394.試乗会 一回目
「――クノン、様子はどうだ?」
草原を楽しそうに飛び回る数名。
それを見学、もとい観察しメモを取るクノン。
そこに背後から声が掛かった。
「見ての通りです。まあ僕は見えないんですけどね」
隣に並んだのは、シロトである。
「そちらはどうでした?」
「ダメだな。やはり光属性は捕まえられなかった」
「そうですか。まあ急でしたからね」
彼女は光属性持ちの心当たりに、声を掛けに行っていた。
光、闇、魔は希少属性だ。
魔術学校内でも、かなり少ない。
加えて、特級生なら大体いつも忙しい。
急なお誘いになってしまっただけに、確保はできなかったそうだ。
でも、それはそれでいいだろう。
熱源式飛行盤は、まだ、誰にでも話せる段階にない。
まだ試作段階。
特許関係も未定。
これでは、闇雲に試乗者を集めるわけにはいかない。
今飛んでいる人たちも、信用できる人の中で、特に信用できる人たちを選んだ。
それに属性だ。
火と土。
闇。
この三属性を中心に声を掛けた。
魔属性は、もうロジー邸で試している。
ロジーは忙しいだろうが。
アイオンは今後も付き合ってくれるだろう。
彼女は共同制作者でもあるから。
火はグレイちゃんが試してくれたが。
そもそも彼女は、属性云々以前に規格外だ。
普通の火属性と一緒にするべきではないだろう。
「確かに光属性って知ってる人少ないなぁ。スレヤ先生はどうですか?」
「さすがに教師に試行を手伝ってもらうのはまずいと思う」
「そんなことないですよ。
妙齢のレディだって少々ふくよかなレディだって、激しくスリリングで刺激的な空の旅をしてみたい、そんな時があると思います」
「あるか?」
「ありますよ。シロト嬢にもあるでしょう?」
「…………認めたくはないが、ある」
本当に認めたくなかったのか。
シロトは機嫌が悪そうに、顔をしかめる。
――実際飛んだことを思い出したから。
よくないことがあって、最悪の気分の時に。
思いのままに飛び回ったことが、ある。
男も女も。
老いも若いも関係なく。
衝動的、感情的に飛びたい時は、誰しもにきっとあるのだ。
「だが先生方は常に忙しいから、声を掛けるのは躊躇ってしまうな。
それよりは、レイエスの方が現実的だと思う」
「ああ、そうですね。レイエス嬢がいたらよかったですね」
やはりクノンにとって身近な光属性は、かの聖女である。
同期だし。
一緒に遠征に行った仲だし。
「そろそろ戻るとは思うんですけど、なかなか戻ってきませんね。
こうも遅いとちょっと心配だなぁ」
「そうか。何事もないといいな。
しかし――ルルのこんな失態は、初めて見るな」
今し方、ルルォメットが飛行盤から落ちて、草原を転がった。
それを見てシロトは笑う。
「意外な反応ですね。人の失敗を笑うなんて」
シロトはそういうタイプではないと思っていたが。
真面目で堅物だ、と。
「人の失敗じゃなくて、ルルの失敗だ。
あの何でもそつなくこなす男の失敗なんて、滅多に見られないからな。
あいつともそれなりに長い付き合いになるが、ここまで明確な失敗は初めて見た。
少しほっとしているくらいだ。
ミスなんてしないと思っていたしな。
――代表同士だからな。私たちは多少ライバル関係でもあるんだよ」
ライバル関係。
……というよりは、友人と言った方が、近い気がした。
だって、シロトの笑みに、悪意や害意を感じなかったから。
「――おいおい大丈夫かー!?」
「――ヘイヘイヘーイ! 『合理』の代表さんには空はまだちょっと早いんじゃないのー!?」
草原に転がるルルォメットの周囲を、男二人が飛ぶ。
これ見よがしに。
「実力」代表ベイルが煽っている。
心配している風だが、完全に声が笑っている。
あと、同期ハンク・ビートが連れてきた、彼の友人「調和」のオースディも。
ヘイヘイ言っている。
あれは完全に煽っている。
「おいルル! 私はおまえがあと五回落ちるのに昼食を賭けるぞ!」
と、シロトも笑いながら野次を飛ばした。
「――シロト! そのセリフ、後悔させてあげますよ!」
立ち上がったルルォメットが奮起した。
彼も、笑っていた。
「みなさーん! 集まってくださーい!」
クノンは声を上げて通達する。
試行は昼まで。
事前にそう決めていたので、今日のところはこれで終わりだ。
飛んでいた人たちを集めて、乗ってみた感想を聞いてみる。
「もうそんな時間か。楽しい時間はあっという間だな」
ベイルは早めに来たのだが。
それでも、まだ物足りないようだ。
「私は今日の予定を全部キャンセルして来ましたが……しかし、ありがたいですね。まだ戻れそうです」
来るのが一番遅かったルルォメットには、予定を伝えられなかった。
説明しようとはしたが。
「まず飛ばせろ」と言われたから。
「これすごいな。本当に飛べたよ」
クノンの同期であるハンクにも来てもらった。
彼は火属性だから。
それと――
「俺はこれに出会うために生まれてきた。そう思った」
ハンクが連れてきたオースディは、飛行盤を抱き締めていた。
もう離さない、とばかりに。
出会うも何もまだ試作品なんだが。
彼は、ハンクが手紙を読んだ場にいて、偶然内容を知ってしまったらしい。
「頼む連れて行ってくれ」と泣きつかれて、断り切れなかったそうだ。
まあ、ハンクの友人なら、クノンも拒む理由はない。
一応顔見知りでもあったから。
ちなみに彼も火属性。
試乗者として適任だった、というのもある。
「もっと速度が――」
「もう少し高度が――」
「初速が欲しいな。ずっとじゃなくていいから、一時的に大きく加速するような仕掛けが欲しい。それがあれば逆に飛行が安定すると思う。急な障害物を避ける時とか不安定な角度になった時の建て直しにも使えるはずだ。あと飛行盤にこう、足が密着するような仕掛けってできないか? ……いや、今のままの方がいいのか?」
感想を貰い、改良点を考える。
オースディの熱量がすごいが、基本はこのままでよさそうだ。
あとは、個人の好みになるのではなかろうか。
速度だの高度だのは、一律にしなくてもいいと思う。
持ち主の趣味、こだわり。
それに任せてもいいのではなかろうか。
クノンがそう伝えると、オースディはますます強く飛行盤を抱き締めた。
「趣味とこだわり……ああっ! いつ製品化されるんだ! 俺はいつ自分の飛行盤を手に入れられるんだ!」
本当に、熱量がすごい。
「わかったから返せ。再調整する」
しかしシロトは怯まないし、私情も挟まない。
「嫌だ! これは俺の板だ! 俺のボードだ!」
「違うだろう。それはただの未完成の試作品だ、返せ」
「嫌だ!! 俺が初めて飛んだ俺のボードだ!! 一目惚れしたんだ! 売ってくれ! それが無理ならタダでくれ!」
――と、ちょっと熱量のあまりごねたが。
シロトはしっかりと、試作品を取り上げた。
まあ、仕方ない。
彼女の言った通り、まだ未完成の試作品なのだから。
「ああああああああっ!」
オースディが泣き崩れた。
この世の終わりか。
それとも財布を落としたのか。
それくらいの見事な泣きっぷりだった。
「では解散しよう。次の機会にまた頼む。
ルル、昼食をおごるぞ」
「ご馳走様です」
「お、いいな。俺も一緒に行っていい?」
「僕らも行こうか、ハンク」
「あ、ああ。邪魔じゃなければ」
だが、誰も気にしなかった。
こうして、熱源式飛行盤の試乗会は終わったのだった。
そして。
「――クノンから?」
試乗会があった日の午後。
セントランスから戻ってきた聖女レイエスが、教室前に設置したポストを確認する。
その中にあった何通かの中に。
同期からの手紙を見つけるのだった。





