413.同期に賭ける
「参ったな……ベーコンどうしよう」
クノンは考え込む。
ハンクがいないと判明した。
数日中に帰ってくるかどうかも怪しい。
ならば、ベーコンは違うところから調達せねばならない。
次の策を考えねば。
それも、できるだけ早く。
「ベーコン?」
「ベーコン……」
――シロトとセララフィラは、少し呆れていた。
ハンクを探していた用事はそれか、と。
魔術関係で何かあるのかと思っていたが。
クノンの目的は、ベーコンだった。
「ベーコンはさー。よく炙って脂を落としてさー。カリカリになったやつが好きー」
アラナの言葉に、クノンは力強く「わかる!」と頷いた。
「やっぱりアラナ先輩もベーコンが好きなんですね。
この世の魅力的な女性はだいたいベーコンが好きだという定説を、僕は信じています。現にシロト嬢もセララフィラ嬢もベーコンが好きですからね」
「……」
「……」
シロトもセララフィラも、特に何も言わない。
確かにそうだから。
魅力的かどうかは別として、好きか嫌いかで言えば、間違いなく好きではあるから。
「えー? そうー? 照れちゃうなー。
てゆーかさー、私胃腸が弱くてさー、脂多めの肉は身体が受け付けないんだよねー。もたれるんだよねー。しばらく痛くなるんだよねー」
納得の痩せぎすである。
「大丈夫ですよ。アラナ先輩が残した脂なら、紳士である僕がすすりますから」
「あははー。ちょっときもいよー」
あははー、と笑い合う二人。
微妙に気が合うようだ。
「――で、どうするつもりだ」
シロトが問う。
放っておくと延々と話し込みそうだったから。
「クノン先輩なら、ベーコンは自分で作れるのでは?」
「うん、一応作れるよ」
頷き、クノンは続ける。
「でもね、なんか違うんだよね。
自分で作ると、味の想像ができちゃうんだよね。使用した材料がわかってるからさ」
香草でもスパイスでも、燻製液でも。
自分で作るなら、投入する物は最初からわかっている。
想像通りのものにしかならないのだ。
そうなると、ベーコンの魅力が半減する気がする。
「僕はね、いつも素敵なベーコンであってほしいんだ。
毎朝ベーコンに会いたいし、いつだってベーコンで驚きたい。
まだ僕の知らないベーコンの魅力を常に探してる。
となると、やっぱり職人が作ったベーコンがいいんだよね。
新作もいいし、変わり種でもいいし、古くから伝わる伝統の味でもいいし。
それで、最近はずっと、ハンクのベーコンが僕のベーコン愛に答えてくれてたんだ」
市販品でもいいが。
でも、ハンクのベーコンを知っているのだ。
あれと比べると、どうしても見劣りしてしまう。
――火魔術を使用したベーコンは、やはりちょっと違うのだ。
もっと言うと。
ハンク自身がどんどん改良を加えていった結果が、今である。
彼の作るベーコンは、クノンを魅了してやまない。
「いまいちわかりづらいが、とにかくハンクはいない。
ベーコンを探すなら、学校の外へ行くべきではないか?」
シロトの言うことはもっともだ。
ここにいてもベーコンは手に入らない。
――となると、さっきの話を思い出さざるを得ない。
リーヤだ。
入学当初は純朴な少年だった同期が、言ったのだ。
「肉は儲かる」と。
すっかり都会の子になったんだな、と思うと同時に。
気にはなっていたのだ。
果たしてリーヤのベーコンはどんなものだろうか、と。
だが、懸念もある。
それは、彼がまだ、ベーコン作りを始めて間もないことである。
実績がない。
経験も多くない。
しかも風属性で作るという。
これだけ不安要素があると、ちょっと頼みづらいところがある。
ベーコンはいつだって美味しくあって欲しい。
びっくりするほどの変わり種や、少しの失敗作。
その程度なら、美味しく食べられるが。
食べられないものが出てきた場合が、非常に困る。
もしもの時は聖女にあげるしかなくなってしまう。
……いや、受け取ってくれないか。
彼女はもう、失敗ベーコンで飢えをしのぐ必要のない、優雅な生活をしている。
あの頃の聖女は、もういないのだ。
「……街に出てみようかなぁ」
気は進まないが。
ハンクが帰ってくるまでは、市販品でもいいだろう。
あるいは――一か八か、リーヤに賭けてみるべきか?
「――というわけなんだけど、どうかな?」
ついさっき別れたばかりのリーヤに、ベーコンの話を持ち掛けると。
「僕は構わないけど」
「本当?」
とりあえず、ベーコンの目途は立った。
あとは、彼の作るベーコンが美味しいことを祈るばかりだ。





