380.無責任な昼下がり
「――なあ、クノン。風魔術で何かできないか?」
だらだらした昼下がり。
クノンとロジー、シロトの三人はのんびり話をしていた。
特に主題もなく、思いつくまま。
こういう時間も楽しいのだ。
とある説や、空想や、俗説などを無責任に話せるから。
だから話題も尽きない。
そんな中。
ちょうどロジーが二杯目の紅茶を飲み干した時。
シロトが言った。
風で何かできないか、と。
「私は魔人の腕が馴染むまで、ここを拠点にするつもりだ。
準備の段階で単位も取ったし、無理に学校に行く必要もない。
派閥も問題ないだろう。
『実力』辺りは揉め事や後始末が大変な事故を起こしやすいが、『調和』はそこまで無茶をする生徒はいない。
誰かに代表の代理を頼んで、有事の際は声を掛けてもらう、という形で充分だ」
つまり、だ。
「この屋敷内であれば、シロト嬢も時間が掛かりそうな実験や開発ができる、と?」
「ああ。
さっきも言ったが、私も何かしたい。人前には出づらいが時間はあるからな」
なるほど、とクノンは腕を組む。
一緒に何かしよう。
できれば風属性を主体で、と。
そういう話である。
「シロト嬢と何かできるなんて光栄の極みですよ。これは実質、実験デートってことですよね? それとも開発デート? とにかくデートですよね?」
「いや違う。
実質も何も、実験は実験、開発は開発だろう」
違うそうだ。
まあ、確かに違うな、とクノンも思った。
「風か……」
風魔術と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは「飛行」。
次いで熱風か。
先日カシスに見せてもらった熱風は、非常にいいと思う。
使い勝手が良さそうだ。
ただ風を吹かせる、空気を動かすという、風の基礎魔術。
あれで何かできそうな気はする。
「……あ、そういえば」
もう一つ思い出した。
「昔、風と水を組み合わせて、事故を起こしかけたことがあるんですけど」
いや、起こしかけたというか。
実際起こった、と言った方が正確だろうか。
咄嗟のカバーで怪我だけはしなかった、という話だから。
ちゃんと怒られたし。
思い出したくない思い出だ。
だが、今なら少し違う考え方ができそうだ。
「事故?」
ロジーもちょっと気になったらしい。
「簡単に言うと、『水球』で浮かんで風で飛ぼう、という合わせ技です。
まあ余裕で失敗しましたが」
そして、その後がっつり怒られたが。
ヒューグリア王国に住んでいた頃の話だ。
黒の塔に行って、王宮魔術師レーシャと一緒に、そんなことをした。
「こう、恐ろしい速度で飛びはしましたが、制御を失って墜落を」
懐かしい思い出だ。
怒られたから思い出したくはないが。
でも、今はやはり、考え方が変わった。
やはり失敗はいい。
得るものが多いと思う。
「制御を失った、か。
それは風と水、どっちが原因だったんだ?」
どっちだろう、とクノンは考える。
――恐らくは、
「僕かも。
他所からの力で無理やり『水球』を動かされる、という初めての現象に戸惑い、操作を誤った、かな……?」
一回だけの試行だ。
記憶の限りでは、そうだと思う。
ただ、試行を重ねれば、違う可能性も思いつきそうだ。
あの事故の原因はなんだったのか。
今はちょっと気になる。
「それは魔干抗の法則だね」
「そうですね。干渉圧の問題もあったと思います」
ロジーの言う通りだと思う。
魔術で魔術に干渉する時。
術者の魔術操作や抵抗力によって双方が受ける影響と効果が変わる、というものだ。
一言で言うと、干渉圧。
互いの魔術にどれほどの圧が掛かるか、という理屈だ。
すごく簡単に言うと、とある魔術の魔術に対する抵抗力、である。
この比率によって、水が火に勝ったり、その逆の結果になったりする。
単純に属性だけ、魔術だけで結果が変わるわけではない。
――更に思い出したが、聖女レイエスは体質的に、この魔術抵抗力が非常に高いそうだ。
ちなみに、彼女の得意な「結界」。
これが抵抗力百パーセントという、とんでもない代物だったりする。
だが、今は関係ないので、これは言わない。
「水の抵抗力と風の抵抗力が拮抗しなかった、という感じか」
シロトの問いに、クノンは頷く。
「僕の水より、相手の風魔術の方が強かったんでしょうね」
だから大きく崩された。
冷静に思い出してみると、あの現象もなかなか興味深い。
ただ、問題は、だ。
「風は飛べますよね。僕も今は水で飛べます」
こうなってしまうと、この話を突き詰める必要があるのか。
そんな話になってくる。
だって突き詰めた結果が「飛行」になるのだ。
まあ、合わせ技なら従来より速く飛べる、みたいな付加価値はあるかも……いや。
純粋な風魔術だけの方が、速いのではなかろうか。
水魔術が混じるだけ、むしろ邪魔になるのでは?
無駄ではないか。
だから誰も試さないのではないか。
そんな気がする。
「ああ、まあ、そうか……そうかもな」
――なんとなく面白そうだと思って、シロトも話を続けたが。
確かにこの話、突き詰める理由がない。
だって合わせなくても飛べるから。
個別で。
どうやらこの話はここで終わりそうだ。
と、思ったのだが。
「なかなか面白い話だね」
クノンとシロトは、別の話をしようと考えていた。
しかし、ロジーは言った。
「君たちは飛べるんだろう?
ならば、君たちの力で別属性の『飛行』は可能になったりしないかな?」
別属性。
別属性、というと。
「火とか?」
「土、ですか?」
クノンらの問いに、ロジーは答えず立ち上がる。
「時間はあるんだろう? 気が向いたなら考えてみたらどうかな。
ちなみに私は、そんな方法は本当に知らないからね。できたら大変な発見になると思う」
――出た、とクノンは思った。
そう。
無責任に話すだけなら、こういう無茶も言えるわけだ。
生徒二人は、ちょっと具体的な話をしていたつもりだ。
だがしかし。
この教師は、まだ無責任な昼下がりの中にいたらしい。





