日もロジー邸へやってきた。
シロトの腕の観察である。
応接室の椅子に座り。
仔細に、彼女の右腕を見る。
「ほかの人からも聞きました?」
昨日クノンが絡まれたことは、シロトに話した。
同じような体勢で。
同じように腕を観察しながら。
まるで同じ日を繰り返しているようだ。
昨日のシロトは。
「個人の揉め事なら構わないが、特級生全体に関わると面倒だな」と言っていた。
派閥代表の一人として、気に掛かったらしいが。
「噂でな。今日は『実力』のジュネーブィズが声を掛けられた、とかなんとか」
「それ本当ですよ。僕、その現場にいましたから」
今朝のことだし。
なんなら、これから話そうと思っていたことでもある。
「本当なのか。
ということは、次もあるかもな」
シロトは小さく溜息を吐く。
「面倒臭いことにならないといいが」
「前例があったりします?」
「ある。何度もな」
「何度も?」
特級クラスと二級クラス。
割と頻繁に揉めているのだろうか。
クノンが知らないだけで。
「――もういいか?」
「あ、はい。もう完全に一体化していると言ってもいいかもしれませんね」
毎日少しずつ同化していった、魔人の腕。
人体には似合わない異物だった腕。
肌の色は懸け離れ。
表面は節くれ立ち。
爪は硬く尖り。
それがシロトの腕になる。
くっついて一体化する。
そんな信じられない前情報を。
毎日しっかり記録し、その変化を確認してきた。
結果――本当に一体化した。
今では、肌色も同化して。
指の先まで、左手の鏡映しのようになってしまった。
もはや、継ぎ目の線がうっすら見えるくらいだ。
きっとそれすらも。
完全に同化してしまうのだろう。
「シロト嬢……あの、今まであまり言えなかったんですが……」
「なんだ?」
「触り心地を確認してもいいですか?」
女性の身体に触れてはならない。
クノンは紳士なので、だいぶ我慢していたのだが。
本当はずっと触診もしたかった。
それができないから。
仕方なく、触れそうなほど近くで観察するしかなかった。
そろそろ終わりが見えてきた。
だからこそ、一度くらいは触って確認がしたい。
果たして彼女の返答は――
「ああ、構わない」
割と反射的に、すぐに許可が出た。
拍子抜けするほどあっさりと。
案外もっと早く頼んでもよかったのかもしれない。
――まあ、いい。
クノンは恐る恐る、シロトの腕に触れる。
……わからない。
肌質も、継ぎ目をなぞっても。
指先の感触に違和感がない。
「こんなにも綺麗に一体化するのか……」
本当にわからない。
薄く残っている継ぎ目がなくなれば。
元は右腕がなかったなど、誰も信じないだろう。
「私も驚いている。まったく異物感がないんだ。
肌の感触も同じ、血も通い、痛覚もある。
元からこうだった。
そんな錯覚さえ感じるほど、違和感がない」
これが造魔学の結晶。
やはり、すごい学問だと思う。
禁忌と言われる理由も、よくわかる。
――そろそろ引き上げてもいいかもしれない。
グレイちゃんも、魔人の腕の観察をすると言ってここにいたのだ。
そして、昨日いなくなった。
もう観察は終わった、と見なしたのだろう。
しかし、最近は。
シロトの腕の観察が終わったら。
造魔関係の本を読んだり、レポートを読んだりして過ごしていた。
たまにロジーに実験助手を頼まれたりもしたが。
彼のメインの助手は、シロトとアイオンがやっていたので、あまり出番はなかった。
そして、「魔道式飛行盤」を作ったりもした。
ここでもできることは、まだまだある。
そして有意義な時間を過ごした。
決して、悪い過ごし方はしていないと思う。
だが。
そろそろ、次の何かを始めるべきかもしれない。
造魔学を追い求める気持ちは、あまりない。
それ以前に。
本気で造魔学に挑むには、まだクノンの腕が足りない。
何より覚悟も。
もっと腕を上げて。
知識を身につけて。
魔術師としてレベルアップした暁に。
改めて、自分に問いたい。
造魔学は必要か、と。
その時に、ちゃんと覚悟ができれば。
その時こそ、生涯を掛けてでも追い求める学問になる、かもしれない。
――しかしまあ、それはそれとして。
「一度ベイルとルルに相談してみるか……」
例の二級クラスの件で、シロトが考え込んでしまった。
「揉め事になりそうですか?」
「揉め事にされるんだよ」
される。
クノンは重要視していなかったが。
案外、結構な事件だったりするのかもしれない。
「魔術学校や生徒たちにとっては、悪いことではないんだろうが……。
しかし特級生は、単位取得というノルマがあるからな。
……私は避けたいが、ベイルとルルはどう思っているかな」
「あの、詳しく聞いても?」
「実力」代表ベイル。
「合理」代表ルルォメット。
この二人の名前が出る辺り、結構気になるのだが。
「まだダメだ」
シロトはきっぱり断った。
「クノンが『揉め事を起こしたい派』になったら私が困る」
「え? 僕はいつだってレディの、つまりあなたの味方なのに?」
「魔術の次に、だろ。
揉め事が起これば嫌でも知るし、揉め事にならなければいずれ話してやる。
だから、今は待ってくれ」
そこまで言われるなら、引き下がるしかない。
◆
翌日。
クノンは期待しつつ、今日も学校へやってきた。
そう、期待しつつ、だ。
一昨日はクノンが絡まれた。
昨日はジュネーブィズが絡まれた。
二度あったことだ。
だったら今日も何かが、というか、誰かが絡まれていても不思議じゃない。
「あ」
三度目はあった。
期待通りに。
しかし、期待外れでもあった。
「――ああクノン。おはようございます」
「合理」代表ルルォメットがいて。
彼の周りには、二級クラスの面々が膝をついていたから。
これはつまり。
何かあって終わった後、である。





