414.距離感とか、そういうの
「ちょっと待っててくれる? 準備してくるから」
話を付けたリーヤは、広間の奥へ行ってしまった。
「合理の派閥」の拠点は、人工ダンジョンである。
地下には大規模な迷路が広がっている。
が、基本的には一階を使用して。
地下の浅い階層を物置として利用し、その下は使われていない。
リーヤはこの拠点に、自身の研究室を持っているらしい。
クノンは訪ねたことがない。
属性が違うだけに、行く理由もないのだ。
普段、リーヤがどんなことをしているかは気になるが。
邪魔になりそうなので、多くは聞かない。
恐らく、彼もクノンに対して、そうしていると思う。
「――あ、クノンだ」
「――久しぶりー」
神花探索で地下に行ったんだよなぁ、などと考えていると。
「合理」の先輩たちに声を掛けられた。
最近会っていなかった人たちだ。
「おはようございます。最近楽しい実験やってます?」
そんなこんなで、近況を話す。
お互い魔術師で研究者だ。
その手の話を振られれば、話題が尽きることはない。
――クノンは一応、三派閥に属する身である。
でも、だからこそ。
どこの派閥とも、親しくはしていないかもしれない。
今でこそ「調和」の代表シロトと行動することが多いが。
魔人の腕の観察が終われば、また距離が空くと思う。
「お待たせ」
程なくリーヤが戻ってきた。
もう少し話をしたいが。
やはり、今はベーコンだ。
魔術学校を出てきた。
「それで、どこへ行くの?」
まず。
リーヤはこれから燻製肉作りをするそうだ。
これから材料を買い出しに行く予定だった。
そこに、クノンが同行を頼んだ形である。
クノンの家は、現在ベーコン不足だ。
明日のベーコンにも困る、切羽詰まった状況である。
できれば今日中に確保したい。
少量でもいいから。
「何件か回る予定なんだけど」
リーヤが歩き出し、クノンも並ぶ。
「やっぱりまず行きたいのは素材屋さんだね。『ロレンナ』ってお店、知ってる?」
「名前だけは聞いたことあるよ」
それも侍女リンコから。
つまり、魔術師が率先して行く店ではない。
「食品関係の雑貨屋、でいいのかな?」
侍女が塩などを購入している店だ。
時々、珍しい調味料を調達してきては、食卓に出される。
驚くような味のものも多く。
それだけに、購入店の名前は印象深く憶えている。
なお、正式には「ロレンナの店」である。
ロレンナさんが店主のお店、というわかりやすい名前だ。
「そうそう。
ハンクさん、いつもロレンナでスパイスの調合を頼んでるんだ」
「スパイスの調合?」
「うん。レシピを渡したらその通り作ってくれるんだ。
ハンクさんはそこの常連で、よく利用しているんだよ」
クノンは感動した。
「ハンクが僕のためにスパイスの調合の依頼を……」
「……まあ、遠い意味ではね」
そういえば、だ。
「僕、ハンクがどうやってベーコンを作ってるか全然知らない」
購入したり。
注文したり。
それとなく「こういうベーコンは作れる?」と催促してみたり。
「あーあ、ハンクが商会を立ち上げてくれれば世界のどこにいても手に入るのになぁ」と、さりげなく吹き込んでみたり。
「出資してもいいのになぁ」と、念を押してみたり。
そんなのばかりで、深く聞いたことがなかった。
「仕方ないと思うよ。
今やハンクさんの収入源だからね。軽はずみに人に教えたりしないよ」
いわゆる企業秘密というやつだ。
「そうだね。だから聞くのも悪い気がしたんだけど。
でもリーヤは教えてもらってるわけでしょ?」
ハンクのことも、リーヤのことも。
ベーコンのことも。
クノンは本当に何も知らなかったから。
「なんというか……僕はもうちょっと同期に興味を持った方がいいのかな? いや興味がないわけじゃないんだけどさ」
「いや、今くらいで丁度いいと思うよ。
僕らのやってる実験とか研究とか、誰にでも話せるわけじゃないでしょ?
たとえ同期でも、話せないことって結構あるし。
むしろクノン君が話しすぎなんじゃない?」
話しすぎだろうか。
「クノン君、最近『調和』の代表と何かやってるでしょ? 何してるの?」
「え? えーと……」
言えない。
造魔学のことも。
シロトの右腕のことも。
「ね、困るでしょ? だからこれくらいの距離感でいいんだよ」
反論の余地がなかった。
ロレンナへ行って、いつもハンクが注文しているスパイスを購入。
それから市場へ向かい、肉を調達する。
「この辺だと、リーブ豚のあばら肉が一般的なベーコン用の肉になるよ。でも――」
リーヤは説明する。
そしてその先は、クノンにもわかる。
「ハンクのベーコンは、豚だけじゃないよね?」
「そうだね。部位が違う時も、豚肉じゃない時もある。
あの人、本当に研究熱心だから。いろんな肉で色々と試しているみたいだよ」
クノンは再び感動した。
「僕のためにそんな企業努力を……」
「そこはその通りだと思う。
言ってたよ。クノン君の注文が多いから大変だ、って」
「僕のために大変な想いを……ハンクが女性だったら、全力で紳士力を発揮してすごく感謝したのに……」
「――そこのあばら肉と、そっちの肩肉をください。そっちは牛? それもください。あとその辺のを適当に。あ、骨付き肉もあればお願いします」
市場や店を渡り歩き、大量の肉を買い込んでいく。
ついでに、少しだけ既製品の加工肉も買ってみる。
これは味見用だ。
燻製肉も奥が深い。
市販品と舐めていたクノンだが、知らない物も当然あり、興味本位で色々買ってみた。
食品の買い物もなかなか楽しい。
その内、侍女と一緒に食料の買い出しに行くのもいいかもしれない。
少年二人が肉関係を買いあさる――そんな中。
「あれ? クノン君とリーヤ君?」
一人の女性に声を掛けられた。
「学校の外で二人が一緒って、珍しいね」
「実力の派閥」のエリア・ヘッソンである。





