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420.恐れ多い発想





「肉の匂いがする」


 来た。


 シロトとの話が一区切りした。

 それを見計らったかのように、彼女がやってきた。


 グレイちゃんこと、グレイ・ルーヴァだ。


 今は造魔の身体を借りている。

 歳はクノンと同じくらいで、浅黒い肌の少女だ。


 教師ロジーの親戚、という設定だ。

 彼女もシロトの腕の観察をしている。

 

 ――なお、この屋敷でグレイ・ルーヴァの正体を知らないのは、シロトだけだ。


 いっそバラせばいいのに。

 クノンはずっとそう思っている。


 シロトにだけ秘密、というのも、なかなかやりづらい面もあるのだ。


「あ、僕かも。さっきお昼がてらソーセージやハムを食べたから」


 スパイシーな加工肉も食べた。

 今のクノンは、肉の匂いがする紳士かもしれない。


「ふうん?」


 部屋の中に入ってきた彼女は。

 空いた椅子に置かれた、クノンの鞄を凝視する。


「肉、あるね?」


「……はい」


 嫌な予感がした。


 これは。

 この流れは、肉のカツアゲになるのではなかろうか。


 かつての侍女イコが、「ねえキミ、いいもの持ってるねぇ」と近づいてくることがあったのを思い出す。


「大人しくよこすんだよ!」と言いながら、全身くすぐられたことが多々ある。


 渡してもやられた。


 今となってはいい思い出だ。


 ……いい思い出かな?


「何? 燻製肉?」


「ベーコンと燻製です」


「売って?」


 一応、取引の体は取ってくれるらしい。


 ……この街の支配者グレイ・ルーヴァがお望みだ。

 従わないわけにはいかない。


「あの、市販の加工肉の方がいいんじゃないですか?

 僕が持っているのは、風魔術でそれっぽく作ってもらった試作品みたいなやつなので……」


「なおさら売って」


 なおさら。

 どうやら諦めるどころか、ますます執着してしまったらしい。


「冷静に考えると面白いな」


 仕方なくブツを出そうと鞄を開くクノンを眺めつつ、シロトが言う。


「風魔術でベーコンを、か。

 確かに熱風の温度を上げれば、食材に火を通すことは可能だな。


 面白い発想だ。

 風を料理に使うなど考えたこともなかった」


 そういうものらしい。


 まあ、確かに、クノンも今日初めて聞いたことだ。


「僕はエリア先輩に聞きましたよ。

 それで、あの人は『お菓子の貴公子』って先生の弟子とかなんとか言ってましたけど」


 隠してないと言っていたから、言っても大丈夫だろう。


 風魔術での調理法。

 きっとその教師に教わったのだと思う。


「エリュスタか」


 グレイちゃんが呟いた。

 子供らしからぬ低い声で。


「お菓子の貴公子」を知っているらしい。


「エリュスタ先生って言うんですか?」


「ああ、うん。ここ十年くらい魔術学校からは離れて、どこか放浪してるらしいよ。

 たまーに帰ってくるけど、長く滞在はしないんだよね」


 そんな教師もいるのか。

 

「詳しいな、グレイ。

 私もかろうじて名前を知っているくらいなのに」


 シロトに突っ込まれた。


 彼女はグレイちゃんの正体を知らない。

 それだけに、意外な情報通っぷりに驚いたかもしれない。


「ロジー先生に教えてもらったからね!」


 かなり苦しい言い訳だが、


「そうか」


 シロトは深く追及はしなかった。


「――えっと、これが帝国産ミハ牛の燻製で、こちらはミハ豚のベーコン。


 これはアサミシトカゲの尻尾肉のベーコン。

 だいぶ貴重らしいよ。


 あとこっちのは赤スパイスと黒スパイスのソーセージ。

 なんか珍しい香辛料を使ってるらしいけど、忘れちゃった」


 最後のソーセージは、昼の残りだ。


 一本が大きかった。

 なので、エリアと味見がてら数本わけて食べたら、満足してしまった。


 だから、侍女への土産として持って帰るつもりだったが。


 グレイちゃんによこせと言われれば、出さないわけにはいかない。


「全部貰うよ。いくら? 相場の倍払うよ」


 お金の問題じゃない。

 クノンの明日のベーコンの問題だ。

 死活問題だ。


 死活問題なのだが……まあ、仕方ない。


 こうなった以上、帰りに市販のベーコンを買って帰ることにした。





「シロト嬢、見てました? あれがカツアゲっやつなんですね」


「厳密には違うと思うが、まあ、意味合い的にはそうかもな」


 グレイちゃんは去っていった。


 クノンから一切の肉を奪い、金を置いて。


「僕、カツアゲなんて始めてされました。

 女の子にされたと思うと案外悪い気はしないんですね。一つ勉強になりました」


 かつての侍女のは、追い剥ぎ強盗だったから。


 今冷静に振り返ると。

 何してるんだ、って思うばかりだ。


「その感想は特殊な部類に入ると思うし、相場以上の金を払ったから恐喝とも言い難いがな」


 まあ、とにかく。


 ベーコンを持っていかれてしまった。


 また、明日のベーコンがピンチだ。

 どうしてこんなにもベーコンに困る必要があるのか。


 ――そこまで考えて、閃いた。


「シロト嬢、ベーコン作りって興味ありますよね?」


 ここにいるではないか。

 風属性の魔術師が。


「いや、残念ながらないな」


「さっき面白いって言ってましたよね?」


「面白いとは思うが、やりたいとは思わない。


 機材もないし、作り方もわからないし、ベーコンに適した温度もわからない。

 一から手探りでやるには、手間も時間も掛かりそうだ」


 適任だと思ったのだが。

 シロトのこの調子だと、さすがに無理そうだ。


 先日のように。

 魔道式飛行盤をせがまれるのとは、事情が違うのだろう。


 できることを要請されるのと。

 できないことを要請されるのと。


 その線引きがはっきりしている。


 無責任に請け負わない辺り、やはりしっかりしている。


「そもそもだ」


 これは諦めるしかないか、とクノンが思っていると。


「そういうことは火属性に頼んだらどうだ?」


 と、シロトが提案した。


「風属性でもできるかもしれないが、やはり火属性が向いていると思うんだが。

 ハンクという好例がいることだしな。


 今、この屋敷にも火属性がいるだろう?

 というか、さっきまでいただろう?」


 ……。


「グレイちゃん?」


「ああ。あいつは毎日暇そうだし、頼んでみたらどうだ?」


 ――知らないということは、こんなにも恐ろしいのか。


 なんという恐れ多い発想。


 ベーコン作りを頼めと言うのか。

 世界一の魔女に。


「それは、ちょっと……」


 ――いや、気になる。確かに。


 まずいとは思う。

 頼むにしてもハードルが高すぎる、とも思う。


 半日で国家予算張りの給金を稼げそうな彼女に。

 まさかベーコン作りを頼むわけには。


 しかし。

 気になる。


 あのおとぎ話にも出てくるグレイ・ルーヴァである。

 どんな魔術でどんなベーコンを作るのか。


 一度考えたら、どんどん気になっていく。


「――あ、そうだ」


 いるじゃないか。

 代わりに頼んでくれそうな人が。


 グレイちゃんの直弟子アイオンが、いるじゃないか。


 ダメで元々。

 ちょっと話を持ち掛けてみても、いいんじゃなかろうか。





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― 新着の感想 ―
なーにやってんだあの侍女
 そりゃあ、酒の仕込みをしといて、肴の加工しないなんてないだろう、酒飲みなら(笑)
またイコの新しい武勇伝が増えてしまった
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