427.絡まれちゃった
「――レイエス嬢レイエス嬢! 聞いて聞いて!」
クノンは聖女の教室に飛び込んだ。
興奮冷めやらぬままに。
その姿に、いつもの完璧な紳士っぷりはなく。
年相応の子供のようだ。
「どうしました?」
メニーニフラーのメッツを数えていた聖女が振り返る。
「今さ! ……あれ!? 何やってるの!?」
「メニーニフラーのメッツを数えていました」
「そうなんだ! ねえ聞いて!」
「はあ、なんでしょう」
――こんなに興奮しているクノンは珍しいな、と聖女は思った。
きっと朝食に厚切りベーコンが出たんだろう。
それなら納得の浮かれっぷりだ。
もしくは教師にデートに誘われたか、だ。
クノンが興奮する理由。
そんなの結局、魔術かベーコンくらいだから。
「さっきね! 二級クラスの生徒に絡まれちゃった!」
「……絡まれちゃった?」
とりあえず落ち着いてください、と。
至極冷静な聖女に言われ、クノンはテーブルに着いた。
深呼吸する。
確かに興奮していた。
もう楽しくて楽しくて仕方なかったから。
だが、しかし。
仕方ないだろう。
あんなの初めての経験だったから。
興奮しない方がおかしいだろう。
「私の手紙は読んでもらえましたか?」
メモをまとめつつ、聖女もテーブルに着く。
メッツを数える作業は終わったのか。
あるいは後回しにするつもりか。
冷静になると。
ちょっとタイミングが悪かったかも、とクノンは思った。
我ながら大騒ぎしてやってきたものだから。
だから、こっちを優先する気になったのかもしれない。
「読んだよ。だから自分の教室に行くより先にこっちに来たんだけど。
それよりごめんね、作業中に。
なんなら続けていいよ。僕待ってるから」
「問題ありません。
細かい作業ですから時間が掛かりそうですし、私もクノンに用事がありますから。
でも、先にクノンの話を聞きましょう」
――これで聖女も、クノンの話が気になっているのである。
二級クラスに絡まれたとは、と。
もしかしたら自分の用事と無関係じゃないかもしれない、と。
「あ、そう? 聞いてくれる? ついさっきの話なんだけど」
「ええ」
「二級クラスの生徒たちがね、僕に勝負しろって言ってきてね」
「ええ」
「返り討ちにしたんだけど」
「ええ」
――驚くことでもない。
クノンは強い。
そこらの生徒には負けないだろう。
クノンに魔術で勝てる者。
そんなの、特級クラスでさえ少ないのではなかろうか。
思い出すのは、狂炎王子との一戦だ。
かなりすごい勝負だったと思う。
あれからもうすぐ一年になる。
早いものだ。
「それでね、終わってから事情を聞いたんだよ。
どうして勝負なんて、って。
しかもクラスも違う僕に申し込んでくる理由は何、ってね」
そう、クノンは勝負の後に質問した。
事情を聞いたら、遠慮だの手加減だの。
そういう面白くない要素が必要になるかもしれないから。
「――今の二級クラスって、すごく荒れてるんだって!」
そう言うクノンは、とても嬉しそうで楽しそうだ。
「荒れてる?」
対する聖女は、本当にいつも通りだ。
まるで興味なさそうな顔も。
……実際あまり興味がないのかもしれないが。
でも、今のクノンは、誰かに聞いてもらいたいのである。
「二級クラスはそんなことになっているのですね」
興味はなさそうだが、聞いてくれた。
クノンが軽く二級クラスの現状を話すと、聖女は頷く。
「なるほど、生徒同士で衝突して、魔術勝負で強い者順の序列ができている、と。
それだけ聞くと、荒れている以外の言葉がありませんね」
聖女は初耳だった。
植物以外まるで興味がない。
だから学校事情もまったく興味がない。
だが、聞けば多少気になってきたような、そうでもないような。
魔術による実力主義、とでも言えばいいのか。
話だけ聞くと、だいぶ野蛮な気がする。
「それでクノンは、その序列上位の集団に勝負を挑まれたと?」
「うん。えっと、序列三位とか六位とか十位前後とか言ってたかな」
つまり、二級クラスの上位勢、ということである。
「僕を倒して箔を付けたいとか、実力を誇示したいとか、そういう目的だったみたい」
以前クノンは、ほんの少しだけ二級クラスにお邪魔したことがある。
その噂を聞きつけ。
クノンなら、いけると踏んだらしい。
初級魔術しか使えない特級クラス生。
ならば負けないだろう、と。
一応今は中級魔術も一つ覚えたのだが。
まあ、それは最近のこと。
だから知らなくても無理はない。
「いきなり十人くらいに囲まれてね。
――特級クラスなんて俺たちの敵じゃないぜっ、って言われちゃってね。
僕もうドキドキしちゃった。
僕から挑んだり、双方合意だったりはあるけど、一方的に挑まれるのって初めてだったから。
僕がパフェに誘った時のレイエス嬢も、こんな気持ちだったのかな?」
「違うと思います」
聖女的には、別にドキドキはしなかったから。
気持ちはとてもまっすぐなままだったから。
だから違うだろう。
「それで、二級クラスの方々を倒したと?」
「倒したっていうか、封殺したよ。怪我をさせるわけにもいかないし」
いろんな魔術を放たれたが。
全部避けるか「水球」で対処した。
楽しかった。
「そうですか。
もしかしたら私の用事と関係があるかと思ったのですが、判断に迷いますね」
「え? ああそうだ、レイエス嬢の用事って?」
一方的にクノンが話していた形であるが。
ここに来たのは、聖女から手紙を受け取ったからだ。
決して話を聞いてほしかったから、ではない。
「学校側から傷薬の大量生産依頼がありまして、そのお手伝いをしていただけないかと。
あの紙型のシ・シルラの薬も用意してほしいそうです。
現在の契約上、クノンしか作れませんから」
「傷薬? 大量の、って……怪我人がたくさん出るの?」
「想定上ではそうなのでしょう。
もうすぐ二級クラスで、魔術の対抗戦があるそうです。
毎年やっているテストの一環だそうですが。
今年は、決闘用魔法陣を使わない勝負も行われるらしいのです。
だから、恐らく怪我人がたくさん出るだろう、と」
魔術の対抗戦。
そうだ、クノンも知っている話だ。
「うーん……もしかしたら関係あるのかもね」
聖女はさっき「関係あるか判断に迷う」と言っていた。
二級クラスに絡まれたクノン。
もうすぐ対抗戦がある、という事実。
そして傷薬の準備。
クノンを倒して箔を付けたい。
それは対抗戦に向けた意識だったりするかもしれない。
――まあ、なんにせよだ。
「今は午前中なら空いてるよ。傷薬の件も大丈夫だよ」
「ありがとうございます。では少し多めにシ・シルラを用意しますので――」
軽く日程の打ち合わせをして。
クノンは聖女の教室を後にした。





