391.ちょっと怖かったらしい
2024/08/18 修正しました。
「――すごい! 熱いしすごい!!」
クノンは興奮していた。
音。
吹き抜けた爆風の熱さ。
衝撃に、地面が揺れた。
かなり離れていた。
にも拘らず、打ち上げ式飛行落下傘発射の余波は広がり。
クノンの全身を殴るようにして、通り過ぎていった。
爆発、すごい。
想像していた以上にすごい。
そして、飛んでいった。
大きな魔道具が。
ものすごい速度で、空高く。
グレイちゃんを乗せて。
「……確かにすごいな」
シロトも唖然と見上げていた。
「……」
アイオンに関しては、言葉もなかった。
音に怯えた造魔犬グルミが、アイオンの足元に寄り添っていた。
造魔猫ウルタも気になったらしく、木蔭に隠れて遠くから見ていた。
三人と犬と猫は、ただただ、遠い空を見上げるだけだった。
まあ、クノンは見えないが。
「あっ」
「開いたな」
上昇が止まったようだ。
仕掛けが発動し、上部の傘が開き。
……開いたまでは、わかるが。
「アイオンさん、どんな感じですか?」
遠すぎてクノンには見えなかった。
形状が変わったのはわかった。
だが、おぼろげに形が変わったことがわかっただけ。
こんなに距離が空くと、「鏡眼」でも追えない。
「回ってるよ。すごく回ってる」
「やった! 竹とんぼみたいな感じになってるんですね!」
「いや……うん、まあ、全部回ってるね……」
「全部?」
全部?
全部とは、なんだ?
どこのことだ?
横回転か? 縦回転か? 何回転だ?
「――何の騒ぎだ?」
見上げるばかりの三人と一匹の元に、屋敷の主であるロジーが近づく。
どうやら気になってしまったようだ。
あの打ち上げ式飛行落下傘が。
無理もない。
あんなの気にせずにはいられないだろう。
紳士としても、魔術師としても。
「飛行する魔道具の実験です。
今、爆発で飛ばす魔道具の試作品を試しています」
シロトが整然と説明すると、ロジーは難しい顔で空を見上げる。
「……随分激しく回転しているが、大丈夫かね?」
「竹とんぼの原理です」
「ふむ――」
ロジーは腕を組んだ。
「……なんか翼が一枚折れてないか?」
「え?」
翼?
上部のヘラのことか?
折れる?
どのように?
いや。
段々落下してきているのだろう。
ようやく「鏡眼」で捉えられるところまで、来ていた。
クノンにも理解できた。
本体がきりもみ回転状態で落下していることに。
明らかに事故が起こっている。
しかも、危惧していた落下事故である。
「まずいな、行ってくる」
「待ちたまえ」
グレイちゃん救出のため、シロトが飛ぼうとしたが。
それをロジーが止めた。
「グレイちゃんなら大丈夫だ。むしろ巻き込まれると危ないから、近づいてはいけない」
「いえ、しかしこのままでは――」
あれにはグレイちゃんが乗っている。
行かないと。
そう言おうとするが、ロジーは首を振る。
「もう戻っているから、大丈夫だ」
「……え?」
ロジーの謎の言葉と、ほぼ同時だった。
落下してくる本体が、黒一色に染まって。
忽然と消えて。
「――ただいま」
クノンらが声に振り返れば、グレイちゃんと落下傘本体があった。
やはりグレイちゃん。
何があろうと大丈夫だ、と証明してくれた。
「な、何をしたんだ? 何があった?」
唯一グレイちゃんの正体を知らないシロトが、かなり驚いているが。
「火魔術だよ」
グレイちゃんはこともなげに言った。
「火? 今の現象は、火魔術か? 火の要素がどこかにあったか? ……瞬間移動だよな?」
「まさしく火魔術だからこその現象って感じだよね!」
「いや違うだろう。絶対に違うだろう」
そうだ。
絶対に違う。
火魔術でそんなことはできない。
シロトは正しい。
何も間違っていない。
ただ、そう。
グレイちゃんの正体を、知らないだけだ。
彼女だけが。
「それより落下傘の感想を述べるよ。まずね――」
「いや、その前に今の現象の説明を」
「火魔術ってすごいよね! この世の全てを燃やし尽くせるしね! それでね、落下傘だけどね――」
なんだかややこしいことになってきた気がするが。
まあ、とにかく。
グレイちゃんは魔術については話す気はないようだ。
一旦シロトを落ち着かせて。
「……地面が焦げてる……」
改めて、話を聞くことにした。
「……なぜ街の外でやらないんだ……」
ちょっとロジーの声が気になるが。
ここは一つ、あえて気にしないで続けよう。
「傘の回転に引っ張られるから、傘と一緒に本体も横回転したね」
なるほど、とクノンは頷きメモを取る。
傘の回転に引っ張られる。
さっきアイオンが言っていた「回っている」とは、このことだろう。
「上部と本体では分かれている。一緒に回るなど……」
制作に携わったシロトは、やや納得いかないようだが。
「分かれていても、接触していれば引っ張られるんだよ。
どんなに接地面が少なくても、触れれば摩擦が生じる。
摩擦が加われば力が伝わる。
力が伝われば状態への変化を促す。
傘の回転に引っ張られないようにするには、接地面があったらダメだよ。
きっと想像では、傘の回転で飛んで本体はそのまままっすぐ、なんて思ってたんだろうけどね。
でも、実際は傘と一緒に本体も回った。
この魔道具で飛ぶなら、傘と本体を完全に分離するか、本体が回転しないようにする仕掛けが必要だと思うよ。
でも、完全分離は難しいんじゃないかな。
だって傘の回転の力で飛ぶなら、何らかの方法で接続して、本体に飛ぶ力を伝えないといけないからね」
なるほど、とクノンはメモを取りながら頷く。
さすがグレイちゃん、貴重な感想と情報である。
一言一句余さずメモしておきたい。
「あと、強度不足だね。
回転と風圧と重量に、傘の部分が耐えられずに折れたよね」
そういう事故があったのか、とクノンは頷きメモを取る。
「……正直目が回ったよね。
横回転で目が回っているところに、傘の骨が折れた。
傘の骨が一本折れて、二本折れた辺りから、本体がきりもみ状態になって落ち始めたんだ。
もう上下も左右もわからなくなったよ。
おまけに目も回っていたよ。
さすがに、ほんの一瞬、恐怖したよ。
上下左右もわからない上に、目が回って、しかも落下してる。
これだけ状況確認ができない状態って、そうそうないからね。
この私にほんのわずかでも恐怖を感じさせるなんて、大したものだと思うよ」
まあその辺はさておきだ。
「改良を加えてまた挑戦しましょう! グレイちゃん、次もお願いしますね!」
「……おまえ今私の話聞いてた? ちょっとだけ怖かったんだけど」
「大丈夫ですよ! グレイちゃんだし!」
問題などないだろう。
だってグレイちゃんだから。
世界一の魔女だから!
「――な? だからできるだけ秘密にしたいんだ」
「――参考になります」
グレイちゃんとアイオンがそんな言葉を交わすが、クノンの耳には入らない。
打ち上げ式飛行落下傘の改良のことで、頭がいっぱいだった。





