416.専攻、そして女子力
「お、お菓子の貴公子?」
クノンは戸惑った。
初耳であることもそうだが。
貴公子なんて名詞が出てきたこと。
そして、およそ魔術師とは無縁そうな名詞に、驚く。
「それは特級生の誰か? え? エリア先輩が貴公子の弟子?」
気になるより、戸惑いが大きいかもしれない。
魔術に絡みそうだが。
でも、今は純粋に、魔術以外の理由で好奇心が動いている。
久しぶりの感情かもしれない。
だって貴公子である。
クノンもそれなりに紳士であり貴公子であるとは自負しているが、実際そう呼ばれている人がいるのである。
気になるだろう。普通に。
「いや、先生だよ。魔術学校の教師」
リーヤは、特になんでもないという態度で応える。
クノンの戸惑い。
それに気付いているのか、いないのか。
「先生なの? リーヤは会ったことある?」
「ないよ。
僕はあくまでも、エリア先輩に熱風でできる調理方法を教えてもらったってだけ。
もっと言うと、『お菓子の貴公子』のことを教えてくれたのも先輩だよ」
つまり、直接の関わりはないようだ。
となると。
「エリア先輩、色々聞いていいですか?」
「いいよ。本当に何も隠してないから。
というか――」
エリアは砂糖を入れたフブ茶を啜り、笑った。
「始めてクノン君に、ちゃんと興味を持たれた気がする」
「え? そんなことないでしょ?」
よくわからない発言だった。
いつだって紳士は、女性に興味があるものだから。
「わかります」
「え?」
リーヤはわかるらしい。
このテーブルでわからないのは、クノン本人だけのようだ。
「――へえ。やっぱり教師にもいるんですね、いろんな専攻の人が」
お茶して、お茶菓子をあれこれ勧めつつ。
エリアを質問攻めにして。
件の「お菓子の貴公子」について教えてもらった。
魔術学校の教師で、二つ名通りお菓子作りの名人。
お菓子が有名ではあるが、お菓子だけでなく、料理全般が得意なのだとか。
風属性の二ツ星。
当然、魔術学校の教師だけに、魔術の実力は確かだ。
「最初は先生、お金を稼ぐ方法に料理、特にお菓子作り方面に行ったらしいけどね」
と、エリアはフブ茶を啜り。
次のベリージャムを添えたチーズタルトに手を伸ばす。
お金を稼ぐ方法に、料理。
その辺はハンクと似ているかもしれない。
火と風の魔術は、稼ぐ方法が少ないと言われている。
特に火は、使いどころがかなり限定される。
そして――多くの特級生や教師が、その壁を超えている。
属性から繋がる、興味や趣味。
あるいは生業となっている、専攻学問。
師ジェニエ。
彼女は教育の道を歩んでいる。
それも、魔術に不慣れな初心者向けの授業と魔術理論を考えている。
彼女の師であるサトリも、同じ方向へ歩いている。
初心者向けではないが、後進育成のために教育方面に力を入れているのだ。
師ゼオンリー。
彼は魔道具を専攻している。
あの人は魔術師であることより、魔技師の道を選んだ。
「お菓子の貴公子」然り。
教師たちも専攻、または目指すものがあるわけだ。
最近ずっとお世話になっているロジー・ロクソンは、造魔学。
キーブンとエヴィラケは植物学。
スレヤも植物学、それも霊草関係を中心に。
サーフやクラヴィスも、きっと何かを専攻しているに違いない。
他にも知っている教師はいるが。
あまり親しくしていないので、何を学んでいるかまではわからない。
言われてみると。
結構気になるところもある。
「エリア先輩も金策として?」
「あはは……いや、まあ、私のことはいいじゃない」
サクサクとタルトを食べつつ誤魔化した。
――クノンの直感が働いた。
「わかった。ベイル先輩のためですね」
そういえば。
魔帯箱を作っていた時、よく差し入れをくれていたではないか。
彼女の差し入れは、クノンらの生命線だった。
あれがなければ、皆、倒れていたかもしれない。
「う、うーん……まあ、代表のためっていうか、派閥全員のためっていうか、ね……えっと……べ、別に代表のことなんて…………好き、なのかなぁ……ちょっとだけ気になるっていうかね、ちょっとだけ……なんか、……もう、私のことはいいでしょ……」
エリアはもじもじしながらもごもご答えた。
ティースプーンでフブ茶を混ぜながら。
やたら混ぜ回しながら。
わかりやすい。
なんてわかりやすい女子力の発露だ。
女子力による強烈な暴力。
これはクノンにもわかるくらい、わかりやすい。露骨といってもいいかもしれない。なんて露骨な女子だ。こんなに露骨なことってあるのか。こんなの五歳児が見てもわかるだろう。これは、なんだ、リーヤもエリアの片思いのことはわかっているに違いない。こんなのわからないわけがない。
「なるほどなぁ……」
不意に食らった女子力の暴力に、若干どきどきしながら。
クノンは考え込む。
専攻。
自分の場合はどうだろう。
専攻していると言えるほど、一つの学問には打ち込んでいない。
強いて言うなら。
やはりゼオンリー譲りの魔道具造りだろうか。
あとは、広く浅く学んできている。
ブレているつもりはない。
――すべては、最終目標の「目玉を作る」に辿り着くため。
今は、そこへ繋がるだろう学問を探している最中だ。
そして、造魔学が一番近いのではなかろうか。
……というところにいるわけだ。
一つのことを深く学ぶ。
あらゆることを広く浅く学ぶ。
結局どちらがいいのだろう。
「――お待たせしました、リックルパイです」
「――あ、美味しそう!」
考え込むクノン。
まだ食べるのか、という顔をしているリーヤ。
まだまだ食べるつもりのエリア。
突然のお茶会の、そんなワンシーンであった。
「――ちょっと見ていっていい?」
せっかくなので、エリアと一緒に市場を回り。
買い物を終え、学校に戻ってきた。
これからリーヤがベーコンを作る。
そう言うと、エリアが見学したいと言い出した。
「僕はいいけど、クノン君は?」
「むしろ居てほしいな。
男同士でベーコンなんて、みんなに誤解されちゃうかもしれないし」
「あ、うん。わかった。……男同士でベーコンって何?」
若干の謎を残しつつ。
三人は、肉などを燻すことにした。





