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404.幕間  贈り物





「ジオ様、お疲れ様です」


 勝手にドアを開けて入ってきた声。


 護衛兼友人のイルヒ・ボーライルに、


「ああ」


 と、狂炎王子ことジオエリオンは手短に答える。


 振り返らず、顔も上げずに。


 その日、魔術学校から帰ってきたジオエリオンは。

 自室で本を読んでいた。


 アーシオン帝国の歴史書だ。

 市井に知られていない話が乗っている、代々皇族に伝わる本である。


 正確に言うと「歴史に記すまでもない歴史」の記録書である。


 やれ何代目の皇族があんなことをした、とか。

 あの貴族があんなことを言った、とか。


 およそ社交界で飛び交う、荒唐無稽な噂話のような逸話が書かれている。


 内容的にはゴシップに近い。

 だが、この本に記されているということは、全て事実である。


 ――これも帝王学の一つだ。


 いざという時に「知らない」では通用しない。

 皇族とはそういう立場である。


 それこそ、信憑性の怪しい噂さえ、気にしなければならない。


 それに拘わる情報を知っていれば。

 真偽の判断ができるのだから。


 つまり、勉強中である。


「報告、よろしいでありますか?」


 いついかなる時も、重要な報告はするよう命じてある。


 何をしていても報せろ、と。

 ノックしないのも許可している。


 ジオエリオンへの用事は、重要なことが多いから。


「ああ」


 ジオエリオンは本から目を離さない。


 聞いていないようで、しかし、ちゃんとイルヒの声に耳を傾けている。


 いつものことだ。

 だからイルヒも気にしない。


「今クノン殿がいらっしゃいまして」


「何?」


 ジオエリオンが顔を上げ、振り向く。


「クノンが来たのか? 来る予定はなかったはずだが」


「もう。クノン殿のことになると目の色が変わるんだから」


 イルヒは呆れた顔をする。


「仕方なかろう。最近会っていなかった」


「五日前でありますね。クノン殿が夕食に来たのは」


「……」


 五日前は最近かどうか。


 そんなどうでもいいことを一瞬考え、ジオエリオンは質問を重ねる。


「だって珍しいだろう? 急に来るなんて」


 そう、珍しいのだ。


 いや、初めてかもしれない。


 あのクノン・グリオンが、約束も先触れもなく急に来るなど。


 彼も貴族の子だ。

 いきなり相手の家を訪ねるなど、無礼なことは決してしない。


「そうでありますね。まあ届け物をしに来ただけ、だそうですが」


「届け物?」


「詳しくはこちらの手紙に」


 はい、と渡された手紙を受け取りつつ。


「それでクノンは? 帰ったのか?」


「帰ろうとしたところを、ガースが捕まえて庭に」


「――行こう」


 手紙は受け取ったが。

 本人がいるなら、本人に聞くのが早いだろう。





「あ、先輩。急に来てすみません」


 庭先に出したテーブルに着く、眼帯の少年。


 クノンである。


 そして彼の傍には護衛兼友人のガスイースと、執事と、使用人が二人いる。


 それなりの警戒網だ。

 予定にない来客だ、ジオエリオンの身を守るための布陣である。


 これはもう、仕方ない。


 クノンを信じる信じないの話ではなく。

 礼を失すれば、誰でもこの扱いになるのだ。


 ただ、今回のクノンは。

 帰ろうとしたところを、捕まったらしいが。


 ちょっと理不尽かもしれない。


「構わない。こちらこそガースが無理に引き留めたらしいな。すまない」


「いやあ……届け物だけだからいいかな、って思ったんですけどね。

 でも、やっぱりまずかったですね。


 却って気を遣わせてしまいました。申し訳ありません」


 クノンは苦笑している。


 ――どうやら気づいているようだ。


 警戒されている、と。

 帝国の第二皇子を、アーシオン帝国を害する者かもしれない、と。


 これに関しては、そういう規則だとしか言いようがない。


 クノンの反応を見るに、それは彼もわかっていると思う。


「それで――届け物とは?」


 と、ジオエリオンは向かいに座る。


 このまま謝り続けても仕方ないので、話を進めることにした。


「日頃の食事のお礼に、こちらを」


 クノンはガスイースに顔を向ける。


 視線の先の友人は、布に包んだ板のような物を持っていた。


「面白い物ができたので、ぜひ先輩に贈りたいなぁって。

 ジオエリオン先輩も使える魔道具です」


「魔道具か……」


 ――ガスイースがクノンを引き留めた理由がわかった。


 クノンは、ここに、正体不明の魔道具を持ち込もうとしたわけだ。


 これは警戒されても仕方ない。


 前もって、どんな魔道具をいつ持っていくか、と教えてもらわないと。

 立場上、警戒せざるを得ない。


「ありがとう。どんな魔道具だ?」


「名前は魔道式飛行盤。空を飛ぶ魔道具ですね」


「――開けろ」


 とんでもないものを持ってきたらしい。


 もはや興味を持つな、というのが無理な話だ。





 木造の板である。

 二つの板を張り合わせたもので、内部には術式が描いてある。


 単純ながら隙も無駄もない術式だ。

 実にクノン作らしい。


 改造・改良の余地があるのも含めて。


 いきなり爆発するような危険物ではないと確認し、いざ乗ろうとして。


「いやいやダメでしょ」


「ダメだぞジオ様」


 止められた。

 護衛兼友人二人と、使用人たちと。


「まあまあ、これは仕方ないですよ」


 クノンにまで。


 それはそうだ。

 ジオエリオンの立場上、いきなり乗るのはまずい。


 たとえ本人が、この場の誰よりも乗り気になっていたとしても。


 どういうものなのか、ちゃんと確認してからだ。

 それこそ安全面の確認をしてからだ。


 先に誰かに乗ってもらうしかないだろう。





「では不肖わたくしめが」


 試しにイルヒが乗ることになった。


 ――これも立場上言えないが。


 この場の全員が、誰一人として、クノンを疑っていないのだ。


 規則だからこうなっているだけで。


 帝国に害なすなんてありえない。

 危険物を持ち込むなんてありえない。

 

 ジオエリオンに限っては、遠い親戚まで世話になっているのだ。

 最近「魔建具」なる魔道具を開発し、帝国でとんでもない勢いで名前が売れている従妹が、がっちり世話になっているのだ。


 今更何を疑う必要があるのか。


 第一、本気で害をなすつもりなら、こんなわかりやすくはやらないだろう。

 理屈でも、人柄的にも、


 もしクノンが牙を剥くならば。

 きっと、恐ろしいことをやってのけるはずだ。


 考えたくもないが。


「――お、おお、お、あ。……あ、なるほど! ああ! これはいい!」


 軽く操作方法を聞き、イルヒは板に乗る。


 本当に浮かび。

 少しずつ、滑るように進み。


 ふらふらしていたイルヒは、急に安定した。


 どうやら掴んだらしい。

 直感的に動かせるとわかれば、かなり操作は簡単なのだとか。


「ああ、すごいすごい」


 ――軽快に庭を飛び回るイルヒを視覚で追いつつ、クノンは思う。


 いきなりでここまで自在に乗れたのは、オースディくらいだ。


 ジオエリオンの護衛という側面もある彼女だ。

 魔術師としても武人としても、優れているのだろう、と。


「もういいだろう! 戻ってこい!」


 珍しくジオエリオンが大声を上げた。


 この様子なら、気に行ってくれそうだ。





 魔道式飛行盤は、発売からすぐに売れた。


 それこそ飛ぶように売れた。

 あっという間に完売となり、予約が殺到。


 全属性対応で、属性を選ばない。

 魔術師なら誰でも乗れる。


 移動、荷運びに便利で。

 速度も高度もあまり出ないが、それでも充分だった。


 学校にある森の近くを飛んでいた生徒が、光線で撃ち落とされたり。

 一日五枚ものの板を割った生徒が現れたり。


 そんな事件もあったりなかったりしたが。

 順調に売り上げを伸ばしていった。 


 そして、アーシオン帝国でも。


 帰国の折、気晴らしに飛ぶジオエリオンの姿から、かの国で爆発的な人気を博すことになる。





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― 新着の感想 ―
同じコンセプトで開発した2つで戦えるのは楽しい
やっぱ、空対空兵器じゃんw
> 学校にある森の近くを飛んでいた生徒が、光線で撃ち落とされたり。 笑い過ぎて呼吸困難になった。害鳥扱いされたんだね。
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