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369.彼女の右腕





「二人ともここにいたか」


 屋敷にやってくるなり、世界一の魔女と遭遇。


 緊張に汗するクノンと。

 若い身体で老獪な顔で笑うグレイ・ルーヴァ。


 そんな二人に差し込んだ声は、シロトのものだった。


「あ、シロト嬢……あ」


 姿を見せた「調和」代表シロトは、上着を着ておらず。


 ノースリーブの薄いシャツをまとっていた。


 両腕を出している彼女の、右腕は。

 二の腕の中ほどから、赤く筋張った、節くれだった木の枝のようになっていた。


 魔人の腕だ。

 無事、移植は済んだらしい。


「こんばんは! その腕いいですね!」


 クノンは素早くシロトに近づく。


 そして、早速観察を始める。

 鼻の先が付きそうなくらい接近して、仔細に眺める。


 思いっきり人前でしかも至近距離なので、「鏡眼」は使えない。

 魔力視しかできないので、この距離だ。


 そう、クノンはこれを見に来たのだ。


 今は世界一の魔女よりこっちである。


「ん? そうか? その……」


 シロトは少し恥ずかしそうに、視線を逸らす。


「……腕の継ぎ目を見られるのが恥ずかしくてな……率直に言うと、裸を見られるより恥ずかしい」


「大丈夫ですよ僕は見えないから! それに素敵だし! いい腕だし! かっこいいし! シロト嬢のいつものかっこよさが倍くらいになってるし!」


 ――とにかくすごい、というのが、クノンの第一印象だ。


 シロトが恥ずかしいと言った、腕の継ぎ目。

 肌の色でこそわかるが、それ以外の違和感がないのだ。


 縫った痕跡があるわけじゃなし。

 もちろん隙間みたいなものもない。


 完全に一体化しているように見える。

 元からそうであったかのように。


「素敵かどうかは知らないが、経過は調べる必要がある。おまえのような第三者からの観察記録も必要だと思う。


 魔人の身体の移植は例が少ないからな。


 しかし数少ない例は、全てが問題なく適合しているんだ」


 ――だからこそ、この屋敷の中では隠さない。


 シロトはそう決めて、腕を出している。


 滅多に手に入らない素材。

 高度な生成方法。

 そして、優秀な魔術師が最低四人も必要であること。


 これらのハードルが思いのほか高い。

 ゆえに、なかなか開発実験まで届かないのだ。


 仮にそこまで行っても、失敗も普通にある。

 貴重な素材を失って終わり、ということもありえる。


 もっと言うと命の危険もある。


 だからこそ、経過の観察は必ずして、記録を残しておきたい。

 次に誰かがやる時のために。


「これから徐々に馴染んでいく。

 最終的には肌の色まで一緒になって、完全に同化する」


「へえ!」


 クノンは腕を伸ばし、降ろす……という謎の行為を繰り返す。


 ――触ってみたい。この歪な枝のような腕に。


 人の腕と言われれば、やはり少し違和感があるが。

 しかし、こちらは感じる。


 人としての何かを。


 脈動だろうか。

 それとも生物としての機能だろうか。


 失礼だが、傍にいるグレイ・ルーヴァよりも、この腕は人間らしい。


 不思議でたまらないのだ。


 異物のように見えるのに。

 それに反して、シロトと一体化している、この腕が。とても。


 しかし。


 だからこそ触れない。

 この腕はもう、女性の身体だから。


「……あまり継ぎ目を見るな。恥ずかしいと言っただろう」


 近くで観察しすぎたせいか、シロトは一歩引いた。


「……失礼しました。つい」


 クノンは反省した。


 興味しかないが、焦り過ぎた。

 興奮しすぎた。


 そして思った。


 ――この経過観察は、考えていた以上に興味深いものになりそうだ、と。


 魔人の腕は、ただの人体パーツではない。

 なんとなくそれが分かった気がする。


 苦労して作った甲斐があった、かもしれない。





「シロトお姉ちゃん、もしかして私のこと探してた?」


「…!」


 これからの観察が楽しみだ。


 そう思っていたクノンの背筋が、ぞわっとした。


 全身の毛が逆立つというか。

 本物の禁忌や、あるいは恐怖に触れたような。


 言葉に尽くしがたい、悪寒を伴う、強烈な違和感。


 ――シロトお姉ちゃん。


 なんだその言い方は。


 今シロトを呼んだのは、間違いなく、隣にいる褐色の少女である。

 つまり、グレイ・ルーヴァである。


「ああ、うん。夕食ができたから呼びに来た。食堂へ行こう、グレイ」


「グレイ!?」


 どういうことだ、とクノンは思った。


 さっきグレイ・ルーヴァは、シロトには黙っていろと言っていたはずだ。


 なのに呼んだじゃないか。

 今。

 かなり自然に。

 まるで年下の女の子を呼ぶかのように。

 気軽に。


 なんだ。

 何が起こっている。


 え? この二人って姉妹だった?


 そんなありえないことさえ考えてしまう。


「あ、まだ名乗ってなかったね」


 と、グレイ・ルーヴァが跳ねるように、クノンの前に躍り出る。


「――私、グレイっていうの。あの有名な魔女にちなんだ名前なんだよ。


 よろしくね、クノンお兄ちゃん」


 これ以上ないほどの笑顔で、呼ばれた。


 クノンお兄ちゃん、と。


 なんだろうこの気持ち。

 なんだか、こう、胃がきゅーっとする。


 恐れ多いというか。

 恐れ多い以外ないというか。


 ……年齢的に無理が過ぎないか、とか。


 数百歳年上の女性に、お兄ちゃんって呼ばれるのは無理がないか、とか。


「……あ、あの、僕のことは呼び捨てでも。なんなら投げ槍に小僧って呼んでくれても」


「よろしくね、お兄ちゃん!」


 ――どうやらこれで決定らしい。


「よろしくお願いします、グレイ嬢」


 彼女が決めたのなら。

 もう、諦めるしかない。





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― 新着の感想 ―
キッ.......いや、何でもないです。 胃薬に呼ばれたので移動しますね^^
うわきっつ(^ω^)・・・おっと誰か来た・・・・・
 楽しんでるなッ!?(笑)
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