385.ローズピンクボード
2024/8/02 修正しました。
クノン、シロト、アイオンは表に出てきた。
少し離れたところで、グレイちゃんがくつろいでいる。
今日は湖に風呂桶を浮かべて、漂っている。
なんだか優雅である
こちらに興味があるのか、ないのか。
反応がないので、気付いていないようにも見えるが……何せ世界一の魔女だ、何を考えているかはわからない。
――で、だ。
「クノン君は、すでに同じ発想があるんじゃないかな」
そんな前置きをして、アイオンは板状の魔道具を広げた。
それは、折りたたんだ円盤だった。
蝶番で繋がれた半円の金属板で、広げると円形になる。
そして、表面に描いてある魔法陣が発光する。
広げた状態になると、一つの魔法陣として起動する仕掛けだ。
そこまで大きくはない。
大人が二、三人座れる程度だ。
「これに乗って飛ぶんですか?」
「そうだよ」
シロトも何も聞いていないようで、興味津々だ。
「名前は? なんて言うんですか?」
「名前? いや、ないかな……魔属性しか使えないけど、魔属性自体が少ないから、量産しても売れないと思うし……」
あくまでも個人で使うものでしかない、というわけだ。
「せっかくだし付けたらどうですか?」
クノンが言うが、アイオンはあまり興味はなさそうだ。
「じゃあ、クノン君がつけて。名前」
「え? 僕が? この僕がレディの個人的な魔道具の名付け親になってもいいと?」
「うん」
なんてことだ。
大役を任されてしまった。
クノンは少し考え、言った。
「魅力的なアイオンさんが作った魔道具か……。
そうだな、髪の色にちなんで『桃色の浮遊板』でどうでしょう?」
「じゃあそれで」
決まった。
こんなにも簡単に。
「なあクノン、もう少し短くてもいいんじゃないか?
アイオンさんも、もう少し考えてはどうですか?」
――一応、シロトは異を唱えておいた。
少々名前を呼ぶのが恥ずかしい。
ローズピンクって。
制作者の自己主張が強すぎるだろう。
ボード自体はピンクじゃないし。
しかも命名の場にいた感じ、制作者は名前なんて本当にどうでもよさそうだし。
「シロト嬢は嫌いですか? ローズピンク」
そのローズピンクの髪を持つアイオンの前で聞くな、とシロトは思った。
返答次第で角が立つだろう、と。
「昔はよく、性根は暗いくせに髪の色だけは明るいね、って言われたけど……」
それを聞いて何て言えばいいんだ、とシロトは思った。
――名前については、あとでゆっくり説得することにした。
少し脱線したが、話を戻して。
「この板、中が空洞になっているの」
アイオンが説明を再開した。
確かに、あまり厚みのない板の横には、いくつかの穴が空いている。
「まず、空洞内に『第六蒸流風』で満たして――」
アイオンは周囲の水分を集め、空洞内に満たし、それから第六蒸流風に変化させた。
円盤が浮かび上がる。
「蒸流風って言うと、薬剤で作る気体のことですよね?
空気よりすごく軽くて、何かに入れると浮かぶっていう」
クノンは質問しつつ、驚いていた。
薄い板ではあるが、金属製だ。
それなりに重量はあるはず。
なのに、気体を入れただけで浮かび上がるなんて。
見るからに、あまり量は入らないと思うのだが。
「作ったことない?」
「はい。縁がなかったですね」
知識としてはあるが、作る理由も必要もなかったから。
「第一から第五までは薬品でできるんだけど。
第六以降の蒸流風は、魔法薬から作る気体なの。
魔的素材を使う分だけ、魔力を帯びた強い浮力が発生する。
これくらいの板なら浮かべられるくらいにね」
そういうものらしい。
「第六蒸流風はすごいぞ。私も作ったことがある」
と、シロトが言う。
「作った瞬間、飛んで行ったからな」
「そんなに強力なんですか? ……いや、強力ですね」
目の前に浮いているではないか。
重そうな金属板が。
「容器の中で作らなかったの?」
「その容器ごと行きました。
調合するなら屋外推奨、という参考文献の注釈の意味がよくわかりました。
部屋でやっていたら、容器が部屋中を飛び回ってめちゃくちゃになっていたと思います」
「ああ、それはなってたかもね」
それはそれで気になるな、とクノンは思った。
強力な気体か。
知識にはあるが、水属性とはあまり関係ないと思い、実験はほぼ手付かずだ。
風も面白そうだ。
じっくり勉強してみたい……が、魔的素材は高いし扱いも難しい。
あえて触れる必要があるか?
悩ましいところだ。
「で、だいたい想像はついたでしょう?
穴から抜ける気体を推進力にして進みますよ、って原理だよ。
私は飛びながら抜けた気体を補充できるから、長距離も飛べるんだけど」
――面白い、とクノンは思った。
これは確かに、魔属性しか使えない魔道具だ。
そしてクノンの中にある発想と似ているものもある。
開拓地で作った、通信水魚だ。
あれは、水を推進力にして飛ぶものだから。
……あれも更なる実験と改良をせねばならない。
やることは多い。
「それじゃ飛んでみようか。……どっちか乗ってみる?」
「はい! 乗りたい!」
「私も乗りたいです」
「じゃあ二人同時に――あ」
三人の隙を突いて、鋭く走ってきた造魔犬グルミが板に飛び乗った。
まるで、これが何かを知っているかのようだ。
まあ、クノンとしては助かった。
女性と二人きりで飛ぶのは、ちょっと抵抗があるから。
こうして、二人と一匹で飛ぶのだった。
「――ふうん……」
この辺を一回りして、元の場所に戻って。
風とも水球とも違う飛び心地に、クノンは考え込んでいた。
これが気体の飛び方か、と。
なんというか。
ふわふわというか。
ぐらぐらというか。
飛び始めれば安定するが、その前は不安定だ。
傾くと、気体の浮力が均一に掛からなくなるからだろう。
それを周囲にある穴からの推力で、安定を保つようにする。
速度。
浮力。
穴から出る推力。
浮かせるのは「水球」でできる。
推力は、気体?
いや、調整が難しい。
それに、抜けた気体を補給するのは、魔属性以外では難しい気がする。
では――爆発、爆風でどうだ?
魔人の腕開発実験で、クノンの水を液体火薬に変えたロジーの、あれだ。
液体火薬の爆発で、推力になるのでは?
「……」
まとまりそうで、まとまらない。
だが、まとまりそうだ。
「シロト嬢、こういうのはどうでしょう?」
とりあえず、頼れる先輩方に話してみることにした。
火属性で飛ぶ方法。
見つかりそうな気がする。





