409.無抵抗で
「これは何かな?」
「ユジュイモですね。収穫していきましょう」
「これは?」
「白美草ですね。むしっていきましょう」
「これは黒カボチャだね」
「熟していますね。収穫していきましょう」
「この草は?」
「これは……何でしょう? 未知の植物ですね。サンプルを回収していきましょう。ついでに味見を」
「わからないものを口に入れるのはダメだよ。積極的なレディは応援するけど、これはダメだよ」
「私は聖女ですよ。毒でも問題ありません」
「いや、やめとこうよ。ね? 可愛い光の幼児じゃないんだから、何でも口に入れちゃダメだよ」
――等々。
外周を歩くだけでもいろんな発見、いろんな収穫物があった。
聖女が観察に足を止めたり。
よく知らない草を食べようとしたり。
そんな彼女をなだめつつ、それなりに時間を掛けて一周し。
出発地点に戻ってきた。
「色々採れたみたいだな」
まだそこにいた教師キーブンと合流する。
ハンクはまだ戻っていないようだ。
「ではクノン、私は行きますね」
「あ、うん。付き合ってくれてありがとう。勉強になったよ」
今や教室から生活まで、植物まみれの聖女である。
植物の知識は豊富だった。
彼女の教室で見た植物は、クノンも知っているが。
それ以外もちゃんと学んでいるようだ。
クノンが想像するより、広く深く知識を得ているのだろう。
「ありがとうございます――キーブン先生、失礼します」
クノンが持っていた野菜を上乗せし。
両手いっぱいの野菜を抱えた聖女は、行ってしまった。
行き先は食堂だ。
野菜はそちらに提供するのだとか。
――大変そうだ。
その光景を見て、クノンは一瞬帰ろうかと思ってしまった。
見えないが。
キーブンにハンクへの伝言を頼み。
再び、「調和」の拠点である背の低い塔へ戻ってきた。
シロトの手伝いをしに、来たのだが。
「――木材は!?」
「――オースディが取りに行った!」
「――インクはどこ!?」
「――今調合してる!」
なんというか、大騒ぎになっていた。
最初は十人。
クノンを入れて十一人で、シロトをモテモテで囲んだはずなのに。
今、広間には、明らかに二十人以上の生徒がいた。
実に慌ただしく動き回っている。
単純に、飛行盤を欲した者が増えたのだろう。
突発的な生産作業なのに。
これだけの大人数が集まるものなのか。
というか、やはりシロトだろう。
急な生産ラインの構築なのに、見事に動かしている。
「調和」以外の生徒も混じっているのに。
さすがの統率力である。
「――あ、クノン君だ!」
見つかった。
迷うことなく逃げていれば、脱出できていたかもしれない。
「――連れていけ!」
もはや何も言うまい。
作業に夢中な特級生が、これだけいるのだ。
逃げるなど不可能。
きっと言い訳一つ聞いてくれない。
そう悟っているクノンは、無抵抗で連行された。
広間の隅で、一人ひたすら術式を描いているシロトの元へ。
――これこそ、飛行盤を魔道具たらしめる仕掛けである。
守秘義務がある。
ここだけは制作者がやらなければならない。
つまり、制作者のシロトとクノンがやらねばならない。
「――代表、クノン君来ました!」
まるで生贄のように突き出された。
「半分頼む」
顔も上げずに作業を続けるシロトに。
クノンは「はい」と答え、向かいに座った。
言葉はいらなかった。
シロトだけに任せるのもひどい話なので。
今日はもう、ここで午前中を過ごすことにした。
こういうこともあるだろう、と諦めた。
――結局、四十本もの飛行盤を作るはめになった。
本当にちょっとした生産ラインだった。
「疲れたな」
「そうですね」
描く術式自体は、簡単なものだ。
しかし、わずかなミスも許されない精密作業である。
こういうのは疲れるのだ。
細かいところまで気を遣う必要があるから。
注文通り飛行盤を制作すると。
参加者たちは、きっちり料金を置いて去っていった。
しっかり片付けも済ませて。
広間に残ったのは、クノンとシロトだけである。
お互いちょっと放心気味である。
疲れたから。
「森はどうだった? ハンクには会えたか?」
「それが――」
クノンは説明した。
ハンクには会えなかったこと。
そして、聞いていた通り、森は許可制だったこと。
「しばらくは教師付きで入ることになるそうです」
だから申請が必要な許可制なのだ。
一緒に森に入る教師と、都合を合わせる必要があるから。
「今の内に、規制と注意点を説明しておきたいそうです。
いずれ自由に出入りできるようになるので、それまでに特級クラス全体に規則と注意点を馴染ませたいから、って」
「自由に入れるようになるのか」
「そうみたいです。一ヵ月後、って言ってたかな」
「そうか。
ならば急いで行く必要はないかもな」
シロトとしては、自由に入れるようになってからでもいいのだろう。
その辺はクノンも同感である。
一応、申請はしておいたが。
クノンの目的は森ではなく、輝魂樹だ。
どんなものなのか確認したい。
それだけである。
聖女や森に興味がある者とは、着眼点が違う。
彼女たちは、環境こそに注目しているから。
そっちの方が、研究者としては正しい姿なのかもしれない。
「シロト嬢との森デート、楽しみにしていてもいいですか?」
「一緒に行く意味があるか?」
「一緒だと僕が嬉しいだけですね。僕を喜ばせるチャンスですよ?」
「わかった、時間が合えばな。
――そろそろ行こうか」
と、シロトが立ち上がった。
これからロジー邸へ向かうのだ。
結局、この日ハンクとは会えなかった。
まあ伝言を残しているので、明日でも問題ないだろう。





