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392/494

391.ちょっと怖かったらしい

2024/08/18 修正しました。





「――すごい! 熱いしすごい!!」


 クノンは興奮していた。


 音。

 吹き抜けた爆風の熱さ。

 衝撃に、地面が揺れた。


 かなり離れていた。

 にも拘らず、打ち上げ式飛行落下傘発射の余波は広がり。


 クノンの全身を殴るようにして、通り過ぎていった。


 爆発、すごい。

 想像していた以上にすごい。


 そして、飛んでいった。

 大きな魔道具が。


 ものすごい速度で、空高く。

 グレイちゃんを乗せて。


「……確かにすごいな」


 シロトも唖然と見上げていた。


「……」


 アイオンに関しては、言葉もなかった。


 音に怯えた造魔犬グルミが、アイオンの足元に寄り添っていた。

 造魔猫ウルタも気になったらしく、木蔭に隠れて遠くから見ていた。


 三人と犬と猫は、ただただ、遠い空を見上げるだけだった。


 まあ、クノンは見えないが。


「あっ」


「開いたな」


 上昇が止まったようだ。


 仕掛けが発動し、上部の傘が開き。


 ……開いたまでは、わかるが。


「アイオンさん、どんな感じですか?」


 遠すぎてクノンには見えなかった。


 形状が変わったのはわかった。

 だが、おぼろげに形が変わったことがわかっただけ。


 こんなに距離が空くと、「鏡眼」でも追えない。


「回ってるよ。すごく回ってる」


「やった! 竹とんぼみたいな感じになってるんですね!」


「いや……うん、まあ、全部回ってるね……」


「全部?」


 全部?

 全部とは、なんだ?

 どこのことだ?

 横回転か? 縦回転か? 何回転だ?


「――何の騒ぎだ?」


 見上げるばかりの三人と一匹の元に、屋敷の主であるロジーが近づく。


 どうやら気になってしまったようだ。

 あの打ち上げ式飛行落下傘が。


 無理もない。

 あんなの気にせずにはいられないだろう。


 紳士としても、魔術師としても。


「飛行する魔道具の実験です。

 今、爆発で飛ばす魔道具の試作品を試しています」


 シロトが整然と説明すると、ロジーは難しい顔で空を見上げる。


「……随分激しく回転しているが、大丈夫かね?」


「竹とんぼの原理です」


「ふむ――」


 ロジーは腕を組んだ。


「……なんか翼が一枚折れてないか?」


「え?」


 翼?

 上部のヘラのことか?

 折れる?

 どのように?


 いや。


 段々落下してきているのだろう。

 ようやく「鏡眼」で捉えられるところまで、来ていた。


 クノンにも理解できた。


 本体がきりもみ回転状態で落下していることに。


 明らかに事故が起こっている。

 しかも、危惧していた落下事故である。


「まずいな、行ってくる」


「待ちたまえ」


 グレイちゃん救出のため、シロトが飛ぼうとしたが。


 それをロジーが止めた。


「グレイちゃんなら大丈夫だ。むしろ巻き込まれると危ないから、近づいてはいけない」


「いえ、しかしこのままでは――」


 あれにはグレイちゃんが乗っている。

 行かないと。


 そう言おうとするが、ロジーは首を振る。


「もう戻っているから、大丈夫だ」


「……え?」


 ロジーの謎の言葉と、ほぼ同時だった。


 落下してくる本体が、黒一色に染まって。

 忽然と消えて。


「――ただいま」


 クノンらが声に振り返れば、グレイちゃんと落下傘本体があった。


 やはりグレイちゃん。

 何があろうと大丈夫だ、と証明してくれた。





「な、何をしたんだ? 何があった?」


 唯一グレイちゃんの正体を知らないシロトが、かなり驚いているが。


「火魔術だよ」


 グレイちゃんはこともなげに言った。


「火? 今の現象は、火魔術か? 火の要素がどこかにあったか? ……瞬間移動だよな?」


「まさしく火魔術だからこその現象って感じだよね!」


「いや違うだろう。絶対に違うだろう」


 そうだ。

 絶対に違う。

 火魔術でそんなことはできない。


 シロトは正しい。

 何も間違っていない。


 ただ、そう。


 グレイちゃんの正体を、知らないだけだ。

 彼女だけが。


「それより落下傘の感想を述べるよ。まずね――」


「いや、その前に今の現象の説明を」


「火魔術ってすごいよね! この世の全てを燃やし尽くせるしね! それでね、落下傘だけどね――」


 なんだかややこしいことになってきた気がするが。


 まあ、とにかく。

 グレイちゃんは魔術については話す気はないようだ。





 一旦シロトを落ち着かせて。


「……地面が焦げてる……」


 改めて、話を聞くことにした。


「……なぜ街の外でやらないんだ……」


 ちょっとロジーの声が気になるが。


 ここは一つ、あえて気にしないで続けよう。


「傘の回転に引っ張られるから、傘と一緒に本体も横回転したね」


 なるほど、とクノンは頷きメモを取る。


 傘の回転に引っ張られる。

 さっきアイオンが言っていた「回っている」とは、このことだろう。


「上部と本体では分かれている。一緒に回るなど……」


 制作に携わったシロトは、やや納得いかないようだが。


「分かれていても、接触していれば引っ張られるんだよ。


 どんなに接地面が少なくても、触れれば摩擦が生じる。

 摩擦が加われば力が伝わる。

 力が伝われば状態への変化を促す。


 傘の回転に引っ張られないようにするには、接地面があったらダメだよ。


 きっと想像では、傘の回転で飛んで本体はそのまままっすぐ、なんて思ってたんだろうけどね。

 でも、実際は傘と一緒に本体も回った。


 この魔道具で飛ぶなら、傘と本体を完全に分離するか、本体が回転しないようにする仕掛けが必要だと思うよ。


 でも、完全分離は難しいんじゃないかな。


 だって傘の回転の力で飛ぶなら、何らかの方法で接続して、本体に飛ぶ力を伝えないといけないからね」


 なるほど、とクノンはメモを取りながら頷く。


 さすがグレイちゃん、貴重な感想と情報である。

 一言一句余さずメモしておきたい。


「あと、強度不足だね。

 回転と風圧と重量に、傘の部分が耐えられずに折れたよね」


 そういう事故があったのか、とクノンは頷きメモを取る。


「……正直目が回ったよね。


 横回転で目が回っているところに、傘の骨が折れた。

 傘の骨が一本折れて、二本折れた辺りから、本体がきりもみ状態になって落ち始めたんだ。


 もう上下も左右もわからなくなったよ。

 おまけに目も回っていたよ。


 さすがに、ほんの一瞬、恐怖したよ。

 上下左右もわからない上に、目が回って、しかも落下してる。


 これだけ状況確認ができない状態って、そうそうないからね。


 この私にほんのわずかでも恐怖を感じさせるなんて、大したものだと思うよ」


 まあその辺はさておきだ。


「改良を加えてまた挑戦しましょう! グレイちゃん、次もお願いしますね!」


「……おまえ今私の話聞いてた? ちょっとだけ怖かったんだけど」


「大丈夫ですよ! グレイちゃんだし!」


 問題などないだろう。

 だってグレイちゃんだから。


 世界一の魔女だから!


「――な? だからできるだけ秘密にしたいんだ」


「――参考になります」


 グレイちゃんとアイオンがそんな言葉を交わすが、クノンの耳には入らない。


 打ち上げ式飛行落下傘の改良のことで、頭がいっぱいだった。

 




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― 新着の感想 ―
摩擦じゃなくて反作用な気がします…物語の本質じゃないのでどっちでもいいですけど…
ロジーを恐れさせ、グレイをちょい怖がれせるw これがクノンクオリティ!
腹抱えて笑った
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