426.クノンの顎にダメージを与える朝食
「ああ、これはかなり上質ですね」
「え?」
クノンは今、ロジー邸から帰ってきた。
もうすぐ夕方、という時刻である。
まだまだ外は明るい。
「肉の質がいいのもあるけど、塩や香草も選りすぐりですね。
この肉に合うものを選び、丁寧に仕上げてあります。
うーん……職人の細やかな気遣いが見えますね」
グレイちゃんのベーコンを渡すと。
そのベーコンを観察した侍女リンコが、味見をしたいと言い出した。
そうして、侍女は軽く焼いて食べたところ。
「どこ産の豚かな。
燻製にしても歯触りの良さはある、肉の旨味を引き出す塩と香りの中にある爽やかなスパイスも気になる……なんだろう。単純だけど複雑な配合だなぁ」
「……」
彼女の舌は、実に敏感にその味を感じ取り。
そしてベーコンの価値を語る。
「……だよね! 特別な人が作ってくれた特別なベーコンなんだ!」
クノンは力強く、そうとても力強く頷いた。
普通のベーコンなど、そんなのない。
普通のベーコンなんてこの世にないのだ。
全てのベーコンが特別な一つ。
動物の命をいただいた、特別な一品なのだ。
それを思い出したクノンは、それはそれはとても強く同意した。
ちょっとクノンの舌には、普通にしか思えなかったが。
いや。
普通のベーコンなど、ないのだ。
この世にそんなのないのだ。
――とまあ、そんな一幕はさておき。
ひとまず、クノンのベーコン問題は解決した。
これで二週間くらいは持つだろう。
その間に、同期ハンクが帰ってきてくれることを祈るばかりだ。
まあ、もし帰ってこなかったら。
その時はもう一度リーヤに頼むことにしよう。
結局カツアゲされたせいで、まともに食べられていないから。
「ねえリンコ、今夜は厚切りのベーコンが食べたいな。薄いのじゃなくて」
まだ夕方前だ。
今注文すれば、夕食に出してくれるだろう。
「夜はやめておきましょうよ。
どうせ味見とかなんとか言って、なんだかんだ外でベーコン食べてるんでしょう?
夜くらいは栄養バランスを考えた食事を食べてほしいです。クノン様は成長期ですし、すぐ生活リズムがおかしくなるし。今が大事ですよ」
「……うん、そうだね。わかった」
正論が返ってきた。
反論の余地がないくらいのやつが。
成長期と言われると、なんとも言えない。
最近、アイオンみたいな長身に憧れがあるから。
彼女は師ゼオンリーと同じくらい大きい。
ゼオンリーの長身には憧れなかったが。
アイオンの長身には、憧れてしまう。
今バランスの良い食事を取れば、ぐんぐん伸びるかもしれない。
「あ、そういえばクノン様。レイエス様から手紙が届いていますよ」
「え? レイエス嬢?」
まさかここで聖女の名前が出るとは思わなかった。
「急用かな」
午前中は、毎日学校に行っている。
それは聖女も知っているはずなので、用事は明日でもいいはず。
なのに手紙か。
一刻も早く用事を伝える必要がある、わけだ。
侍女から手紙を受け取り、開封する。
「……なるほど」
「急用でした?」
「用事は書いてないけど、明日は必ず学校に来てほしいんだって」
正確には、明日聖女の研究室に会いに来てくれ、とある。
――急用ではないが、用事があるから会いたいと。
そういう内容である。
確かに、突然予定が入ることもある。
行かない時もあるので、確実に会うなら必要な手紙か。
「もしかして学校デートのお誘いかも?」
「その可能性は大いにあるね。女性のお誘いは断れないからね、紳士として」
果たして聖女の用事はデートか。
あるいは別件か。
なんにせよ、拒む理由はない。
明日、会いに行ってみよう。
「――うわあ! すごい!」
翌日。
ご無沙汰だった厚切りベーコンのサンドイッチに感嘆の声が出る。
「どうです?
こんなにも大胆に厚く切って、しかも二枚重ね。
クノン様の顎へダメージを与えるつもりで作ってみました」
「すごいね! こんなの食べたら僕の顎おかしくならないかな!? 大丈夫かな!?」
ふははー、と笑い合う二人。
いつにないご機嫌な朝だった。
そんなエキサイティングな朝食を済ませ、クノンはご機嫌で家を出た。
今日はいいことがありそうだ。
そんなことを思いながら。
――いいこと、かどうか。
それはわからないが。
特別なことは、起こった。
◆
「クノン・グリオン!」
魔術学校の校門を潜るなり、十人くらいの生徒に囲まれた。
なんだなんだ、と戸惑い。
クノンが何か言う間もなく、宣言された。
「勝負しろ!」
勝負。
いまいち話が見えないし。
目的も見えないし。
ついでに彼らの顔姿も見えないが。
「――いいよ」
魔術の勝負なら、迷う必要はない。
受けて立つだけだ。





