37.相談してみた
「――あ? 眩しい? あたりまえだろ、俺は常に輝いてるんだから。そんなの俺も周囲も全員知ってる。改めて言うことじゃねぇ」
「――いえそうじゃなくて」
ちょっと説明が難しいな、とクノンは思った。
ゼオンリーが言っているのは、なんというか、見る側の感情と精神で左右される感じの輝きだろう。
クノンが言いたいのは、見られる側の問題である。……いや、これに限っては見る側の問題でしかないのかもしれないが。
少々名残惜しかったが、頭に羽ペンミリカとの挨拶はそこそこで切り上げた。
久しぶりに会ったのだし、ゆっくり話もしたかったが、それは後回しだ。
彼女には少し待つように言い、人型の光ゼオンリーと離れの中、クノンの部屋にやってきた。
「実は――」と、前置きもなく話し出す。
共に過ごした二年間で、何度も衝突と和解を繰り返した師匠と弟子である。今更隠し事をするような仲ではない。
ゼオンリーはクノンを受け止めてくれるし、逆も然りだ。
師はなかなか弱味を見せないが、いざという時には弟子は奮起する心積もりである。
クノンは説明する。
「鏡眼」で視界を得ることには成功したこと。
あまり長い時間は使えないが、少しずつ慣れていっていること。
そのおかげで、自分の顔や家族の顔、景色を見ることができたこと。
そして――見えてはいけないものまで見えてしまうこと。
「見えてはいけないものってなんだ?」
ゼオンリーの当然の疑問に、クノンは言った。
「僕には師匠が直視できないほど輝いて見えるんです」
「そりゃそうだろ。俺は常に妖艶なる美貌と揺るぎない自信と比類なき才能に輝く男だからな」
「そういうのじゃないです。なんというか、本当に眩しいんです」
「あ? 眩しい? あたりまえだろ、俺は常に輝いてるんだから。そんなの俺も周囲も全員知ってる。改めて言うことじゃねぇ」
「いえそうじゃなくて」
いつもは頼もしいゼオンリーの揺るぎない自信とやらが、今はとっても邪魔である。
クノンは説明の方向を変えることにした。
「見えないものが見えるんです。僕には師匠が光を放っているように見えます」
「何度も言わなくていいし、何度も言わせんな。それはあたりまえなんだよ」
「僕の背後に蟹がいます。でっかい蟹が」
「……は? 蟹?」
「ダリオ様は大剣なんて持ってませんよね? あの方の背中に白くて綺麗な大剣がありました。侍女には立派な角が生えているように見えます」
「……それはマジの話か?」
「僕は冗談は言いますし嘘も言いますけど、師匠に本気で怒られる冗談と嘘は言いません」
「おまえ結構言ってるぞ。……まあ、いい」
ゼオンリーは腕を組む。
「その、何かが見えるってのは……なんだ?」
「それを相談したくて来てもらったんです」
「……そうか。なるほどな。ちなみにミリカ殿下は何か見えたのか?」
「……あんまり言いたくないですけど、聞きます? 聞いたら後悔するかもしれませんよ」
「言え。まだわからねぇことばっかだ、サンプルは多いに越したことはねぇ」
そう言われたら、答えないわけにはいかない。
相談しているのはクノンなのだから。
――頭に巨大な羽ペンが刺さって見えます。
そう答えたら、ゼオンリーは爆笑した。
「全然意味がわかんねぇな! でも面白かったぜ! 頭に羽ペン刺さってるは傑作だな!」
一しきり大笑いして、ゼオンリーはようやく落ち着いてきたようだ。
「笑いごとじゃないんですけどね」
おかげで、もう七年にもなろうという許嫁の顔をようやく見ることができたのに。
その記憶より、頭の羽の方が印象が強い。強すぎる
顔は思い出せないくせに、頭の羽ペンは思い出せるほどだ。
後ろの蟹と一緒で、しばらくすれば見慣れるとは思う。
だが、見慣れたら見慣れたで、次の問題がある。
今度は、ふとした拍子に、冷静に見たり考えたりするのだろう。
ミリカの頭に羽ペン刺さってるな、と。
こうしてる間もミリカの頭には羽ペンが刺さってるんだよな、と。
結婚式でも羽は健在なんだろうな、と。
冷静に見たり考えたりして、いつか自分も笑ってしまうのだろう――その時ミリカを傷つけないかどうかだけが心配だ。
きっと、真面目な時ほど面白いだろうから。
「で? その話で言うと、俺は輝いて見えるのか?」
「はい。もう光の人そのものって感じで。直視できないくらい眩しいです。本当の意味で」
「そうか。常に輝いている俺だが、さすがの俺でも太陽が嫉妬するほど輝いているとは言えねぇからな。百歩譲って」
むしろ太陽は黒い点に見えるので、クノンにとっては輝いている存在ではないのだが。
「俺は謙虚だから太陽よりは劣るのは認めよう。まあ人類では世界で一番だがな」
師匠が寝言を言い出したので、クノンは話を進めることにした。
「どうでしょう? 何か心当たりはありませんか?」
「――二つある。大きく分けてな」
二つ。
二つも。
さすがは王宮魔術師、謙虚の欠片もない謙虚さしかないが知識量は並ではない。
「まず一つ目は、魂の形が見えているってパターンだ。
これに関しては霊が見えるとか、そういう類のやつだな。そっち方面はよく知らねぇ俺が知っているくらいだから、ちょっと調べるだけでもたくさん逸話があると思うぜ」
魂の形。
霊的なもの。
「その論で言うと、僕の魂は蟹ってことになります? あと身体から少し離れてるんですが。僕の魂って蟹型でむきだしってことですか?」
「でも俺は輝いてるんだろ? 俺くらいになると、外見も内面も魂までも輝いているという可能性は誰にも否定できねぇからな」
「まあそうですけど」
実際本気でゼオンリーは輝いて見えるだけに、否定するだけの材料がない。
そしてクノンとしては、師が輝いているのは別に悪いことでもないし不都合もないので、それでもいい。
「もう一つは?」
「おまえも知ってるはずだぞ。ああ、でも、経験はないか。
――魔力酔いによる幻視だ」
言われて気づいた。
そうだ、その話ならクノンの知識にもある。
「自然の中には魔力が溜まる場所があって、そこに行くと魔力に酔う……という話でしたよね?」
「そうだ。俺も経験があるが、しこたま酒呑んで酔っ払ったような状態になって、最終的には気絶するんだ。
で、酔って気絶する間に、実際にそこにないものが見える。
これが魔力酔いによる幻視だ。
まあ大抵は気絶した後、起きたら覚えてねぇけどな」
クノンはしこたま酒を呑んだことがないので、いまいち想像ができないが。
しかし、ゼオンリーが言うなら、そういうことがあるのだろう。
「しっかし興味深いな。王宮魔術師全員を見てほしいくらいだ」
「たぶん無理ですよ」
「だよな。おまえはもうすぐ旅立つんだろ? 帰ってくるまでおあずけか。まあ待つ楽しみがあるのも悪くねぇけどな」
クノンも興味がないとは言わないが……いや、見えている当人は正直ちょっと困惑しているのだ。楽しまれては困る。
「クノン。これは真面目な話だ」
「はい?」
「おまえのその、わけわかんねぇ面白いものが見えるやつ。俺はだいぶ気になっている。もちろん魔術師としての興味だ」
「……はい」
「いいじゃねえか。今まで見えなかったもんが見えるようになった。でもちょっと変わって見える。
そもそも見えるだけでも丸儲けなんだ。多少見え方が違ってもいいんじゃねえか?」
「そういうものでしょうか」
「難しく考えるな。色が識別できない生物もいるし、逆に幾つも眼を持つ生物もいる。おまえのように見えない生物もいる。
俺だって、誰かと同じようには見えてないのかもしれないぜ? 人間なんざ感情で見たいもの、見たくないものを分けたりもするしな。
人と見え方が違うってだけだ。でもそれはあたりまえのことでもあるんだ。おまえはおまえの視界があっていいんだ。皆そうなんだから気にすんな」
気にするなと言われても、気になってしまうのだが。
今のところ、もっとも変わって見えている光人間に言わても、説得力があやしい。
でも、誰かに話すことで少しだけ気が軽くなったのは確かだ。
どこまで信憑性があるかもわからないが、一応二つも手掛かりも与えてくれた。
「鏡眼」で見える何かについては、これからじっくり調べてみるのもいいかもしれない。
「ありがとうございます、師匠。少し前向きになれました」
「そりゃよかったな。
俺の勘でしかないが、もしかしたらその目には重大な意味があるかもしれねぇ。まあ勘だからないかもしれねぇけどな。
できれば捨てないでくれ。おまえが本当につらいと思ったら封印してもいいが、そうじゃないなら見続けろ」
まだ、視界にも見え過ぎる何かにも、慣れていないというのがクノンの本音である。
今は少々深刻に考えている。
でもこれもいずれ、いろんな意味で慣れていくのかもしれない。
……一先ず様子見をしよう、と。自分の中で結論を出した。
大体の話が終わったので、クノンとゼオンリーは部屋から出ることにした。
ミリカは今、外に用意したテーブルで待っていることだろう。
ダリオは相変わらず距離を取っているに違いない。二年間、彼は一度も同じテーブルには座らなかった。真面目な人である。
「しかしなんだな」
「はい?」
「――俺、たぶんミリカ殿下を見たら笑うぜ? あ、こいつ頭に羽ペン刺さってんだよな、って絶対思うぜ?」
それを言うなら、実際それを見ているクノンの方が大変である。
ミリカとダリオには、まだクノンが視界を得たことを話していない。
ゼオンリーには手紙で知らせたが、あの二人には……正確にはミリカには、これから話すのである。
きっと言われる。
「私ってどんな風に見えます?」とか。
「私を見てどう思いましたか?」とか。
「実際私を見て、クノン君の中の私と一致しましたか?」とか。
――頭に羽ペンを刺して斬新なオシャレですねステキ、まさにヒューグリア王国のファッションリーダー! 想像通りの姿でよかったですよ!
……なんて、言えるわけがない。





