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397.可能性が広がる





「なんかちょっと複雑……」


 クノンの熱源式飛行盤の説明が終わると、リーヤが呟いた。


 複雑そうな顔で。


「わかってるよ」


 そう、クノンはわかっている。


「風属性だけの特権だった『飛行』が、他属性でもできるようになる。


 これって結構思うことがあるよね」


「うん……」


 ――まさにそれだ、とリーヤは思った。


 これまで、空を高速移動できるのは風属性だけ。

 学校に来るまではそう思っていた。


 実際は、風以外の「飛行」もあるのだ。


 それを知って驚き。

 だが、また納得もした。


 魔術とはそれほど単純ではなく、また他属性も複雑で奥深い。

 学校生活でしっかり学んできた。


 だが、しかし。


 飛べる魔道具は、ちょっと事情が違う気がするのだ。


 リーヤは苦労して「飛行」を習得した。


 他属性の「飛行」も、簡単なものではない。

 というか、創意工夫の上で「飛行」を成立させているので、風より大変かもしれない。


 なのに、今回クノンが開発したという、飛行盤なるもの。


 それなりの魔術師なら簡単に飛べる代物、らしい。


 事実として、ハンクは試乗会なるものに参加して、飛んだらしい。

 かなり簡単に飛べたそうだ。


 なんというか。


 風属性の特徴というか、最大の利が奪われたかのような。

 お株を奪われた感があるというか。


 文句を言うのは筋違いだ。

 だが、素直に受け入れるのも抵抗があるような。


 なんとも複雑な気持ちだ。


 まあ、クノンはその辺の心境を理解しているらしい。


 ならば、まだ救われる気はするが。


「レディと一緒に飛べるのは、基本的には風属性だけだったからね。

 二人で飛んで、夜景が綺麗な丘とかに行って、言うよね。


『美しい光景だね。でも君の方が綺麗だよ』ってね」


 いや。


 残念ながら、クノンは風属性の気持ちがわかっていないかもしれない。


「今まで風属性にしか許されなかった。

 でも、これからはほかの属性でもできるようになる……そう考えると複雑だよね」


 確かに複雑だが、その複雑ではない。絶対。


「ハンク」


「お、おう。なんだ?」


 無表情で話を聞いていた聖女が、おもむろに、年上の同期に視線を向けた。


「女性は夜景より綺麗なものだと思いますか?」


「もちろん」


「クノンの答えは知っています」


 口を挟んだクノンをかわし、聖女は「どうですか?」と質問を重ねる。


「そ、そう、だな…………まあ、そう、かもな」


 ――なぜそんな質問をするのか。


 いったい聖女はどんな返事を期待しているのか。

 それがまったくわからないハンクは、曖昧に肯定しておく。


 ちなみになぜかと言えば、聖女はハンクを「一般常識を持った一人の男性」と認識しているからだ。

 

 クノンはアレだし、リーヤは同い年だ。

 だから、である。


「では私を夜景が綺麗な丘などに連れて行ってそのようなことを言いたいと思いますか?」


「もちろん!」


「クノンの答えは知っています」


 口を挟んだクノンを再びかわし、聖女は「どうですか?」と質問を重ねる。


「あー……そういうのは、恋愛的な意味で好きな女の子にすることだと思う。


 だから私は、レイエスにはしたいとは思わない」


 素直に答えると、聖女は頷いた。


「それは私の胸が小さいから恋愛的な意味で好きではない、という意味ですか?」


「……なんかあったか?」


 時々聖女は、何かに強い影響を受けていることがある。


 たぶん、今がそれだ。


「ありました」


 やはりあったらしい。


「恋ってなんだろう。愛ってなんだろう。

 そういうことも考えていくように、と言われました」


 誰が言ったのか知らないが、面倒な方向に影響を受けたらしい。


「しかし、別口から恋愛なんて早いからまだ考えなくていいんだよ、とも言われています。


 尊敬する人二人にそう言われて、矛盾の狭間で揺れている。それが現状です」


 実に面倒な揺れ方をしている。


「ハンク、やはり男性は、けしからん肉体の女性が好きですか?」


「僕は中身が大事だと思う」


「クノンは肉体など関係ないですよね。知ってますよ」


 これはもう、アレだ。


「そういうのは人それぞれだな! この話やめようか!」


 ハンクは強引に、この話を終わらせることにした。





 聖女がこじらせて帰ってきた。

 結構厄介なこじらせ方をして、帰ってきた。


 クノンじゃないが。

 聖女がズレたことを言うと、「ああ帰ってきたんだな」と実感する。


 そう、彼女は帰ってきたのだ。

 こじらせて。


 だが、まあ、今は置いておくとして。


「――光属性での『飛行』ですか」


 飛行盤の話に戻り、聖女は考え込む。


「飛べるというのはありがたいですね。


 足を踏み入れられない場所などに、満遍なく水を撒けます。虫除けなどの散布も楽にできそうです」


 そう言われると、実用的な用途もたくさんありそうだ。


「でも私は……いえ、そうですね」


 珍しく何かを言いかけ、聖女はやめた。


 少し気になるが、誰も触れなかった。


「試乗に付き合って欲しいと手紙にありましたが、私でいいのですか?」


「うん。光属性の知り合いが少ないからね。

 僕が真っ先に思いついたのは、やっぱりレイエス嬢だったよ。レイエス嬢に飛んでほしいな、って思っちゃったよ。この気持ちってなんだろう。もしかしたら女性が好きってことかな」


「好きということだと思います。


 わかりました。試乗会、でしたか? 次の試乗会には付き合いましょう」


「ありがとう。お礼に今度パフェ行こうね」


 クノンは顔を横に向ける。


「リーヤも来てくれる?」


「僕も? でも僕は」


「なんかね、風の『飛行』とは飛び心地が違うらしいよ。

 だから風属性にも需要があるんじゃないかってことで、試作品は作ってあるんだ。


 どうかな? 乗ってみてくれない?」


 ――試しにシロトが作り、飛んでみたのだ。


 これはこれで楽しい、とのことだ。


 需要がありそうだからこれも作ってみよう、と。

 そういう話になっている。


 ついでに言うと、水属性用もだ。


 クノンは「水球」で飛べる。

 だから、風属性のように最初から除外していたが。


 冷静に考えると。

 飛べる水魔術師の方が少ないのである。


 そういうわけで、水属性用も作ることになった。


 視界の利かないクノンは、平衡感覚が怪しい。

 だから試乗は無理だ。

 

 そういうわけで、水属性も試乗者を探す予定だ。


「そうなんだ……じゃあ僕も参加していいかな?」


「ありがとう、来てくれると助かるよ」


 聖女とリーヤの確保に成功した。


「ハンクも来るよね?」


「ああ、オースディも連れていくよ」


 それは願ったりだ。


 飛行盤はまだ完成していないのだ。

 彼の熱い意見は、まだまだ聞きたい。


「じゃあ明日か明後日にでも、二回目の試乗会をしようかな。


 そのつもりで予定を空けておいてね」









「……光属性による、飛行……」


 同期たちが引き上げ、一人残ったレイエスは呟く。


 やはりクノンはすごい。

 いつも自分が考えつかないことをしている。


 これが魔術の可能性というやつだろう。


「――学びが多いですね」


 レイエスは立ち上がる。


 部屋の隅に置いてあるジョウロを取り。


 空中を歩いて(・・・・・・)、上から教室内の植物たちを見て回る。


 いつかクノンがやっていた、「水球」で階段を作るやつと、同じ原理だ。


 ただし、レイエスの場合は「結界」だが。


 ――クノンが「水球(ア・オリ)」でできることの多くが、「結界」で再現できる。


 これに気付いたのは、遠征の時だ。


 いや、あの時はまだおぼろげだったと思う。


 確信を得たのは、先日までいたセントランスで、だ。


 もっと言えば、お肌の状態を整え若返らせる魔術水の開発の時だ。


「……光で飛行、か」


 だが明確に違うのだ。

 クノンは水で、レイエスの「結界」は物質に近い。


 魔術水を開発する時、何度も思った。


 クノンなら簡単にやってのけるだろう、と。

 簡単ではないまでも、すぐにやってしまうのだろう、と。


 水魔術師の神官もいたが。

 クノンは彼らより優秀……いや、開発向きなのだと思う。


 あの繊細かつ複雑な「水球(ア・オリ)」は、彼の可能性そのものだ。


 水と「結界」の違い。

 似たことはできるが、異なる存在。


 この違いが、レイエスにしかできないことに、繋がるはずだ。


 今はまだわからないが。

 きっと、何かができるに違いない。


「結界」だけではない。

 光属性だってそうだ。


 きっと、自分だけの何かができるはずだ。


 魔術が広がる。

 可能性が広がる。


 そしてレイエスは、光の可能性に直面し、ようやく一歩を歩み出そうとしていた。





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― 新着の感想 ―
この話がめっちゃ好きだし、今まで感想欄なんて見てなかったけど、ここに限っては感想欄まで見てわちゃわちゃするのおもろいなーって思って見たんだけど、 そんなにテンポ悪いのかな?めっちゃおもろいし、過程とか…
魔術師してんなぁ
聖女って遠征で飛んでなかったっけ?
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