表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
369/494

368.強い違和感がある彼女は





「――あれ?」


 図書館から外に出ると、空が赤かった。


 どうやらもう夕方らしい。


 まだまだ風の冷たい季節だ。

 陽が落ちると、気温もぐっと下がっていく。


 集中してレポートを書いていた結果。

 思ったより、時間が経ってしまったようだ。


 教室から図書館に移動したことも大きかったかもしれない。


 資料を調べに来たのだ。

 レポートを書く上で、裏付けや参考文献が必要だったから。


 そんなこんなで、この時間だ。


「道理で……」


 クノンは腰を叩く。


 道理で、腰が痛いはずだ。

 ずっと同じ体勢だったから。


 ――まあ、いい。


 おかげで、レポートは粗方できた。

 魔人の腕開発実験に掛けた約一週間を、できるだけ詰め込んだ。


 あとは少し体裁を整えれば、完成だ。


 これを造魔学の教師ロジーに提出すれば、単位も貰える予定だ。


 そして――


「ふふ」


 クノンは笑いながら歩き出した。


 そして、魔人の腕の経過観察の始まりだ。

 これがもう、楽しみで楽しみで仕方ない。


 色々と理由はあるが――やはり一番に上げる理由は、移植という点だ。


 造魔学の基礎は学んだ。

 人体パーツというものを造り出す方法も教えてもらった。


 しかし。


 実際にそれを使用したこと。

 特に、治療に使ったこと。


 いわゆる「造魔学の医療」を経験していなかった。


 魔人の腕は特殊だが。

 シロトに施した腕の移植は、紛れもなく医療行為である。


 医療行為。

 その方面に対する魔術の使い方を、クノンはあまり知らないのである。


 魔道具とも、またちょっと違う方面だと思っている。


 属性の差はあるとは思う。

 どこまでモノにできるかもわからない。


 それでも、なんとかクノンなりの医療の形、医療に関わる魔術を考えたいところだ。





 クノンは一度家に寄って、侍女に門限の延長を頼み。


 それからロジー邸へとやってきた。


「こんにちは。いや、こんばんは、かな?」


 到着した頃は、かなり暗くなっていた。


 近づいてくる造魔犬グルミと、遠巻きに見ている造魔猫ウルタに挨拶しつつ、足早に屋敷へと向かう。


 と――


「あ、こんばんは」


 玄関のドアを開けたすぐそこに、一人の少女が立っていた。


 小柄で、褐色の肌で。

 黒く長い髪に、金色の瞳で。


 同年代くらい、だと、思う。


 見た目に(・・・・)関しては(・・・・)


「……っ」


 人の見た目などほとんど関係ないクノンである。


 ゆえに、彼女の違和感は、すごかった。


 人だ。

 間違いなく。


 だが、違う。

 何かが違う。


 人じゃない。

 人の形をしているが、彼女は人じゃない。


 何しろ、何も感じない。


 人の形をしている。

 だが、人間らしい気配というか、人が人である根拠の全てが、ない、ような。


 根本的な何かが違う。

 明確に何が違うとは言えないが。


 何に引っかかっているかもわからないが……とにかく違う。違うのだ。


 絶対に人じゃない。


 彼女はなんだ?

 まさか、ロジーが造った造魔か?


 いつか語っていた造魔兵器の類か?


 あるいは――


「――ふむ」


 少女は不敵に笑い、腕を組んだ。


「小僧、おまえは見えないがゆえに感じるようだな」


 感じる。


 いや、言葉の意味の前に、その声でわかった。


「まさか、グレイ・ルーヴァ……?」


 その声は、そう。


 例の第十一校舎大森林化事件で。

 魔帯箱の件で教師に呼び出しを食らい、そこで逢った影の長方形。


 クノンがお触りまでしてしまった、世界一の魔女のものだ。

 そんな相手、忘れるわけがない。


「なんとなくおまえにはバレる気がしていた。案の定だったな」


 少女は、否定しなかった。 


 やはり彼女は、あのグレイ・ルーヴァのようだ。





「まあいい。気を遣う相手が減っただけ儂も気が楽だ」


 その言葉、その口調は、本当に若々しい。


 確か、あの大森林化事件の時に話した時。

 いつもの典型的ババア口調より、こちらの方が素に近い……と、言っていたはず。


「今は造魔の身体を借りておる。儂に似せたんだ、声帯なんかもな。ほら、可愛いだろ?」


「ええ、とても可憐ですね。デートを申し込まずにはいられないほど可憐で美しい。むしろデートに誘わない方が無礼なんじゃないかな?」


 ――クノンは少しだけ自分を誇った。


 こんな時でも。

 世界一の魔女相手でも。


 自然と紳士的な言動ができる自分を、誇りに思った。


「おお、いいぞ。デートするか。儂もたまには若い子と遊びたいしな」


「すみません冗談です」


「こら。儂がフラれたみたいだろ」


 いや。

 本当にそれどころじゃないだろう。


「あの、何がどうとは言えないんですが……」


「違和感がある、だろ?

 おまえのような人の気配や雰囲気に敏感なものは、人の形で人じゃない部分に強く違和感を感じることがある。


 この身体、普通の血は通っておらんし人としての機構もないのだ。

 きっと人じゃない部分に引っかかっておるのだろう。

 

 だが、じきに慣れる」


 慣れる。

 慣れることなどあるのだろうか、と思うのだが。


「それで、ここで何を?」


「魔人の腕の観察に来た。しばらく厄介になる」


 なんと。


 じゃあ、本当に、慣れるかもしれない。

 慣れるほど一緒にいるかもしれない。


 今現在、結構緊張していて、だらだら汗を搔いているのだが。


 やはりグレイ・ルーヴァは、遠い遠い存在。

 全魔術師の憧れ、生きた伝説だから。


「だがシロトには内緒だぞ? 本当ならおまえにも黙っているつもりだった」


 ――何はともあれ。


 まだまだ気が抜けない日々が続きそうだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版『魔術師クノンは見えている』好評発売中!
『魔術師クノンは見えている』1巻書影
詳しくは 【こちら!!】
― 新着の感想 ―
流石にデートは見たかったなぁ
[一言] つまり似た理屈で全身造魔ボディに乗り移れれば人類に近い視界は得られる?
[良い点] 「こら。儂がフラれたみたいだろ」 はは。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ