392.凍結だね
「とりあえずこの魔道具は凍結だね!」
「え……えっ!?」
嬉々として、思いつく改良案を書き殴っていたクノンだが。
グレイちゃんは、地面に転がる本体をぺしぺし叩きながら、宣言した。
凍結だね、と。
この発言には、さすがに手が止まった。
「なんで!? これから一緒に頑張りましょうよ! ほら僕こんな感じでやりたいことが思いついてるっていうか!」
びっしりと書いたメモを突きつけるが。
グレイちゃんは顔を背けた。
面倒そうな顔で。
見てやらないとばかりに。
「理由1。
私の見込みでは、これの完成は年単位で掛かる。そんなに長くは付き合えないよ」
年単位。
……大掛かりな魔道具だけに、確かにそれくらい掛かるかもしれない。
「で、でも」
「理由2。
中途半端な完成がないから。
事故を起こしたら乗ってる人が死ぬからね。
『とりあえず完成』とか、『未完成だけど形にはなった』とか、そういう半端な状態は許されないよ。
これを本気で作るなら、しっかり完成まで、休みなくやらないと。
だから、もし作るなら、拘束時間が長いよ。
仮に私が付き合うとしても、開発者たちも長く掛かるよ」
それは、確かにそうかもしれない。
この魔道具、万が一の事故が起こったら、取り返しがつかない。
あくまでもグレイちゃんだから無事なだけだ。
グレイちゃんのための開発ではない。
これに乗るのは、飛べない火、土魔術師なのだ。
「理由3。
これを作る理由と意図。
火と土が飛ぶ方法なら――ほら、もうそこにあるよ」
と、グレイちゃんは熱源式飛行盤を見た。
「それをしっかり完成させた方がいいと思うよ。
まだまだ改良の余地があるんだし。
この落下傘の方は、これアレでしょ?
飛ぶ云々より先に、とにかく爆発させたいって目的のやつでしょ?
作者の意志が前に出すぎだよ」
当てられてしまった。
さすが、世界中の魔術師の誰よりも先を行くグレイちゃんだ。
クノンの気持ちまで見透かしている。
「そ、そうですか……」
グレイちゃんがいたからこそ形になった、打ち上げ式飛行落下傘。
彼女がいなければ。
試作品だって、作らなかっただろう。
つまり、それだけ問題点が多かったということだ。
特に、やはり事故が怖い。
案の上、事故は起こったのだから。
「――まあ、個人的には好きだけどね。
いいよね、こういう荒削りの可能性って」
「グレイちゃん……!」
クノンは感動した。
彼女にとっては、何気ない言葉なのだろう。
しかし、可能性を褒められた。
世界一の魔女に。
クノンにとっては、それが何よりも嬉しかった。
とりあえず、話はまとまった。
これからは熱源式飛行盤の完成を目指す。
試作品で充分飛べた。
だから、大きく変更する点はなさそうだ。
細かな調整や飛行盤の形などに、手を入れていくことになる。
打ち上げ式飛行落下傘は、凍結だ。
残念だが仕方ない。
いずれ完成させたいとは思うが、今じゃなさそうだ。
年単位の開発期間を想定するなら。
今取り掛かるには、時間が勿体ない。
それこそ学校を卒業してからでも、いいかもしれない。
とにかく、事故の問題さえどうにかなれば。
なんとかなるかもしれないが……。
――しかし、この危険な魔道具。
近い未来、意外な活躍をすることになる。
そして、意外な需要も発生することになる。
グレイちゃんも想定していない。
まさに可能性の産物なのだが。
今は誰も知らないことである。
「うーん……見事に曲がってるなぁ」
打ち上げ式飛行落下傘の開発は、一時終了。
しかし、この実験データを残さない理由もない。
クノンは、落下傘本体を観察する。
上部のヘラが無残に曲がっている。
でも、本体にダメージはなさそうだ。
金属製のヘラでよかった。
折れた部品が街に落ちていたら、誰かが怪我していたかもしれない。
乗る部分や、構造的な欠陥は、あまりないのかもしれない。
ヘラの回転と、接地面。
最大の問題はそこか。
本体が回らないようにする仕掛けは――クノンは首を振る。
ああ、ダメだ。
考えてしまう。
どうしたらいいか、こんなのはどうか、と改良点を考えてしまう。
「なあグレイ、さっきの瞬間移動だが」
「火属性ってすごいよね! この世界はいつだってやり直せる! 善も悪も、罪も罰も、浄化の炎で燃やし尽くせばやり直せるんだよ!」
「……宗教の話か?」
シロトとグレイちゃんが、また不毛な会話をしている。
……本当に世界を燃やし尽くせるんだろうな、などと考えつつ。
クノンは事務的に観察記録を残す。
できるだけ考えないように。
いつか役に立つことを願って、残しておく。
きっと、長い間眠らせておくことになるだろう。
きっと、クノンが忘れてしまうほど、長く。
いつか師ゼオンリーと会って、話をしている時に。
ふと思い出すのかもしれない。
そういえば昔、こんな魔道具を作ろうとして……なんて。
「よし」
見るべきところは見た。
解体して内部構造も調べた。
これでこの魔道具の出番は、しばらくお休みだ。
そう決めて、クノンはメモをしまった。
いずれまた、目覚める時が来るまで。
これは寝かしておこう。
――この時はそう思ったが。
割とすぐ起床することになる。
「面白いね、これ。
見た目に反して飛ぶのは簡単だ。操作もわかりやすい」
ふと振り返ると、ロジーが熱源式飛行盤に乗って浮いていた。
恐らく、今し方少し乗り回したのだろう。
ロジーは足が動かない。
でも、乗れるのか。
彼もまた、運動神経はいいのかもしれない。
クノンには羨ましい限りだ。
「面白いですよね。……私は思いつきませんでしたけど……」
アイオンが若干沈んでいる。
「アイオン、これを作れるかね?」
「はい。私は自分の分を作るつもりです」
「ついでに私の分も作ってくれないか? お金は払う」
「もちろんです。
……と言いたいところですけど、少し時間が掛かるかも。
生徒の発明品を勝手に模造するわけにもいかないので……」
「ああ、そうか。特許の問題もあるか」
特許。
それもあるよな、とクノンは思った。
正直その辺は考えていなかったが。
しかし、なければないで、それは問題なのだ。
この辺も、シロトと相談して決めていかねば。
それとアイオンもか。
彼女も間違いなく、共同開発者だから。
まあ、とにかく。
熱源式飛行盤は評判がいいので、ぜひ完成させたいところだ。
「なあクノン」
と、シロトが声を掛けてきた。
グレイちゃんとの会話は諦めたようだ。
「あの飛行盤、私も飛べるようにならないか?」
「え? でもシロト嬢には必要ないでしょう? 風属性だし」
「私もあれで飛びたいんだ」
「……そ、そうですか」
本当に、評判がいい。
地面に転がる、打ち上げ式飛行落下傘が可哀想になるくらいに。
二つとも、同時に試作品ができたのに。
落下傘はまだ、生まれるのが早かったのだ。
そう割り切ることにした。
――まあ、すぐに出番があるのだが。





