366.隣の空き教室に
「――なるほどなぁ」
やはり特級クラスはすごい。
特に、「実力の派閥」だ。
いつか聞いた通り、こうして個人技を見ると、改めて思う。
やはり個々の能力は非常に高い、と。
ベイルらがそれぞれ作ったという魔建具の試作品は、優に三十を越えていて。
それぞれが非常に興味深いものだった。
文明。
歴史。
地方の環境適応型。
どれもこれもが画一的ではなく。
何かしらのテーマがあってデザインされている。
小さな一軒家から。
ちょっとこじゃれた二階建てまで。
デザインにも色にもこだわったらしく。
こうして見る限りでは、到底土作りとは思えない完成度だ。
師ゼオンリーが見せてくれたものもすごかったが。
こちらもかなりすごい。
というか、比べるものではないのかもしれない。
建築デザインのテーマが違うのだから。
――こういうのを見ると、やはり思う。
土属性も面白い、と。
属性違いのクノンでも、一応魔建具を作ることはできるのだが。
しかし、必要な素材が多くなるのだ。
土魔術師ほど気軽には参加できない。
「いいじゃねぇか! これってあれか、旧帝国式だよな!」
「そうそう! 石積みの再現がかなり面倒臭かったけど頑張った!」
「ああ、石積みちょっと面倒臭いよな」
「あ、僕その辺省略できる術式知ってますよ」
「「マジか!!」」
彼らはまだ、触り始めて数日である。
たった数日で、ここまで理解を深めて。
これだけの物を作ったのは、本当にすごいと思う。
だが、まだ、一応開発者であるクノンが教えられることが、ありそうだ。
――まあこの様子だと、一週間くらいが精々か。
この優秀な先輩方は、あっという間にクノンを追い越していくことだろう。
たとえ、今ここで教えなくても。
とにかく。
ぜひともこの技術を高めていってもらいたい。
きっとそれが、魔建具を広めることに繋がるから。
少し開けた場所で家を建てまくり、激しく情報交換をしていると。
「代表、どうしたのこれ?」
「家だー! 私ここに住みたーい!」
「俺はこれがいいな」
「すっごい種類……でもなんで古代ルビュランタス調がないの? 古代建築の代表格ははやっぱりあれでしょ」
遠目に見たらしき、特級生たちがやってきた。
「実力」の者もいるし、他の派閥の者もいる。
女性もいる。
クノンのやる気が上がった。
「ああ、実は新技術で――」
と、ベイルは魔建具という魔道具が公表されたことを語る。
「面白い!」
「でも土か……!」
そう、土なのだ。
一応他属性でも作れるが、ちょっと面倒臭いのだ。
「――最近代表がやってたのってこれですか?」
「あっエリア先輩だ!」
新たにやってきた者の声に、クノンは反応した。
「クノン君、久しぶりだね」
「そうですね。でも僕、夢の中では毎日エリア先輩に会ってましたよ?」
「ほんと? でも本当は?」
「僕あんまり夢は見なくて。たまに思い出すくらいでした」
「ああ、うん。私もそんなもんだったかな」
「僕たち気が合いますね!」
「そうだね」
――とまあ、軽い挨拶を交わして。
「面白ぇだろ、エリア。一瞬で家が建つって魔道具だぜ」
「へえー。ベイル先輩が作った家はどれですか?」
「あれとあれと、あれと」
「あの家、いいですね」
「あれは試しに作った、田舎にある俺の実家っぽいやつだ。普通だろ。それよりはほら、あっちの近代新王国風の」
「いやいや、普通がいいんですよ。
どこにでもありそうな家だからいいんじゃないですか」
スッ――
クノンはさりげなく身を引いた。
もう入学した頃の自分ではないのだ。
強引に聖女をパフェに誘っていた頃の自分とは違うのだ。
こうして、気を遣うことを憶えたのである。
ベイルはわからないが、エリアは彼が好きらしい。
彼にとっては迷惑かもしれないので、応援する気はない。
だが、エリアの邪魔をする気も、ない。
紳士として。
二人がどうなるかは知らないが。
願わくば、二人とも幸せになってほしいものである。
ベイルとエリアは、それとなく二人きりにしておいて。
しばらく特級生たちと魔建具の話で盛り上がって、別れた。
手応えは充分だ。
皆、魔建具に興味を持っていた。
この調子で、魔建具は広まっていくだろう。
きっとこの魔術都市ディラシックを越えて。
世界中に広がっていくはずだ。
「……」
そろそろセララフィラと会うべきか。
近況報告をしておくべきだろうか。
そんなことを考えながら、自分の教室にやってきた。
睡眠の提供をしていた隣の教室は、もう学校側に返却した。
倉庫か物置代わりに借りていたい気持ちもあったが。
まあ、そんなことは許されないだろう。
「――あれ?」
ごと、と。
空いているはずの隣の教室から、かすかに物音が聞こえた。
もしや、もう誰かが借りているのだろうか。
なら、お隣として挨拶くらいはしておくべきか。
ドアの前に立つと、人がいる気配を感じる。
間違いなく誰かがいるようだ。
「すみませーん」
ノックをしながら声を掛けてみる、と。
「はいはい」
と、野太い男の声とともに、ドアが開いた。
「あれ? キーブン先生?」
今日はなんだか土属性と縁がある。
がっしり大柄な中年男性。
彼は、土属性の教師キーブン・ブリッドである。
「おお、クノンか。おはよう」
「おはようございます」
意外なところで、意外な人に会ったものだ。
「もしかしてこの教室、キーブン先生が借りたんですか?」
「半分正解だな。
確かに俺が借りてるが、俺の用事で借りてるわけじゃない。
なんなら寄ってくか?」
「えー……じゃあ少しだけ」
魔人の腕関係のレポートを書かねばならないのだが。
さっき魔建具関係で足を止めたので、その分急いでやりたいのだが。
しかし。
この誘いも、ちょっと気になる。
キーブンがなぜここにいるのか、何をしているのか。
お隣の状況だけに、ちょっと気になる。
だから、少しだけ話をして、引き上げることにした。
一歩足を踏み入れると、甘い香りと草の香りに包まれた。
植物の匂いがする。
まるで聖女の教室に来た時のような。
というか。
そこかしこに鉢植えがあり。
植物が育っている様子を見ると。
そして、そこに「結界」を使う光属性の者がいると。
本当に聖女の教室のようである。
「やあ、クノン」
だが、いるのは聖女ではなかったが。
「クラヴィス先生?」
そこにいたのは、光属性の教師クラヴィスだった。





