423.高級感
「実は今日、肉の買い出しは二度目なんです。午前中にも肉を買いに行きました」
「そうなんだ。市場に行ったの?」
「はい。市場へ行ったのは初めてでしたけど、活気があっていいですね」
ロジー邸を出て。
クノンとアイオンは、のんびり話しながら歩いていた。
この辺は高級住宅街になる。
人通りが少なく、静かだ。
ゆっくり歩く分には、いいかもしれない。
景観がいいわけではないが。
大きな屋敷を囲う塀ばかりだから。
「クノン君は二年生だっけ?
二年生で市場が初めてってことは、使用人がいるの?」
「ええ、素敵な侍女がいます。アイオンさんも素敵ですけどね」
「そうなんだ。
一人暮らしだと、市場にはお世話になることが多いんだけどね」
――言いながら、懐かしいとアイオンは思った。
今は足が遠のいたが。
クノンと同じ歳の頃は、よくあの市場を利用していた。
ゼオンリーと一緒に住み。
彼のために、少しでもおいしいものを……と。
とても懐かしい、遠い過去の思い出だ。
「あ、先に言うけど、今向かっているのは市場じゃないからね」
市場じゃない。
「え? ではどこへ?」
クノンは一瞬思考が止まった。
だってクノンは市場へ向かっているつもりだったから。
「この辺一帯の食材を扱っているお店だね。
高級食材ばかりだから、相場よりかなり高いんだけど、品質は間違いないよ。
ロジー先生はそこを利用しているから、先生の屋敷の行きつけになるのかな」
「ああ、なるほど」
この辺は高級住宅街。
狂炎王子も、聖女も、この辺に住んでいるのだ。
身分のある人たちだけに。
やっぱり食べる物も庶民とは違うらしい。
まあ、そこまで食にこだわりはないクノンである。
市場だろうが高級店だろうが、おいしければなんでもいい。
あと、ベーコンがあれば、それでいい。
「アイオンさんもよく行くお店ですか?」
「いやいや、全然だよ。
そもそも私はこの辺に住んでるわけじゃないね。今だけロジー先生のところにお世話になっているだけだし」
そう言えばそうだった。
彼女は、魔人の腕開発のために呼び。
そして経過観察が終わるまで、あの屋敷に滞在しているだけだ。
本来の生活拠点は、学校のはずである。
「うわあ、大きなお店ですね」
恐らく高級住宅街の端、ちょっと外れた場所だろうか。
見た目は巨大な倉庫のようだ。
飾り気もなく、パッと見では店とは思えないくらい無骨。
だが、看板が出ている。
ここで間違いないはずだ。
「いわゆる卸売場って感じだね。
どうせ来るのはお偉いさんじゃなくて、お偉いさんが雇ってる使用人だから」
華美に飾る必要がないのか、とクノンは思った。
納得の無骨感である。
要は、見た目より中身で勝負、ということだ。
「――いらっしゃいませ。会員証をお願いします」
店に入るなり、近くにいた商人が寄ってきた。
「はい」
「ロジー・ロクソン様ですね。こちらにサインをお願いします」
差し出される書面に、アイオンがサインする。
なんか高級なやり取りだ、とクノンは思った。
会員証か。
つまり、そういう店らしい。
ごゆっくりどうぞ、と商人が去っていった。
「会員証とかあるんですね」
「会員証の持ち主のツケ払いもできるんだけどね。……でも今日はクノン君が払う、でいいんだよね?」
「はい。グレイちゃんとの約束ですから」
肉の調達は、クノンがするのだ。
支払いはするつもりだ。
ついでに、だ。
「アイオンさん、色々と付き合ってくれてありがとうございました。
お礼に何か良さそうな肉を贈らせてください」
「え、いいよ。そんな」
「まあまあ、そう言わずに。肉売り場はどっちかな?」
アイオンの背中を押して、クノンは奥へと向かう。
店の中は、涼しいというより寒いくらいだ。
野菜や果物が無造作に置かれている通路。
見たことのない粉末の入った瓶詰。
フックに吊るされた謎の塊。
見たことがあるものも。
見たことがないものも。
なかなか気になるものが多い。
まあ、魔的素材はないので、そこまで目を惹くものはないが。
その上クノンは見えないし。
人はまばらだ。
使用人らしき者、商人らしき者ばかりだ。
「――これとこれを。五箱ずつお願いします」
漏れ聞こえる注文内容も、なかなか高級だ。
箱買いである。
よくよく見れば。
どの商品も、値段の一切が書かれていない。
なかなか恐ろしい店である。
見学しつつ彷徨っていると、肉売り場が見つかった。
「ベーコン用の肉となると、豚かな。この辺かな」
謎の葉っぱの上に置かれた、肉のブロック。
種類ごとにズラリと並んでいる。
クノンにはわからないが、アイオンは何の肉かわかるようだ。
「僕、どれがなんの肉なのかよくわからないんですけど。
アイオンさんはわかります?」
「うん、大丈夫。
……でもさすがに肉質は上等だなぁ。ここまで良質な肉は私も初めて見るよ」
その辺も、クノンにはさっぱりだ。
「そんなに量はいらないでしょ? 何種類かを少しずつ買えばいいんじゃないかな」
「そうしましょう。良さそうなのを選んでもらっていいですか?」
肉選びはアイオンに任せてしまおう。
「わかった――すみません、お願いします」
近くにいた店員を呼び、切ってもらうことにした。
五種類ほどの肉を購入した。
「ほかの肉はいかがですか? どれも新鮮ですよ」
商人が勧めてくるが。
ベーコン用の肉は、これで充分だろう。
ほかに、と言われれば。
「アイオンさん、この肉どうですか?」
クノンがアイオンに送る肉になる。
「私にくれるって話? いや、私は本当に……」
「まあまあ、そう言わずに。
この肉どうですか? この赤い感じ見てくださいよ。実に鮮やかな赤身肉ですよ」
「そうだね」
「あなたの情熱的な唇にぴったりだ」
「唇? ……まあ、食べたくないとは言わないけど」
「よかった――お願いします」
店員に切ってもらった。
「こちらの白い肉を見てください。
この脂のこと、サシっていうらしいですよ」
「らしいね。すごいサシだね。というか霜降りだね」
「あなたの繊細な指先を飾るのに相応しい肉ですね」
「指先? ……アクセサリー感覚で言ってる?」
「――お願いします」
店員に切ってもらった。
「ほらほら、ソーセージもありますよ」
「これはなんの肉のソーセージかな」
「あなたの細く長く美しい首を肉肉しく飾ってくれそうだ」
「ネックレス感覚で言ってない? 巻かないよ?」
「せっかくだし先生たちと一緒に夕飯にしてください――ニ十本くらいお願いします」
そんなこんなで、肉の購入を済ませた。
「……さすが高級店……」
値段もすごかった。
所々で光る高級感。
ある程度覚悟はしていたが。
すごかった。





