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389.感覚で乗るやつ





「――なんで火属性なんて嘘を?」


 魔道具の準備をしている最中、クノンはこそっとグレイちゃんに聞いてみた。


 一応、シロトにだけは秘密なので。

 その辺は守りたい。


 ただ、教えないことに若干の罪悪感が芽生えてきているが。


 意外と絡んでいるから。

 思いのほか関わることが多いから。


 こんなに話す機会があるなら。

 やはり、話した方がいいんじゃないかと、思うのだが。


「――火属性は使い道が少ない。造魔学には特に使い道がないんだよ。


 つまり、手伝いを要求されないんだ」


 なるほど、とクノンは納得した。


 ちなみにグレイちゃんも少し声を抑えた。

 彼女も、シロトには秘密を守るつもりはある、らしい。


 シロトに火属性だと嘘を吐いた理由。

 それは、手伝いを要求されたくないから、か。


 まあ、わからなくもない。


 グレイちゃんほどの人なら、物足りないだろう。

 学生レベルの実験なんて。


 たとえ特級生でも、だ。


「――では普段は何を?」


「――夜はちゃんとロジーの手伝いをしておるぞ。あいつもなかなか遠慮がなくてな、少し忙しい」


 それもわかる。


 教師ロジーは優秀である。


 彼が求めることだ。

 きっと、ものすごく高度なものに違いない。


 グレイちゃんでさえも、つまらないとは思わないくらいに。


「――昼はのんびり、特級生や教師たちの気になったレポートを読んでおるぞ。


 年に十本くらいかな。

 儂でも気になる題材を選んで深堀りしていてな。興味深いのだ。


 些細なミスや見逃しのせいで、大きな成果を逃しているパターンも多い。


 そういう、もどかしいものも含めて、楽しいぞ」


 さすがグレイちゃんだ。

 老いてなお、好奇心は止まらないらしい。


 実に、魔術師である。


「――ちなみに、本当に火属性の魔術は使えますよね?」


 グレイちゃんの持ち属性が何かは、聞かないが。

 火属性じゃないことを認めているのも、あえて追及はしないが。


 しかし、今、火魔術が使えないとまずい。

 実験にならない。


「――問題ない。この身体でも中級くらいは連発できるぞ」


 連発。

 中級魔術を連発できるのか。

 本体じゃない身体で、自分の属性じゃなくても。


 やはりグレイちゃんは規格外である。

 彼女の謎は深まるばかりだ。


 気にならないわけがない。

 が。


 謎の正体や実像さえはっきりしない今。


 それを考えることさえ、許されていない気がする。





「始めようか」


 シロトの声にハッとした。


 少し話し込んでしまったクノンは、我に返った。


 まあ、とにかく。


 グレイちゃんは火魔術が使えるそうなので。

 今日の実験は、問題なさそうだ。


「グレイちゃん、必要ないと思いますけど、一応……危険もあるかもしれませんけど、大丈夫ですか?」


 本当に必要ないとは思うが。

 クノンは一応、礼儀として、断りを入れてみた。


「全然いいよ! 楽しみだよ!」


 グレイちゃんは笑顔で、すごくいい返事をする。

 これなら問題ないだろう。


「危ないと思ったらすぐに離脱しろ。

 いざとなったら飛び降りろ、私が受け止める」


 シロトの心配にも「大丈夫だよ! 楽しみだね!」といい返事。


 もはや「怪我させてみろ、未熟者どもめ」くらい言いそうな勢いである。


 頼もしい子供である。

 中身は老女だが。


「じゃあ乗ってもらいましょう。


 まず、僕が持ってきたこれ――熱源式飛行盤です」


 昨日クノンが作って持ってきた、木の板。


 細長く、表面に術式と靴跡が二つある。

 足を開いて、立って乗る形だ。


「この靴跡に合わせて、足を乗せてください。で、魔力を込めると――」


 と、クノンが言っている間に。


 グレイちゃんは熱源式飛行盤に乗り、魔力を込める。


 と――術式が発光し、飛行盤が浮き上がった。


「ああ、なるほどな。これは面白い」


 若干素が窺える低い声で、グレイちゃんは呟く。


 構造も使用方法も、もう理解したらしい。

 まあ、狙い通りでもあるが。


「感覚でわかるように、すごく単純にしてあります。

 

 進行方向側の前足が速度。

 後ろ足が、高度の調整になります。


 足の下、板の中に空洞があるのはわかりますよね?

 そこに火魔術を入れて、両足で温度調整をして操作を――」


 ゴウッ。


 小さく火を吹いて、飛行盤が発進した。


「おおーーーーーーーぉぉぉ!!」


 歓声を上げるグレイちゃんが、どんどん遠くへ行き――急旋回して戻ってきた。


 高度は、あまり高くない。

 アイオンが手を伸ばせば届くくらいだ。


「面白い!」


 戻ってきたグレイちゃんが、板から飛び降りて小脇に抱える。


 そして、クノンらの前で断言した。


 というか、だ。


「そんなに簡単に乗れるものじゃないと思うんですが……」


 なんて見事な飛びっぷりだ。


 最初はバランスを崩したり、もしかたら落ちるかも……と。

 そんな心配していたのだが。


 グレイちゃんは見事に飛んで見せた。


 それこそ、運動神経よさげなアイオンを見て思いついた、感覚で動かす単純構造なのに。


 高度は出ない。

 速度も、初速はあまり出ない。


 高度の出し方は、飛行盤の後ろを下げて、速度を上げる。


 板を上に向けるだけで、進路を上方へ取ることができるのだ。

 そして、この理屈で左右にも曲がる。


 速度は、摩擦抵抗がないので、すぐに加速する。

 最大速度もそれなりになる。


 ただし、あくまでも飛行盤が動くだけ。

 それに乗るのは、術者のバランス感覚や魔術操作だ。


 魔術を操作しながら。

 身体のバランスを取る。


 この両方をするのだ。

 魔術だけ、身体だけ、ではなく。


 目が見えないクノンには、視覚による平衡感覚が怪しい。

 それだけに、魔術と身体の両方が必要な魔道具など、論外である。


 しかし、その辺を差し引いても。


 いきなりこうも自在に飛べるものなのか。


「わかりやすいね。

 板の間に、重りと浮力になる『水球』と、『水球』を動かす『風』が入っている。


 熱で風を動かして、『水球』を移動させることで、高度をほんの少しだけ操作できるんだね。

 うん、操作の範囲なんて少しでいいんだよね。


 速度は、単純に火と風を混ぜることで推進力にしている。

 これもほんの少しの力でいい。


 火の魔術師にとっては、火力を操作するなんて簡単だからね。

 息を吸うように高度を上げ下げして、速度を上げたり下げたりできるわけだね」


 ――確かに単純構造だ。


 感覚で乗れるくらいに。

 そういう風に作ったから。


 しかし、ひとっ飛びしただけで、全ての構造がわかるものなのか。

 しかも完璧に乗りこなしているし。


 グレイ・ルーヴァだ。

 この子は間違いなく、あの世界一の魔女だ。





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― 新着の感想 ―
[一言] まーた軍事利用できそうなもん作ってるよ〜。 火力を出せる(と思われる)火属性持ちを戦場に高速展開できて、馬よりランニングコストが安い(餌と手入れが要らない、場所も取らない)移動手段は普通にや…
[気になる点] 「面白い!」 世界一の魔女にそう言わせる魔道具を作る。間違いなく偉業。単位どころか御褒美あるよ。
[一言] 死すらも無かったことにできるような相手に怪我させれたらそれはそれで大勝利すぎる。
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