415.みんな誰かの師であり弟子
「エリア先輩だ! こんなところで会えるなんて!」
突然の出会いに、クノンのテンションは上がった。
女性と会えた。
学校の外で、知り合いと会うのは珍しいだけに。
ここは市場を少し離れた辺りである。
食品関係の店が多いだろうか。
魔術関係の店で会うのはわかるが。
まったく関係ない場所で会ってしまうとは。
「この出会い、もしかして運命かな? 先輩はどう思います?」
「え? うん……偶然じゃないかな」
――エリアは曖昧に笑ってごまかした。
クノンは変わらないな、と思いつつ。
「こんにちは、エリア先輩」
「こんにちは、リーヤ君」
「実力」のエリアと、「合理」のリーヤ。
派閥は違うが、同じ風属性同士。
案外顔を合わせる機会があり、それなりに交流がある。
「食料の買い出し? 二人一緒なんて珍しいね」
「クノン君のベーコンを作る予定なんです。ハンクさんが遠征に出てしまったので」
「ああ、そうなんだ。……え? もしかして長く帰らない?」
「日程までは聞いてませんけど、アーシオン帝国まで行ったらしいですよ」
「そうなんだ。アーシオンは遠いね」
エリアは困ったように笑った。
「『実力』の拠点の保冷庫にある燻製肉、そろそろなくなりそうなのよね。
……ハンク君いないんだよね? うちの男たちが騒ぎそうだなぁ」
どうやら、「実力の派閥」でもクノンと同じ悩みが発生しそうだ。
「ハンクのベーコンって、そんなに浸透してるの?」
エリアの口調だと。
彼のベーコンは、派閥の垣根を越えて広まっているらしい。
クノンがリーヤに顔を向けると、リーヤは極めて真面目に頷いた。
「たぶんクノン君が想像するより売れてると思う。
最初は君から始まったけど、少しずつファンが増えて行ったんだ。
今ではディラシックの店舗に卸したり、一部の先生たちにも広まっているみたいだよ。
クノン君の多すぎる注文で、レパートリーがものすごく増えてるからね。誰の需要にも答えられるんだってさ」
クノンは驚いた。
「僕、そんなに注文したかな」
――頼む方はそんなもんだよな、とリーヤとエリアは思った。
消費者側は、軽い気持ちで言いがちだ。
「ああいうのが欲しい」とか。
「こういうのはないか」とか。
一言で言ってしまえば、我儘である。
だが、一概に悪いこととも言い難い。
新しい発想や、新しい技術に繋がることがあるから。
自分にはない発想を頼まれた場合は、特に。
――長い下積みを経て、確かな実力を身につけたハンクである。
クノンの注文は多かったが。
しかし、割と難なく応じられたのだ。
その結果が、今であり。
現在向かっている「肉の会」への招待である。
「エリア先輩も買い物ですか?」
「もしくは、今日はこの辺で僕に会えそうだから探していたとか?」
「買い物だよ。リーヤ君は知ってるよね?」
クノンの言葉は華麗にスルーされた。
が。
彼女の返答は聞き流せない。
「え? リーヤはエリア先輩のことも知ってるの? ハンクのベーコンのことも知ってるのに?」
「知ってるっていうか、エリア先輩はある意味僕の師匠でもあるからね」
さすがに予想外すぎる返答だった。
師匠。
師匠と言えば、クノンにとってはジェニエやゼオンリー。
サトリを含めてもいいかもしれない。
リーヤにとっては、このエリアが師匠?
さすがにどういうことなのか、よくわからなかった。
「不思議かな? エリア先輩はすごい人だよ。
同じ派閥だったら、もっとたくさんいろんなことを教わっていたと思う。尊敬してる」
「いやいや、言いすぎだよリーヤ君。
そもそも特級生はみんなすごいからね。誰であっても一つ二つは必ず学びたいことを知っているよ」
なんだか親密な感じだ。
師弟関係なら、それも納得はできるが……。
しかし。
それはちょっと、まずいのではないか。
「ちょっとゆっくり事情を聞きたいな。いいよね?
先輩もいいですよね? そこに喫茶店がありますので休憩がてら少しお話ししましょうよ」
クノンは知っている。
エリアは、同じ「実力の派閥」の代表ベイルが好きだった、はずだ。
なんというか。
リーヤが、こう、エリアに片思い的な感情でも抱いているのではないか、と。
そう思ってしまった。
ぜひ事情を聞きたい。
もしリーヤがエリアの片思いを知らず、なんかこう恋愛的な感情を持っているなら。
傷つく前に教えてあげたい。
エリアの気持ちを。
――傍目に丸わかりだけに、リーヤもちゃんと知っているのだが。
「いや、大した話じゃないんだけどね」
ひとまず、近くの喫茶店にやってきた。
エリアも付き合ってくれた。
ちょうど休憩したいと思っていたから、と。
優しい先輩である。
「リーヤ君に熱風を教えたのが私、ってだけよ」
熱風。
最近聞いた言葉である。
「熱風って、濡れた身体を乾かしたり、洗濯物を乾かしたりする?」
――孤立型浴場。
少し前に発案した孤立型浴場の件で。
「合理」のカシスが教えてくれた風魔術である。
「そうそう。熱風自体は基礎の変形くらいなものなんだけどね。
あれって温度を上げていったら、火と同じように扱うこともできるの。
つまり、肉を焼いたりもできるわけ」
なるほど、とクノンは頷く。
「リーヤはそれで燻製肉を作るつもりなんだね?」
聞いてみれば、単純な流れだった。
「そうだよ。それでエリア先輩は……言っていいですか?」
「もちろん。別に隠してないから」
本人の許可を得て、リーヤは言った。
「――エリア先輩は、『お菓子の貴公子』の弟子なんだよ」
「お……え?」
肉の会といい。
知らないベーコンの話といい。
同期の意外な付き合いと、意外な繋がりといい。
今日は本当に、知らないことばかりと出会う。





