408.物足りないデート
「クノンもいよいよ森に入るのですね」
キーブンと話したり、聖女が来たり。
ちょっと足を止めてしまったが。
ここへ来た用事は、別にある。
「入りたいのは山々なんだけど、許可制だから今日は無理みたい。
それと、僕はハンクを探しに来たんだよね」
輝魂樹の森の解放。
そんなビッグニュースに心を奪われていたが。
それと同じくらい大事なベーコン問題が片付いていないのだ。
「ハンクですか。
そういえば、香辛料やスパイスがどうこうと相談を受けたことがありますね」
聖女は相談されたことがあるそうだ。
クノンは聞いていなかった。
きっと企業秘密、企業努力というやつだろう。
客に見せられない部分の話だ。
「それって僕のためかな?」
「当たらずとも遠からずでは?
彼の燻製やベーコンは、それなりに評判になっているようですから」
「そうなんだ。
あーあ、ハンクが女性だったら最大級の感謝の気持ちを送るのになぁ。紳士として」
「そうですね。ハンクが女性だったらよかったですね」
聖女としては、同期の性別などどっちでもいいのだろう。
「同期に女性がいませんからね。
ハンクが女性だったら女性同士の話もできたし、私も好都合だったのですが」
むしろ「どっちでもいいけど女性の方がよかった寄り」なのかもしれない。
いや。
彼女の論で言えば、クノンとリーヤが女性でもよかったのか。
「ハンク・ビートか。確かにあのベーコンはうまいな」
どうやらキーブンも食べたことがあるらしい。
「寒い日、焚火に当たりながらベーコンとチーズを炙って、薄切りのパンに乗せるんだ。
簡単な飯だが、これがうまいんだ」
それは間違いないやつだ。
いや、間違いないというか。
色々やってみて一周回って「結局こういうのでいいんだ」と感じる、最高のやつだ。
明日の朝はチーズを挟んでもらおう、とクノンは決めた。
「私はやはり魚がいいですね。
ルマ、エピン、サコの葉を刻んでクリーム状のチーズに混ぜたソースを魚の燻製肉にたっぷり塗って、パンに挟むのです。
きっと神もお喜びになるでしょう」
取ってつけたような信仰心のように感じるが、気のせいだろう。
そして何より。
「レイエス嬢にも好物ができたんだね」
腹を満たせればなんでもいい。
強いて言えば食べやすい魚がいい。
彼女の食の好みは、それくらいのものだったのだが。
「ええ。私たちが食べている物には全て植物が関わっていますからね、興味を抱かずにはいられません」
まあ、聖女らしい考え方かもしれない。
「先生、ハンクは中にいます?」
ここで長々と腹が減りそうな話をしていても仕方ない。
朝食でお腹が満たされているのは、幸運だった。
もし腹が減っていたら。
もう、それしか考えられなくなっていただろう。
「ああ、見掛けたよ。話はしてないが」
となると、森から出てくるまで待つことになるのか。
「私が呼んできましょうか?」
「ほんと? 頼んでいい?」
「ええ。会えたら伝えますよ。それではまた――」
「あ、待った」
森へ行こうとする聖女を、キーブンが止めた。
「はい? どうしました先生?」
「いや、君も生徒だから。許可が必要だろ」
「許可? 昨日まで素通りしていたのに? 今更?」
「昨日までは調査隊の一員。今日からは一生徒扱いだ。
ついでに言うと、これからは調査じゃなくて実験も行えるんだ。
さすがにこの段階になると、特別扱いは難しいな」
道理としてはそうなるか。
むしろこれまでが異例だったのだろう。
生徒の身分で調査に入っていたから。
「そうですか。言われてみるとその通りですね」
聖女は無表情で頷く。
いつも通り、感情が見えないので不満も文句もなさそうだが。
「いよいよ実験をしてもいいんですね? 楽しみです」
この発言は怖かった。
植物関係で一緒に実験したことがあるだけに。
そして、この森が発生した原因の一部は、確実に彼女にあるだけに。
「――へえ」
とにかく今日は入れないそうだ。
だから申請だけして、森の周りを観察して歩く。
せっかく来たので少しだけ見ていこう、と。
森と地面の境目。
そこを見るだけでも、緑の豊かさと溢れる生命力を強く感じられる。
「外からではわかりませんが、中はある程度区画整理してあります」
今日から入れなくなった聖女の案内で。
「薬草類、果実類、魔的素材になる草花、野菜。
そして、あえて残した未整理区画。
できる限り整理したのです。
森ができた当初はかなり入り乱れていて、雑然としていましたから」
連日ここへ来ていた聖女と教師たち。
彼女らは森の調査と並行して、植物の間引きを行っていた。
共生だのなんだのを考えると、どうしても隣同士ではまずいものがあったのだとか。
まあ、輝魂樹を中心とした特殊な森だ。
そういうのも関係ないのかもしれないが。
それと。
クノンは知らなかったが。
キーブン以外にも、植物に詳しい教師はたくさんいたそうだ。
聖女も知らなかった教師と知り合い、話し込んで、大いに勉強になったのだとか。
――クノンがロジー邸で学んでいる時、聖女や同期も何かを学んでいた。
あたりまえと言えばあたりまえだが。
少し羨ましくもある。
学べるものならなんでも学びたいものである。
「ねえレイエス嬢」
「なんですか? どの草がわからないのですか? 私がお教えしましょう」
「こうしているとデートみたいだね」
聖女はクノンを見た。
「デートだとすれば、残念です」
「え? 残念?」
彼女の視線は、もうクノンを見ていない。
森の奥へ向いている。
「残念ながら、このくらいのデートでは満足できない身体になってしまいました」
聖女は森の中の刺激を欲している。
もう外周では物足りないらしい。
「なんだか大人っぽい発言だね」
「そうでしょう?
植物だけでは飽き足らず、ついにキノコにまで手を出してしまいました。罪深いことです」
別に罪深くはないと思う。
知識欲なら貪欲でいいと思う。





