410.まだ一歳になってない樹
「なんか上からごめんね」
「いや、それはいいんだけど……」
――それどころじゃない。
リーヤの関心は、隣で偉そうに飛んでいるクノンではなく。
周辺の状況にあった。
「この森すごいね、クノン君」
「そうだね」
緑の匂いが濃い。
非常に密度の高い森である。
植物に統一性がなく、また規則性もない。
実に雑多だ。
足元をよく見る。
それだけで、何種類もの草花が見つかる。
探せば探すだけ、何かが見つかる。
外から見た通りというか。
中の密集度は、予想通り、すごかった。
――例の輝魂樹の森へ入る申請をした翌日。
朝から楽しみにやってきたところ。
偶然、同期リーヤ・ホースと遭遇した。
彼も、これから森へ入る予定だったらしい。
というわけで、割と自然な流れで、クノンとリーヤは同行することになった。
「足元に気を付けてね」
教師エヴィラケが言う。
土魔術師の教師である。
キーブンと同じく植物関係の研究に熱を入れている女性だ。
歳は三十前後くらいだろうか。
浅黒い肌に冷めた口調が特徴的な、海の向こうの異国からやってきた魔術師である。
彼女は引率だ。
今はまだ、森に入る生徒には、案内の教師が付く。
現地を案内しつつ。
この森の諸注意を伝える役目を担っているのだ。
これをしないと、絶対に植物関係で大変なことが起こるから。
絶対にだ。
絶対に、あらゆる種をばらまく生徒が出てくるだろう。
面白半分で。
神話に出てくる輝魂樹の力を試そうとするだろう。
特級クラスの生徒の好奇心を舐めてはいけない。
その手の事故など、日常茶飯事なのだから。
ちなみに。
クノンらは二人一組になったので、引率する教師が一人減った。
教師側には都合がよかったらしい。
「ありがとうございます、エキゾチックなレディ。
でも僕の心配なんてしないで。あなたの足枷になりたくないから」
「いやクノン君は大丈夫でしょ。飛んでるし」
即座に冷めた返答が飛んで来た。
植物が多く、足元が悪い。
さすがにここは歩けない。
歩こうとしても、すぐに転んでしまう。
だからクノンは「水球」に乗って移動している。
「先生も乗ります?」
「興味はあるけど遠慮するわ。それよりこの森なんだけど――」
エヴィラケの注意点を聞きながら、三人は奥へ向かう。
植物関係を専攻しているなら。
とにかく、その辺の植物に注意が向くのだが。
そうじゃない者は、噂の輝魂樹を見に行く。
クノンもリーヤもそっちが目的だ。
なので、観察もそこそこに奥へと進んでいく。
――程なく、目的の場所に辿り着いた。
「これが……」
「神話の大木、輝魂樹……」
それなりに大きな樹だった。
クノンとリーヤは、そびえる大木を見上げる。
見た目は、ただの大木だ。
そこまで変わったところはない。
これくらいの大木ならどこにでもある――と思うかもしれないが、認識が違うのだ。
この木は、まだ、樹齢一年にも満たない。
言うなれば若木。
いや、まだ苗木と言った方が近いかもしれない。
まだ一歳になっていないのに、この大きさなのだ。
いったいどこまで大きくなるのか。
「――ふうん……」
かすかに魔力を感じる。
特別な樹だ、というのもすぐにわかる。
わかるし――クノンには見える。
「鏡眼」を通して見ると。
大木の周囲を、何本かの光の帯のようなものが漂っている。
あれはなんだろう。
光る蛇たちが遊泳しているようにも見えるが……。
魔術師に憑く、例のアレだろうか。
それとも光の精霊だろうか。
なんとも興味深いし、何かしらの実験をしてみたいところだが。
パッと思いつくことが、ない。
というか。
輝魂樹の存在に圧倒されていて。
まだ、何も考えることが、できない。
これが霊樹輝魂樹。
数多の植物を従える、まるで王様のような樹だと思った。
しばし見上げて、我に返ると。
周囲に、何人かの特級生たちがいた。
彼らもクノンらと同じく、輝魂樹を見に来たのだろう。
そして、見たあとは、周辺の植物に興味が移ると。
この辺もいろんな植物が生えているから。
「先生はどんな植物を育てているんですか? 甘酸っぱい恋の味がする果実とか?」
クノンも植物は気になるが。
これまで接点がなかった、教師エヴィラケが気になっていた。
女性だし。
これまで学んだことのない分野を専攻しているかもしれないし。
女性であることも含めて、非常に気になる。
「ふう」
エヴィラケは溜息を吐いた。
なんだか色っぽい。
「甘酸っぱい恋は、とっくに卒業しちゃったわ。今は甘くて苦い方が好みね」
なんだか大人な返答である。
「私が研究しているのは、水がなくても育つ植物」
「えっ」
水がなくても育つ植物。
クノンは考えもしなかった方面の話だ。
水魔術師なんて、それこそ水を専攻しているようなものだから。
「私の故郷は砂漠なのよ。
水分がとても少ない土地で、雨も滅多に降らない。
でも、そんな場所でも植物は育つ。
そういう植物を研究しているわ」
――興味深い話である。





