407.つまりそういうことです
旧第十一校舎。
もうすぐ丸一年。
かつてクノンが拠点にしていた場所である。
今は新設された第十一校舎にいるが。
かつての拠点は、今、森になっている。
まだ春になったばかりなのに、青々と茂りに茂った森に。
「――元々、各方面から要望が多かったんだ。早く解禁してくれ、って」
森の近くに、教師と生徒たちが二十名ほど。
この森に興味津々で。
公開されるのを、今か今かと待っていた人たちだ。
その中に、教師キーブン・ブレッドを見つけて、声を掛けてみた。
「霊樹輝魂樹。
一晩で森ができたこと、その森が少しずつ広がっていること、そして教師たちの動向。
この辺を推測して、一部の者には正体がバレていたんだ」
バレていたからこそ、早く解禁してほしいと。
そう望まれていたらしい。
特に、調査として中に入ることが多かったキーブンは、よく直訴されたそうだ。
「輝魂樹だってことも公表されたんですね」
この辺にいる生徒は、教師から森の諸注意を聞いているようだ。
彼らの会話の中に「霊樹輝魂樹」という名前が出ている。
ちなみに、探しているハンクはいない。
森の中にいるのかもしれない。
「うん。隠したまま公開をって話もあったんだが、結局な。
どうせちゃんと調べられたらバレるしな。
そもそもの話、公表した上で注意事項を通達しないとまずいだろ。
なんでもかんでも実験だ試行だで種を植えられたら、きっとあっという間に魔術都市が緑化してしまう」
ありえる。
何せこの森、一晩でできあがったものだ。
校舎を壊して。
偶然の事故。
あるいは奇跡の産物。
そう言っても過言ではないとは思うが。
一度あったなら、二度あってもおかしくない。
今度は校舎一つで収まらないかもしれない。
ディラシック丸ごと、緑にあふれてしまうかもしれない。
大惨事である。
「……解禁の許可が出たのか」
つまり。
この魔術都市の支配者グレイ・ルーヴァが許した、ということだ。
最近の彼女は、ずっとロジー邸にいるのだが。
グレイちゃんとして。
ずっとのんびりしているようにしか見えないが。
あれで仕事はしているのだろう。
「クノンも森に入りたいのか?」
「もちろん! ……と言いたいところですが、許可制なんでしょう?」
当然興味はある。
森の中心にそびえているであろう、輝魂樹を調べてみたい。
「最初だけな。
今すぐは無理だが、今申請すれば明日は入れるぞ。
でも一ヵ月くらいは規則を浸透させて、それからは自由に入れるようになるんだ」
「え?」
自由に入れるようになる、らしい。
「それって大丈夫ですか?」
「怖いよなぁ」
と、キーブンは太ましい腕を組み、苦笑する。
クノンの心配は、ちゃんと理解しているようだ。
そう。
旧第十一校舎にいた生徒からすれば、不安しかないのだ。
第十一校舎大森林化事件。
もう二度と、あの悲劇を繰り返してはならない。
後片付け。
後始末。
整理整頓。
あの事件では地獄を味わったから。
「誰かがうっかり厄介なものを植えたり、共生できない植物を育てたりするかもしれない。
というか、すると思う。
故意か事故かはともかくな。
だが、それでも上は、その辺のミスや失敗も踏まえて許可を出したそうだ。
――失敗から学べ、ってな」
「それは……すごいですね」
クノンは唸った。
最初こそ許可制だが。
後に、この便利で危険な環境を、野放しにするそうだ。
それはつまり。
何か厄介事が起これば、上が対応する。
だから安心して失敗しろ、と。
そう言っているわけだ。
――さすがグレイちゃん、さすが世界一の魔女である。
実にスケールが大きい。
今のクノンには、彼女の実力の半分も理解できないが。
やはり、すごい人である。
「おはようございます」
キーブンと立ち話をしていると、聞き慣れた声がやってきた。
同期の聖女レイエスだ。
「おはよう、光に包まれし光のレディ。今日は一段と光り輝いているね」
「いつも通りです」
いつも通りの返答だった。
「どうしたレイエス? 何か忘れものか?」
――聖女はたびたび教師たちと一緒に森に入り、中の調査をしていた。
その過程で、放置しているとまずい植物を間引いていた。
毒草や、周囲に悪影響を与える植物。
悪臭を放つ等の、生態系に関わる植物。
繁殖力が高すぎる植物。
その辺の諸々が終わったから、こうして解禁となったのだが。
「様子を見に来ました。私にとっては特別な場所ですから」
特別な場所。
そうだ。
聖教国セントランスの聖女であるレイエスだ。
霊樹輝魂樹は、輝女神教にとって特別な存在。
思い入れがあって当然である。
「ここは今なお謎が多いです。
先生たちとあれだけ調査したのに、それでもまだ知らない植物も多い。
どこから来ているんでしょうね。
鳥は撃退しているはずなのに。
それとキノコですね。
真菌類の育ちも非常に早く、実に興味深い。食べても美味しい」
信仰的な特別感はないようだ。
本当に様子を見に来ただけらしい。
植物の様子を。
聖女らしくてクノンは安心した。
言っちゃ悪いが。
今更、強めの宗教感を出されても、たぶんちょっと困る。
正真正銘の聖女に言うことではないが。
「君の宗教的に大事な場所でもあるもんな」
キーブンがそう言うと……。
聖女は妙な沈黙を経て、口を開いた。
「…………そうですね。我らにとって輝魂樹は特別なものです。ならばこの場所こそ特別とも言えますね。私は聖女としてこの場所を見守る必要があります。おまけに植物がいっぱいあるのです。これはもう見守らない理由がない。あらゆる意味で特別だと言えるでしょう。私は植物が好きです。これに関して異を唱える者には罰が下る可能性があります」
なぜだろう。
なぜだか非常に言い訳じみた印象を受けるが。
「つまりそういうことです」
そういうことらしい。
――まあ、いつも通りの聖女である。





