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424.魔女の魔術 失敗





「――戻ったか」


 ロジー邸に戻ると。

 交渉した時のまま、たらいに浸かるグレイちゃんがいた。


 ベーコンの作り方を調べておく、と言っていたが。

 それらしい痕跡はない。


「肉、買ってきましたけど……」


「うむ、儂の準備もできとる」


「え? もう作り方を調べたんですか?」


「ああ、問題ない」


 どうやって?


 ――聞きたかったが、クノンは聞かなかった。


 きっと教えてくれないだろうから。


「グレイちゃん、どうしたらいいですか?」


 アイオンが問うと、グレイちゃんがこちらを向いた。


「預かる」


 そう言うと、二人で手分けして持っていた包みが浮き上がる。


「保存用に塩漬けにしたことから始まった加工肉の一つ。

 それがベーコンだ。


 作り方は、専用の液体に漬けたり塩を擦り込んだりと、いくつか方法があるらしい」


 宙に浮いた包みが開き、肉肉しい全容が露になる。


 その魅惑の姿に。

 陽に当たり妖艶に輝く脂に。


 造魔犬グルミと造魔猫ウルタが色めき立った。


「あ、ダメだよ」


 激しく尻尾を振って走ってきたグルミを、アイオンが止める。


 ウルタは、クノンの隣に行儀よく座った。


 今なら触れそうだ。

 が、気難しい猫なのでやめておく。

 

「つまり大分して二種類だ。

 保存食としての加工肉か、食料としての加工肉か。


 もちろんクノンお兄ちゃんが欲しいのは、後者だろう。


 一般的な塩漬け肉ではなく。

 スパイスだの香草だので風味豊かに仕上げたものであるはずだ」


 ベーコンなら、だいたいなんでも好きなクノンである。


 昔ながらの伝統的なものでも。

 変わり種でも。

 

 だが、作り手があのグレイ・ルーヴァである。


 どうしても期待してしまう。

 どんなすごいものを作るのかと、思ってしまう。


 何せ世界一の魔女だから。


「クノンお兄ちゃん、大サービスだ」


「え?」


「一つだけ、質問に答えてやる。

 その中には『答えられない』もあるが、おまえの現状に見合った質問ならば。


 その時は、欲しい答えをくれてやる」


 そう前置きして。

 地面から、黒い四角の箱――「影箱」が出てきた。


 かと思えば。

 肉が吸い込まれて、そして「影箱」は消えた。


 残ったのは、肉だけ。


 それも新鮮な生肉ではなく。

 加工された肉。


 つまり、ベーコンが、できあがった。





「え? で、できたんですか?」


 肉塊は茶色に染まっている。


 ついさっきまでは、赤色もあざやかな新鮮な肉だったのに。


 ほんの一瞬で。

 クノンがよく見るベーコンそのものになった。


「作業工程は?」


 クノンとしては、それを見たかったのだが。


 ベーコンも大事だが。

 グレイちゃんがどんな魔術で作るのかも、非常に気になっていたのに。


 まあ、見えないが。


「それが質問でいいのか?」


 くくく、と笑いながら問われて、クノンは思わず自分の口を塞いだ。


 ――グレイちゃんが前置きした言葉の価値。


 それをようやく自覚したから。


 そう。

 この作業工程が一切なかったベーコン作り。


 これに関する質問を許す、と言っているのだ。


 自分の現状、今のレベルに相応しい質問なら。

 一つだけ、答えてくれる。


 さっき高級店で使った金など、はした金同然。

 それくらいの価値がある。


「ああ、赤身肉も塩漬けに……ごめんねグルミ、あげられる肉なくなっちゃった」


「塩くらい抜けるだろう、魔属性」

 

「あ、そうか。ウルタもおいで」


 アイオンと造魔たちが少し離れた。


 だが、クノンは動けない。


 何を聞くべきか、ずっと考えている。


「……あの、明日まで時間をもらっても?」


「ダメだ」


 すげなく断られた。


「明日になったら、儂の気が変わっている。

 真面目に答える気がなくなるだろうな。


 だから今だけだ。今考えろ」


 この辺の制約も、グレイちゃんなりの理由がある気がする。


 それこそ、誰かに相談するのを防ぐため、とか。


 誰かの入れ知恵など許さない。

 クノン自身で判断しろ。


 そう言われている、気がする。


 なんだ。

 何を聞けばいい。


 ――「影箱」のことか?

 いや、きっと教えてくれない。


 ――どうやってベーコンの作り方を調べたか、か?

 それも教えてくれない。


 ――元の属性は? 星のランクは?

 これも微妙……というか、どうしても知りたいことではない、気がする。


 ――造魔に意識を乗り移らせる方法?

 それも、ダメだろう。


 クノンが、その魔術に薄々気付いているか。

 あるいは手が届く位置にいるか。


 身の丈に合った質問とは、そのくらいのものだと思う。


 そう考えると……。





 優先順位の一番上から。

 一つずつ精査し取捨選択していくと。


 とある疑問で引っ掛かった。


 これなら、答えてくれるのではないか?


「決まったか?」


 悩むクノンを、グレイちゃんはニヤニヤしながら眺めていた。


 こうして見ると、ただの子供だが。

 中身は、あのグレイ・ルーヴァである。


 ……いや、ただの子供ではないか。


 何かも見透かしたような、不思議な存在感がある。


 実際、見透かしているかもしれない。


 それくらい平気でできそうだから。


「では一つだけ」


「ああ、言ってみろ」


「……グレイちゃんは今、火属性の魔術師ということでいいんですよね?」


「――クックックッ。おまえは聡いな」

 

 どうやら当たりだったらしい。


「そうだ。

 今の儂は火属性、世界を再生させる浄化の火を使う魔道の者よ。

 そこには一つたりとも嘘偽りはない」


 クノンは震えた。


 もしかしたら、大変な知識を得てしまったかもしれない。


 師ゼオンリーがやってきた際。

 あの謎のオーガにちょっかいを出して反応があった、あの影の魔術。


 さっき、というか。

 よくグレイちゃんが使っている「影」と、たぶん同じか同系統のものだと思う。


 グレイちゃんは、火属性。

 ゼオンリーは、土属性。


 属性が違うのに、同じような影の魔術が使える。


 加えて。

 本来のグレイちゃんの属性は、火ではないと思う。


 つまり――


 あの「影箱」は属性を選ばない、ということ。 


 だとすれば、クノンもその境地に辿り着ける可能性がある、ということだ。


 ――もちろん、穴だらけの理屈なのはわかっている。


 わかっているが。

 クノンの勘では、間違っているとは思えない。


 思わぬ収穫だった。


 あの影の魔術は何なのか。

 一度、じっくり調べてみても、いいのかもしれない。


 ……どのようにして調べればいいのか、という疑問は残るが。





 何気なく、大変な情報が手に入ってしまった。


 これで、いろんなことを考える余地が出てきたわけだが。


 しかし。

 その前に。


「……クウン」


 造魔犬グルミがとぼとぼと去っていった。

 それを追うように、ウルタも行ってしまった。


「……あんまりおいしくない」


 アイオンはぽつりと漏らし。


「……」


 クノンは、何も言わなかった。

 女性が作ったものに文句をつけるなど……。


 ――無言が悪口になることもあるのを、クノンは知らない。


 ベーコン、というか。

 料理ができた以上、味見は必須。


 できあがった加工肉を、ちょっと切って焼いて食べてみたところ。


 ……まあ、そういう感想となってしまった。


「ほう」


 グレイちゃんは笑っている。


「何年振りかのう。この儂に屈辱を味わわせるとは……」


 だが、どう見ても、怒っている。


 たぶん本人的にもおいしくなかったのだろう。


「おいクノン」


「は、はい」


「ベーコンは明日まで待て」


「……は、はい」


 反論などできようはずもない。


 世界一の魔女が怒っているのだ。

 今は触れてはならない。


 ――ギリギリ明日の朝の分まであったよな、と。


 クノンのベーコン事情は、今日も解決できなかった。





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― 新着の感想 ―
メシマズ褐色ロリババア……
打ち上げ傘といい……なんかどんまい
実に高度で難解な魔法でできたのが、 味が悪いベーコンもどきwww
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