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412.肉の会





 大変だ。

 大変なことになってしまった。


「シロト嬢、もう一度確認しますよ。


 ……ハンクは遠征に出た、って言いました?」


 恐る恐る問うクノンに対し。

 シロトは、なんの遠慮もなく答えた。


「ああ、そうだ。

 昨日の夜、出発したらしい。私が報告を聞いたのは今朝だ」


 輝魂樹(キラヴィラ)の森を探索し。

 それから、クノンは「調和の派閥」の拠点である、背の低い塔へとやってきた。


 ――昨日、教師キーブンに伝言を頼んだのだ。


 明日の午前中会いに行く。

 だから拠点にいてほしい、と。


 ここで会う予定だったのだが……。


 入ってすぐの広間にいたシロトを捕まえ、教えてもらった。


 午前中はいることにしている、というだけあって。

 今日もシロトに会うことができた。


 このあと、今日もロジー邸に行くが。


「……いない、のか……」


 ハンクは不在と告げられた。


 この時間に会う約束をしたつもりだったが。

 生憎、ハンク側に予定があったみたいだ。


 まあ、予定があるなら仕方ないだろう。


「ハンク先輩、遠征へ出たのですね。

 どこへ行ったのでしょう?」


 と、元々シロトと一緒にいた、後輩セララフィラが質問する。


「遠出すると言っていたらしい。


 ちょっと待て――アラナ、来てくれ」


 すぐ傍で。

 刺繍による刻印魔術の素晴らしさを熱く語っていたアラナを呼ぶ。


「何ー? なんか縫い物の仕事があるのー?」


 土属性の女性で、「調和」の一員である。

 

 特徴は、目の下の濃い隈。

 痩せ細った身体。

 総じて、非常に不健康っぽいところ。


 まあ、魔術師ならざらにいる感じである。


 忙しくしている魔術師なんて、徹夜などあたえまえ。

 不健康な状態の者など、稀によくいる。


「いや、仕事の話じゃない。

 ハンクの伝言を、正確にクノンに教えてやってほしい」


 どうやら彼女がハンクの伝言を聞いたらしい。


「おはようございます、アラナ先輩。今日もチャームポイントの目の下の隈が素敵ですね」


「えー? そうー? 素直に嬉しいんですけどー。

 でもチャームポイントじゃないのよねー。むしろ思春期女子の深刻な悩みって言うかー」


 若干間延びしたしゃべり方も、特徴的である。


「で、ハンクの伝言だっけー?


 えっと、なんて言ってたかなー……確か、アーシオンで『肉の会』っていう集会があるから、それに招待されたとかなんとかー……だったと思うけどー」


 肉の会。

 実に肉々しい名前が出てきたものだ。


「ごめんー。昨日の夜、すーごい眠い時の寝る直前に言われたからー。

 細かくは覚えてないわー。


 肉の会も別の呼び方でさー。覚えやすいように覚えてただけでさー。ごめんー」


 疲れた顔で、本当に申し訳なさそうに「ごめんーごめんー」と繰り返す。


 罪悪感がすごい。


「それ、『深き夜に香る燻製肉の会』ではありませんか?」


 セララフィラは心当たりがあるようだ。


 アーシオン帝国出身だからか、聞いたことがあったらしい。


「有名なのか?」


 シロトも聞いたことがないようだ。


「一部界隈には有名らしいですわ。

 なんでも、高貴なる紳士淑女の密やかなる同行の会、だと聞いておりますが」


「なんだ、いやらしいやつか。肉欲的な」


「いえいえ、そんな俗物の趣味ではありません。シロトお姉さまはそういう俗物にまみれたことを口にしてはいけません。堕ちたあなたなどわたくし、見たくありませんよ」


「よくわからんが、続けてくれ」


「嘘です。

 わたくしも帝国の女です、堕落した女になっていくお姉さまの姿を見たくないわけがない……。


 想像するだけで背筋がぞくぞくするこの背徳感、……悪くないですわ……!」


「力説しているところを悪いが、続けてくれ」


 安定のシロトである。

 本当にいろんな意味で頼もしい女性である。


「こほん――要約すると、使用人が寝静まった夜中に燻製肉や加工肉をこっそり焼いてお酒を嗜む。


 そんなささやかな悪事に興じる趣味を持った人たちの集まりです」


 それもなかなか俗っぽい気もするが。


 でも、わからないでもないな、とクノンは思った。


 母親も、深夜のサウナとエールが大好きだった。


 夜というのは不思議だ。

 ただ燻製肉を焼く。

 何も悪くないそれだけの行為なのに、どこか秘密にしたい気持ちになる。


 立場のある人なら。

 余計に、その気持ちは強いのかもしれない。


「へー。深い夜の…………肉の会かー。そんなのあるのー?」


「わたくしもまだ飲める年齢ではありませんので、あくまでも噂ですが。


 ただ、アーシオンは堅いお国柄で知られています。

 古い国ですし、風習や因習も多いのです。


 そんな国なので、同じ趣味を持つ人たちとの交流は、何より楽しいものなのだとか」


 そんなものか、とクノンは思った。


「わかるー。私も同じ趣味の人ほしいー」


 アラナの専攻する刻印魔術と、それに付随する刺繍。


 魔術の中でもかなり特殊である。

 同じものを専攻する魔術師は、相当少ないそうだ。


 ――例の眠りの商売をしている時、アラナに刻印やら刺繍やらに誘われたこともあるのだが。


 目が見えないクノンである。

 さすがに長時間の針作業は無理と判断した。


 興味がないわけでもないし。

 やろうと思えば、できるかもしれないが。


 刺繍は時間が掛かる。

 作業工程全てに、時間が掛かりすぎる。


 そう思って、諦めた。


 ――まあ、その辺はさておき。


「ハンク、アーシオン帝国まで行ったんですね」


 ならば数日は帰ってこないだろう。


 何せ「肉の会」に招待されたらしいから。


 なんて魅惑的な集まりだ。

 そんなのクノンだって行きたいくらいである。


 きっとハンクも同じ気持ちで旅立ったに違いない。

 だから攻めるつもりはない。


 ない、が。


「参ったな……ベーコンどうしよう」


 今更、市販品を買う気にはなれない。


 さてどうしたものか。





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― 新着の感想 ―
ここまでコミカライズされるのがいつになるかさっぱりわからないけどアラナ嬢もなかなか癖強女子ですね… 学校で出会うその他女子の一人としてサラッと出てきてくれないかな…!
 ベーコン以外の手段も考えないとな。蒸し料理とか?
えっ?前回会った時に注文してるかと思ってた 同期の新たなベーコン…多分ジャーキー
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