379.たまにはだらだらした昼下がり
「――できない、とは言わないがね」
クノンとしては、「できない」と言わないのがすごいのだが。
「頑張ればできる」という意味だから。
ロジー邸に入ったところで。
久しぶりに、屋敷の主に会うことができた。
教師ロジー・ロクソンだ。
彼もアイオン同様、ずっとこの屋敷にいるはずなのだが。
ここのところ、全然会えなかった。
やはり活動時間が違うのだろう。
きっと魔術師らしく、昼夜逆転の不健康な生活をしていたり……
いや、そこまで崩れてはいないかもしれない。
今はシロトがいるから。
彼女なら、きっとロジーの体調管理もしているだろう。
しばし庭でビーチの観察をして。
そろそろシロトが引き上げるというので、一足先にクノンは屋敷に入った。
そこでロジーとばったり会ったのだ。
クノンがここに来ている理由は、シロトの腕の観察。
色々と気になることはあるが。
これは最優先でこなすべきことである。
もちろん、気にならないわけがない。
あのビーチの謎、グレイちゃんの言葉、気にならないわけがない。
だから、ついつい遭遇したロジーに言ってしまった。
――やってますよ、グレイちゃんやってますよ、大丈夫ですか、と。
まあ、当然のことながら。
ロジーは庭の有様を知っていた。
「私がやったことにして、色々やってるね」と。
そして「シロトが信じているなら、問題はないだろう」と、穏やかに答えた。
で。
実際あれくらいはロジーもできる、らしい。
できない、とは言わないから。
「ただ、シロトの期待が少し重いかな」
「期待?」
「私は万能じゃないよ。できないことも多い。
しかし彼女は、私にできないことはない……とまでは言わないが、それに近いとは思っていそうな気がする。
義娘をがっかりさせたくないからね、期待されすぎると困るよ」
そんなものらしい。
しかし、実際ロジーは優秀な教師である。
もっと言うと、だ。
「あのビーチっておかしいですよね」
しっかり観察してきた。
グレイちゃんの作った、あの砂浜。
あれは……そう。
あれは普通じゃない。
異常だ。
クノンの知っている魔術理論を、確実に裏切っている。
どういう理屈かもわからない。
だが、ロジーも頑張ればできるそうだ。
つまり――どういうことなのか。
以前から薄々感じていた違和感が、少しずつ形になってきた気がする。
「おかしい? どの辺が?」
「……」
ロジーは、たぶん、知っているのだ。
あのビーチの謎を。
クノンの違和感の正体を。
だからこそ、言ってみた。
「あれ、七属性全部入ってますよね」
土はベースで。
水も、風も、火も。
あのビーチの構成に含まれていると思う。
そして、光も闇も魔もだ。
本人が言っていた通り。
四大魔素でビーチを形成し、安定させるために希少属性を入れた。
そんな感じで成立しているものだ、とクノンは結論を出した。
あの壮大で無関係そうな話。
グレイちゃんが語った世界のなんだかんだという話は、全く無関係じゃなかったのだ。
「クノン君」
ロジーは特に動じた様子もない。
「すまないが、その辺に関しては教師たちは何も言えないんだ。
ただ言えることは、その違和感の答えは、自分自身で掴むしかない、ということだ。誰に聞いても教えてはくれないよ」
自分自身で掴む。
さっきグレイちゃんにも、似たようなことを言われた。
何かはあるのだろう。
何らかの謎が。
その何かが、まだ、わからない。
わからないが。
おぼろげに見えてきた気はする。
まあ、見えないが。
「少し待っていてくれ」
玄関ホールで話していると、シロトがやってきて。
着替えてくる、と言って自室へ向かった。
まだ水着だから。
そして、
「あ、行ってきます……」
入れ替わるようにして、水着姿のアイオンがやってきて外へ。
彼女も風呂に呼ばれていたのだろう。
なんというか、自由である。
「先生も行っていいんですよ?」
「グレイちゃんと一緒に風呂にかい? 私には恐れ多いよ」
クノンも同感である。
知らないシロトはともかく、知っているアイオンは度胸があると思う。
いや、まあ、直弟子らしいから。
近しい関係だから、ある程度は平気なのだろう。
「待たせた。先生は何を?」
「たまたま通りかかっただけだが……せっかく会ったのだし、一緒にお茶でも飲むかね?」
拒む理由はない。
女性だったら大歓迎しているところだが、そこはいい。
戻ってきたシロトとロジーとともに、近くの応接室へ移動する。
そして、早速魔人の腕を観察する。
「――そうだな、何かしたいな」
世間話がてら、クノンは「せっかくだし何か実験とかしたいです」と言ったところ。
シロトが頷いた。
彼女は今、腕の定着と安定、観察記録のため。
学校や、遠征に出て泊まり込むような行動は避け、この屋敷を拠点にしている。
なので、現在シロトは読書ばかりしているそうだ。
だが、気持ちは同じみたいだ。
彼女も何かしたいらしい。
「先生、何かあります?」
クノンが聞いてみると、紅茶を楽しんでいたロジーが視線を向ける。
紳士らしく優雅で、非常に品がある。
歳を取ったらこんな人になりたいな、とクノンは思った。
髭も生えているし。
「私の実験の助手が欲しいが、今は無理そうかな」
シロトの魔人の腕は、細かい動きは難しい。
まだ、指先が思い通りに動かないそうだ。
「僕は手伝ってもいいですよ」
「気持ちだけ受け取っておくよ。少し難しいんだ」
つまり実力が足りない、と。
「そういえばクノン君、あの小鳥はどうなったんだい? ほら、音を記憶するっていう」
「ああ、あれは……あれ? どうしたんだっけ?」
「小鳥?」
だらだらした昼下がりの時間が、ゆったりと過ぎていく。





