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377.昨日の今日でこれ





「――やり過ぎないでって言ったじゃないですか!」


 嫌な予感はしていたのだ。

 昨日グレイちゃんが興味を持った時から、ずっと。


 そう、ずっと。

 昨日から今日まで、ついさっきまで。


 ずっと嫌な予感はしていたのだ。


 なんというか。


 ここまで予想通りになるものなのか。

 そう思わずにはいられない。


「なかなか面白い玩具だ」


 本日、ロジー邸の庭には。


 砂浜ができていた。

 海に見立てた湖があり、それっぽい木が何本か立っている。


 ご丁寧に、太陽に見立てた光源まで浮かせて。


 ここだけ常夏のような見た目だ。

 クノンは本でしか見たことがないが。


 そして大きな桶のような風呂に浸かり、足を投げ出して入っている少女。

 いや老女。


 もうじき春という、まだ肌寒い時期ながら。

 見た目は夏そのもの、という場所で。


 グレイ・ルーヴァが、くつろいでいた。


 ――全部、魔建具仕立てだ。


 砂浜も。

 海に見立てたちょっとした湖も。

 樹木も砂も、太陽風の光源も。


 もちろん桶の風呂も、だ。


 ついでに言うと彼女が着ている水着もだろう。


 場所はまだ理解できるが。


 魔建具による「着る物」、いわゆる衣装。

 これは新しい。


 彼女の魔建具は、まだ発案されていない分野にまで踏み込んでいる。


 昨日の今日でこれだ。

 やり過ぎとしか言いようがない。


「応用の幅が広いな。

 初心者から玄人まで遊べる、いい玩具だ。これは流行るぞ」


 当のグレイちゃんは、くつろいだまま動じない。


 余裕綽々だ。

 傍に造魔猫グルミまで侍らせて。


「これだから未熟な魔術師は面白い。

 儂のような頭の固い老人には、思いつかないことを考える。


 ――褒めてやるぞ、クノン。


 これから自慢していい。

 あのグレイ・ルーヴァに褒められたことがある、とな。そんなの王族でも珍しいぞ」


 あの世界一の魔女に、直々に褒められた。


 それなりに嬉しいような気もするが。


 今はそこはいい。いいのだ。


「これどうするんですか!? 誰かに見られたら言い訳できませんよ!? ……あ、問題はシロト嬢だけか!」


 ロジーは知っている。

 クノンも知っている。

 アイオンも知っている。


 今この屋敷にいる者で、グレイちゃんの正体を知らないのは、彼女だけだ。


「――クノンが騒いでいるのは珍しいな。どうかしたか?」


 どうシロトを誤魔化すのか、と考えていたら。


 その当人が来てしまった。


「なんで!? 素敵な水着姿だけどなんで水着!?」


 シロトは水着を着ていた。

 とんでもない露出だ。


 外なのにこの露出。

 足とか太腿とかむき出しだ。


 見えなくて良かった。

 紳士は露出過多な女性をじろじろ見てはならないのだ。


「風呂に誘われたからだが?」


「ね。クノンお兄ちゃんは何を騒いでるんだろうね?」


 不思議そうな顔をする女性二人に。

 クノンは、もしかしたら自分が間違っているのでは、と思った。


 グレイちゃんはともかく。

 シロトは信じるに足る、頼もしい先輩だ。


 グレイちゃんはともかく。

 シロトのことは無条件で信じていいし、信じられる。


 いや、もはや信じたいとさえ思える。

 何があっても。彼女だけは。


 グレイちゃんはともかく!


「この光景を見て何も思いませんか!?

 何も思わないでいいのは、これが見えない僕だけに許された特権では!?」


 まるで常夏。

 リゾート地の浜辺のような、この光景。


 異常だろう。

 昨日までなかっただろう、こんなの。


 シロトはなぜ受け入れているのか。


「魔建具で作った、とグレイが言っていた」


 言ったのか。

 建物を作る、という大前提を裏切っているこの代物を。常夏風ビーチを。


 ちゃんと説明したのか。

 これを、魔建具の産物だと、ちゃんと紹介したのか。


「ロジー先生も手伝ったというからな。

 先生が手伝うなら、これくらいはやりそうだろう?」

 

 それはやりそうだと思うが。

 大概あの人も優秀な魔術師だ、とんでもないことはしそうだが。


「でもこれ……」


 クノンは言葉に詰まった。

 これ以上、放つべき言葉が見つからなかったのだ。


 もはやこれを認めていないのは、クノンだけ。

 少数派となってしまった。


 だから、もう、何も言えない。


 ――昨日の今日で、魔建具はまた一つ。


 新たな技術。

 新たな可能性を生み出してしまった。


 昨日の今日である。

 セララフィラが知ったら、たぶん泣くと思う。


 グレイちゃんを止められない無力な先輩を、許してほしい。


「ああ、いい湯だ。ちょっと温いかな」


「温いくらいで長湯するのが一番いいんだよ」


 内心嘆くクノンの前で。

 女性二人が入浴し始めてしまった。


 彼女らを止められない無力な紳士を、許してほしい。





「あ、ちょっと待――!」


 それの急接近に気づいたシロトだが、もう遅い。


 どこからともなく走ってきた造魔犬グルミは。

 麗しのレディが戯れる桶に、身体中バラバラにしながらつっこんだ。


 どぱっ、と。


 飛び込んだ湯が跳ね。

 驚き逃げた猫が、迷惑そうに振り返る。


「ふはははは! 剛毅な犬だ!」


 グレイちゃんは大喜びである。


 ――この老女の笑顔の裏で、一人の少女が泣くことになるのか。


 クノンはそう思い、己が無力さを噛み締めるのだった。


 ……。


 魔建具で砂の再現はどうやるのかな、と。

 頭の片隅で少し考えつつ。





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― 新着の感想 ―
シロト嬢の水着をコミックで拝めるまで俺死ねないよ クノンが発案してグレイが実現させる...これとんでもコンボでは?!
[良い点] これ、もはや簡易的な世界創造でしょ!笑
[一言]  もはや、世界。
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