393.ルルォメットの夢が今目の前に
時刻は、朝と昼の中間くらいである。
「――あ、代表。ちょうどいいところに」
その日。
「合理」代表ルルォメットは、拠点である地下迷宮の出入り口で捕まった。
「おはようございます、カシス。私に何か?」
少年であり少女でもある同じ派閥のカシスが、遠くから小走りで寄ってきた。
ミニスカートがひらひらしている。
ああいうのを見ると、本当に女性にしか見えないが。
生憎、彼はちゃんと男である。
「今朝クノン君に会って、代表に渡してほしいって手紙を預かったんです」
はい、と。
差し出された簡素な封筒を受け取った。
「クノンから?」
最近会えていない、眼帯の彼だ。
今学校で流行している魔建具の開発者だ、という噂を聞き。
相変わらず活動しているな、と思っていたが。
「確かに渡しましたよ。それじゃ」
「ちょっと待ってください」
ルルォメットは封筒を手に、少し躊躇った。
――これを読んだら、大変なことになる気がする。
何せクノンからの手紙だ。
きっと、いや、絶対に魔術絡みだろう。
むしろそれ以外がないだろう。
もっと言うと。
ルルォメットの好奇心を、大いに刺激する内容である確率が高い。
これを読んだら、今日の予定が変わりそうだ。
今日だけならまだいい。
数日から一週間、まさか十日以上、考えたくもない一ヵ月以上……。
それほどの時間を取るほどの内容、かもしれない。
だから怖い。
開けるのを躊躇ってしまう。
「クノンの様子はどうでした? この手紙を渡す時の態度は?」
「え? 態度?」
呼び止められたカシスは、ルルォメットの質問に考え込み。
「うーん……いつも通り軽薄だった?」
それはいつも通りすぎる。
「でもあいつ、私のことお茶に誘わないんですよね。
暇してる時とか、ちょっとくらい付き合ってあげてもいいのになーってタイミングもあるのに。
そういうところはまだまだ子供なんですよね。
女心がわからないっていうか。
女が暇してる時こそ誘って欲しいっていうか。
どう思います?」
どうも思わないし、それは本当にどうでもいい。
……クノンに嫌われているからでは、と思ったが。
まあ、これは言わない。
高確率で気分を害するだろうから。
「何か気になることでもあるんですか?」
「ええ、まあ……手紙の内容が少々怖くて」
と、ルルォメットは素直に心境を吐露する。
「ああ、ちょっとわかるかも……私も少し前に捕まりましたから」
「捕まった?」
「はい。特許関係の理由でまだ言えないんですけど、開発実験に巻き込まれました」
――孤立型浴場の件である。
「調和」に入った新入生に、本気で頼まれたから。
お願いだから魔建具の契約関係が落ち着くまでは開発しないでくれ、と。
カシス的には女の頼みなんて……とは思うが。
クノンの後輩というのも気に入らないし、頼みを聞き入れる理由はないが。
でも、新入生の頼みとなれば話は別だ。
カシスだって新入生だった頃がある。
先輩方に優しくしてもらった。
やらかした時は、一緒に後始末をしてくれた。
派閥の垣根を越えて、よくしてもらった。
ああいうのを経験している以上。
今度は自分がそうするべきだ、と思った次第だ。
「突発的に予定に割り込んでくる感じでしょう?
まあそれだけ取れば、クノン君だけの話じゃないけど」
確かに、魔術界隈ではよくあることだ。
ちょっとした立ち話から開発実験が始まる、とか。
ルルォメットも何度も経験している。
「でも、読まないって選択はないでしょう?」
「……まあ、そうですね」
読まないで済ませることは、ない。
長々と考えてしまったが、迷ったところで読むのは変わらない。
クノンは同じ派閥の後輩。
手紙の内容は、後輩の協力要請かもしれないのだ。
立場上、できるだけ答えたい。
「ふう……仕方ない。余計なことを考えないで読むことにします」
「そうですよ。……よかったら付き添ってましょうか? 私も内容が気になるし」
付き添い。
果たして手紙を読むのに、付き添いが必要か。
……カシスも内容が気になるらしいので、拒否する理由もないか。
「軽く内容を確かめて、教えられるようなら教えますね」
少々ぐずったものの。
ようやくルルォメットは、手紙の封を開けた。
「…………ああ、そうですか」
一読して、小さく呟く。
終わった。
予想通りだった。
今日の予定はなくなった。
――なぜこんなにも、興味しか抱かないものを作るんだ。
こんなのすぐ行くしかないじゃないか。
「え? 代表? ……え!? 代表!? な、内容は!?」
ルルォメットは走り出した。
カシスを置いて、走り出した。
それはもう、久しぶりの全力疾走だった。
いや、一度振り返った。
「今日の私の予定は全部キャンセルだと伝えておいてください!」
第十二校舎特別野外実験室。
そこには数名の特級生たちの姿があった。
「あ、ルルォメット先輩だ」
もちろん、手紙をよこしたクノンの姿もあった。
「……おお、これは確かに……」
最近の運動不足のせいだろう。
全力疾走でやや息切れしているが。
ルルォメットの目は、その光景に釘付けになっていた。
手紙の真偽など、確かめるまでもない。
広大な草原が広がるそこでは、すでに、飛んでいたから。
そう。
板状の何かに乗り、彼らは飛んでいた。
よく見ると、「実力」代表ベイル・カークントンもいる。
彼も手紙で呼び出されたのだろう。
彼の属性は土だ。
そんな彼が、飛んでいるのだ。
憧れの「飛行」とは少し形態が違うが。
しかし、これはまごうことなき「飛行」である。
「クノン、手紙を読みました」
「はい。まあ書いてある通りなんですけど」
「全面的に受け入れましょう」
少々食い気味に、受け入れる旨を伝える。
「して、私は何をすれば?」
――手紙の内容は、簡単に言えば「飛行の魔道具の試行に付き合ってほしい」だ。
軽く書いてあったが。
火、土で飛べる魔道具を作った。
ついでなので、光や闇でも飛べるよう調整してみた。
時間があれば、ぜひ試してみてほしい、と。
つまりデータ収集である。
完成させるための改善、改良点のあぶり出し、と言ったところだ。
「その前に、ちょっと説明を」
「いえ、まず飛ばせてください。
私はずっと風属性の『飛行』が羨ましかった。あれがあれば、どれだけ移動時間の短縮ができることかと。何度考えたか知れません。
その夢が、今目の前にあります。
まず飛ばせてください。お願いします」
「あ、はい……」
力強い要望に、後輩は頷くばかりだった。
そして、ルルォメットの夢だった「飛行」は、成功した。
成功した、が。
「……最近の運動不足が、ここで祟るとは……」
飛べはしたが、自由自在とはいかず。
ルルォメットは何度か落下し、草原を転げた。
まあ、なんだ。
ちゃんと飛ぶには、少しばかり、練習が必要かもしれない。





