381.セクシーじゃない話
2024/7/24 修正しました。
「面白いですね」
クノンはそう言うと、椅子の背もたれに身体を預ける。
なんだかぼーっとする。
ちょっと頭を使いすぎた。
ロジーが席を立ったのは、いつだっか。
まだ空は明るい。
だが、結構な時間が経っている気がする。
「そうだな。普段考えない題材は新鮮で面白い」
シロトが淹れてくれた紅茶を飲みつつ、少し休憩だ。
題材は「他属性が飛ぶ方法」。
使えるのは水・風属性の魔術。
それだけ聞くと、まず「不可能」という結論が出てしまうが。
それでもあれこれ方法を考えてみると。
意外にも、可能性が見えてくる。
わずかだが、確かに。
何か方法がありそうな気がしてくる。
不可能から、可能へ近づく。
この感覚は面白い。
かつてクノンは、師ゼオンリーとこうして話し合って、新しい何かを作ってきた。
まあ、あの頃は師の助手くらいしかできなかったが。
今は違う。
実力、知識ともに対等……とは言えないが。
それでも、なんとかついて行ける相手と、話している。
今現在もそうだし、薬箱や魔帯箱を開発した時もそうだ。
不可能が可能になっていく行程。
これは、とても楽しい。
……まあ、まだ具体案はまるで出ていないが。
「――あ、まだやってるの?」
互いに言葉少なに頭を休めていると、ひょっこりとアイオンが顔を見せた。
ロジーが去り。
残るは、若い男と女が二人きり。
何かあったら大変なので、ドアは開けてあるのだ。
外の風呂へ行ったアイオンが、戻ってきた時に一度顔を出して。
これが二度目である。
彼女からすれば。
水着から着替えて、ちょっとのんびりして。
何かの用事で通りかかったらまだクノンとシロトがいた、という感じだろうか。
「休憩中です」
シロトが答えると、アイオンは「そうなんだ。頑張ってね」と行ってしまう――
「アイオンさん!」
いや、クノンが止めた。
大急ぎで部屋を出て、アイオンを捕まえる。
「え、何? どうしたの?」
珍しく素早く動くクノンに、彼女は少し戸惑う。
「魅力的なあなたのセクシーすぎる知恵を拝借させていただけませんか!」
「セクシーすぎる……え? 元々なんの話をしてたの? セクシー方面の話?」
いつも通り、深く考えずすらっと出てしまった言葉なのだが。
若干誤解を招いてしまったかもしれない。
「あの、そういうのは若い子たちで一歩ずつ進んでいくのがいいんじゃないかな? 二人の障害は二人で乗り越えるものだし……」
若干どころか、しっかり招いているかもしれない。
だが、問題ない。
説明すればわかることだ。
――二人で難しいなら、三人で。
知恵や発想が足りない時は。
更に、知恵と発想を出す人を集めるのみ。
ここに頼れる魔術師がいるのだ。
頼らないでどうする。
グレイちゃんはやり過ぎそうだから怖いが。
その点、アイオンなら頼みやすい。
「今だけはそのセクシー極まりない手に触れることを許してください。さあレディ、こちらへ」
と、クノンはアイオンの手を取り、部屋へ引き込む。
「あの、私、ちょっと買い物に行きたいなって。それにセクシーな話はやっぱり二人でどうにかした方が……私もあまり経験がないから、力になれそうにないっていうか……」
「――後ほど私がお供します。荷物持ちならお任せを」
クノンの独断だが、シロトに否はない。
アイオンがいるのは今だけだ。
普段は、話す機会がほとんどない人である。
――災約の呪詛師アイオン。
魔人の腕開発でとてもお世話になった。
だがそれだって、彼女の実力のほんの一部。
ただの一面に過ぎない。
彼女の実力は、あれだけで終わりということはないだろう。
滅多にない機会だ。
もっとアイオンの実力も知っておきたい。
「……あー……逃がす気はないってことね」
アイオンは諦めたようだ。
そして、心底しぶい顔で、言った。
「……セクシーな話なんて、できないよ……」
やはり誤解が生じているようだ。
「なるほど。面白い話をしていたんだね」
セクシーな話じゃない、という説明すると。
「……よかった……」
アイオンはほっとしたようだ。
よっぽどセクシーな話には自信がないらしい。
「風と水属性を使って、他の属性で『飛行』を可能にする方法、ね……」
彼女は手を組み、考え込む。
「……私は魔属性なんだけど、私はもうできるよ」
「「えっ」」
それはつまり。
魔属性で飛ぶ、という意味か。
「どうやって!?」
当然のようにクノンは興奮するが。
対するアイオンは、少し困った顔をする。
「ごめん、言い方が悪かった。
私が飛ぶための私専用の魔道具を造ってあるから、それを使って飛ぶんだよ……魔術だけでは無理。少なくとも私は無理だよ」
「専用の魔道具!?」
それもクノンの興奮する言葉である。
そう。
彼女はあのグレイちゃんの直弟子なのだ。
優秀じゃないわけがない。





