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418.風魔術とは





「火は使わないよ。火の代わりに熱風の熱で焼くんだよ」


 エリアのそんな説明が入り、いざ。

 スキレットに少々の水を張りソーセージを配置、火を入れていく。


「へえ!」


 エリアが無造作に構えるスキレット。

 その中で、すぐに水がふつふつ沸きだした。


 クノンはその下。

 スキレットのすぐ真下で渦巻く熱を注視する。


 魔力視では、何も見えない。

 だが「鏡眼」では見える。


 球状に留まる色付きの空気。


 長く「鏡眼」を使ってきたクノンである。

 なんとなくわかってきた。

 

 この「鏡眼」で見る、通常とは違うように見える変色現象は。

 対象が魔力を帯びているものだけに起こる。


 自然のものが主だ。

 空も、薄く帯びているのだと思う。

 だから果てで深い色になる。


 ――正解かどうか確かめようがないので、たぶんそうだろう、と思っている。


 そして今。


 エリアの熱風が、見える。


 魔力視では見えないので、傍目には何も見えないはずだ。


 赤と緑のマーブル模様。

 刻々と模様を変えているのは、空気が動いているから。


 いや。


 空気ではなく、風か。

 風だから動き続けているのか。


 熱風。

 なるほど、熱を帯びた風、か。


「見える?」


 唐突にエリアに問われ、驚く。


 クノンがずっと観察していたからだろう。


 スキレットの下を。

 見えもしないのに。


「鏡眼」のことは話せない。


 日常的にも一瞬一瞬使っている。

 それだけに、バレないよう使用するのは得意なのだが。


「見えますよ――あなたの魅力的な魅力がね」


「本当? たとえばどんなところ?」


「ベイル先輩のこと好きなところかな」


「今代表は関係ないでしょ!」


 もう、と女子力全開で怒るエリア。


 実に暴力的である。

 ずっと見ていたいくらいの女子力だ。


 まあ、見えないが。


「あ、いや違うのよ」


 と、彼女は我に返った。


「クノン君なら、魔力の動きとか見えるんじゃないかなって思ったんだけど。

 あるいは感じる、かな。


 君はたぶん、私たちより、魔力を感じる能力が高いと思うのよね」


 真面目な話だった。


「すみません、真面目な質問だったんですね」


「いいよ。言葉足らずだったと思うし。

 それで、どうかな?」


「渦巻く風を感じますよ。一つの場所で流れ続けてますね」


「やっぱり感じるんだ。

 風魔術って感じづらいのよね」


 その現象には名前が付いている。


「大同動期ですね」


「そうそう」


 ――風魔術を使うと、普通の空気がどうしても混ざる。


 混ざった結果。

 風魔術を構成する魔力が薄くなるのだ。

 

 これが大同動期。

 風魔術を感じづらくなる原理、原因、と言われている。


 この辺の特性は、風ならでは、かもしれない。


「実際さ、風ってなんだと思う?」


「随分漠然とした質問ですね」


 ついでに言うと。

 風属性じゃないクノンにそれを聞くか、とも思う。


「――ハンク君の『匂いのする火』」


 エリアはクノンを見る。


「あれ考えたの、クノン君なんだよね?」


 考えた、と言うか。

 魔術の先生から出された課題だった、というか。


「あれを知った時、私、結構衝撃だったんだよね。

 そんなの考えたことがなかったから。


 なんかね、風でできることって少ないなぁ、ってずっと思ってたから」


 ちょっとわかる、とクノンは思った。


 風は、難しい。

 何ができるのかなんて、それこそ風じゃないクノンには想像もつかない。


「あれはね、探せばまだまだあるのかも、って思わせてくれたんだよね。


 それで、考えたんだ。


 風って結局なんなんだろう、って」


 風とは何か。


 漠然としているが――魔術師なら誰もが考えることだ。


 己の魔術とは、なんなんだろう、と。

 この魔術で何ができるんだろう、と。


「やっぱり先輩も悩んだりするんですね」


「そりゃそうだよ。

 私たちだって、クノン君たちとそんなに歳も変わらない学生だよ。学ぶことばかりだよ」


 学ぶことばかり。

 今こうしてソーセージを焼いているわけだが、それはそれ。


 確かにその通りだ。


「クノン君は、風魔術ってなんだと思う?」


 なんだと思う?

 なんだろう?


「やっぱり大気ですかね。空気の流れ、とか」


「そうだねぇ。そうなんだよねぇ。

 ……それだけしかない、気がするんだよねぇ」


 それだけ、か。


 水は、氷にも湯にもなる。

 使いこなせれば非常に快適ではあるが、それはどの属性も同じだろう。


「先輩、そうやって悩んだ時は」


「甘い物を食べる?」


「それは否定しません。でも今は違います。


 悩んだ時は、事柄の性質を細分化するといいですよ。僕は師匠にそう教わりました」


 昔も今も。

 この考えがぶれないから、クノンはこれまでやってこれたのだと思う。


 本当に偉大な師である。


 本人は奥ゆかしく控え目だが。

 私が育てたんじゃなくて勝手に育ったんだ、なんて薄情なことを言うが。


 間違いなく、偉大な人だ。


「細分化かぁ……。


 風、空気、大気、真空、熱と冷却、――リーヤ君、ほか何かある?」


 ソーセージの横で、もうもうと煙を上げている燻製器。


 黙って聞いていた、煙の主たるリーヤが言った。


「僕は潮風を憶えましたよ」


「潮風!?」


 エリアは驚いた。


 クノンはなるほどと頷いた。


 潮風。

 海に行った時にこの身で感じた、あの独特の空気。


 あの重く湿った風には。

 確かに多くの水分が含まれていた。


「潮風に含まれる塩分の成分をちょっと変えると、燻製が捗りますよ」


「そ、そう……潮風か、確かにそれもあるか……」


 やはりリーヤも優秀である。


 ハンクがベーコン作りの手伝いを頼むだけのことはある。


「まあ、これも元はクノン君らしいですけどね」


「僕?」


「塩味のする火。ハンクさんに教えたんでしょ?

 僕もそのヒントから思いついたから」


 確かに言ったことがあるが。


 そうか。

 ハンクは編み出したのか。





「風も面白いね」


 熱風に、潮風。


 それだけじゃないだろう。

 きっともっといろんなことができるに違いない。


「そう? クノン君はどんな風魔術を使ってみたい?」


「そうだなぁ」


 少し前なら、迷わず「飛行」を選んだと思うが。


 でも「水球」で飛べるようになった今。

「飛行」への憧れは、さすがに減った。


 となると――


「風っていうか、解明したい空気があるかな」


「解明したい空気? 成分のわからない気体?」


「そうだね、謎だね。

 きっと誰にも解明できないと思うんだけど、でも挑戦はしてみたいな」


 リーヤとエリアは顔を見合わせる。


 ――クノンがそこまで言う、謎の気体。


 二人は風属性である。

 気にならないわけがない。


 だが。


 リーヤは知っている。


 この流れはあっち方面の話ではなかろうかと。

 だってクノンだし。


「それってどんな気体?」


 エリアが問うと、クノンは自信満々に答えた。


「素敵な女性から香るいい匂いと空気感……あれはなんなんでしょう。


 誰にも解けない淑女の謎、僕が風属性ならきっと挑んでいた謎に違いないですね」


「――ソーセージもういいんじゃないですか?」


「――そうだね」


 いつの間にか水は蒸発し。

 脂の焼けるソーセージの匂いが漂っていた。





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クノンは場の空気も凍らせられるのかぁ。
急募:見える空気&読める空気
水属性なのに変な空気作ってる……
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