378.ここにある魔術
「――土というのは、万物の源だと儂は思っている」
気持ちよさそうに風呂に浸かりながら、グレイちゃんは右手を上げる。
「全ては大地から始まる。
ゆえに、全ては土で造れる」
グレイちゃんの右手には、いつの間にか緑色の宝石があった。
それは色を変え。
形を変え。
ただの鉄の塊になり。
また、宝石へと変わり。
最後は銀一色のシンプルな指輪になった。
「おっ、と」
無造作に投げられた指輪を、クノンはキャッチする。
そして……指輪は砂になって、さらさらと手の中からこぼれて消えた。
「輝石も金属も同じ。
土でも金属でも、糸状にして編めば繊維にもなる。
その気になれば太陽だって造れるだろう。
元を辿れば、造魔の半分も土だな」
造魔の半分は、土。
なんとなく、わからなくもない理屈だ。
「もう半分は?」
「水。
水は生命の源だ。土と水があればこの世は成り立つ。
ただし、火と風がなくば維持ができない。
要するに、四つの要素を一つでも欠けば、この世は成立しないわけだな。
これが四大魔素。
この世界の源であり、この世界をこの世界たらしめるものだ」
「――ほら、拾ってこい! グルミはちょっと動け!」
シロトの声が遠く聞こえる。
すぐ近くにいるのに。
今、シロトは湖の方にいる。
「丁度いいから」と、暖めた湖で造魔犬と造魔猫を洗っている。
洗っているというか。
戯れている。
湖には、クノンの出した「洗泡」が一面に広がっていて。
泳ぐだけ、入って移動するだけで洗えるようになっているのだ。
まあ、猫は湖にこそ入ったが、動いていないみたいだ。
「儂の感覚では、光も闇も魔も、世界には必要ないな。
あくまでも四つだけで成立している。
光や闇などは、それらを進化させる、あるいは衰退させる補助に過ぎない。
万物の進化と衰退。
これは歴史の中で繰り返され、また今も行われている世界の摂理だ。
まあ、確かなことはわからんけどな。
全部儂の感想だ」
わかるような。
わからないような。
グレイちゃんのご高説は、非常に為になるものなのだと思う。
魔術の根幹。
魔力という謎の力の秘密に迫るような。
そんな、大層な話なのだと思う。
だが、それじゃない。
今クノンが求めているのは、それじゃない。
「あの、僕、魔建具でどうやって砂を出すのかって質問しただけなんですけど……」
いきなり主語の大きな話をされても、戸惑うばかりだ。
すぐそこに、見事な砂浜があり。
すぐそこで、シロトと犬と猫が戯れている。
あのシロトでさえ解放的にしてしまう、この常夏風のビーチの作り方。
クノンはそれが知りたいだけだ。
いつか必ず役に立つから。
具体的に言うと、ミリカとバカンスを楽しむ日が来るはずだから。
「というか、グレイ様……グレイ先生?」
呼び方が、どうにもしっくり来ない。
果たして彼女をなんと呼べばいいのか。
「ロジーはグレイちゃんと紹介しただろ。そう呼べ」
……本人の希望なので、そう呼ぶことにした。
「グレイちゃんは、土属性なんですか?」
さっき見せた宝石や金属、指輪。
作り出したのもそうだし、変化させたのもそうだ。
あんな芸当は、土属性しかできない。
恐らく、本体ではないから。
だからクノンの「鏡眼」でも、彼女の背後には何も見えない。
「見えるもの」で判断ができないのだ。
「それは言えん。クラヴィスに怒られるからな」
クノンが知るにはまだ早い、ということか。
「自力で解明してみろ。ほれ――」
グレイちゃんは顎をしゃくり、目の前のビーチを指す。
「儂の魔術は、ここにあるぞ。
知りたければ自力で答えに辿り着け。魔術師ならな」
一講義終えたとばかりに、グレイちゃんはうたた寝を始めた。
「……」
クノンは考える。
シロトの魔人の腕の観察。
それが、クノンがここにいる理由だ。
が、当の本人は今、湖で戯れている。
正確には造魔犬と造魔猫を洗っている。
そこまで長くは掛からないと思う。
だから、あえて急かす必要はないだろう。
となると、だ。
「……仕方ないなぁ」
どうしても頬が緩んでしまう。
だが、これは仕方ない。
ああ仕方ない。
誰がどう考えても仕方ないと言うに違いない。
こうなってしまえば、少し時間を潰す必要がある。
シロト待ちだ。
仕方ないだろう。
仕方なく。
ほんと仕方なく、ちょっとこのビーチの観察とか手触りとかを確認しながら待つしかないということになってしまうのは仕方ないことなのである。
さっきは「やり過ぎるな」とは言ったが。
もうやってしまっている現状、非難していたって始まらない。
仕方ないから、このビーチを少しばかり調べてみよう。
――何せ、あのグレイ・ルーヴァの魔術の産物である。
興味がないわけがないだろう。





