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268.幕間  彼と彼女の再会





「――ユック!」


「――お? おお、リンコ!」


 懐かしい声にユークスが振り返ると、懐かしい顔があった。


 遠くへ行っていた幼馴染のリンコ。

 ユークスの婚約者だ。


 駆けてくるリンコは、勢いそのまま飛び込んできた。


 大柄なユークスは難なく彼女を受け止める。


「来たかぁリンコ! 久しぶりだなぁ!」


 ――本当に来た。


 喜びもあるが、それ以上に。


 本当に来た。

 それがユークスの正直な感想だった。





 ここは開拓地だ。

 まだ名もない開拓地だ。


 リンコからの手紙で移住を決めたユークスは――とにかく心配していた。


 ユークスは、とある街で料理人として働いていた。

 誰よりも身体は大きくなったが、これでまだまだ若いのだ。料理人としても修行中の身である。


 そんな彼は、婚約者からの手紙で、移住を決めた。


 生来ののんびり屋。

 生来の楽天家、と呼ばれたことのある彼でも。


 これはさすがに心配だった。


 まず、開拓地について。

 これに関しては、誰に聞いても知らないと言われたのだ。


 それはそうだ。


 まだ正式な領地として認められていないのだ。

 だから地図に載っているわけもないし、そもそも開拓地があることも知られていなかった。


 この付近までやってきて。

 それで、ようやく「集落ができつつある」という情報が得られたのだ。


 それでもほんの数人から、未確認の情報として。


 集落があるかも、という心細い話と。

 あとはリンコからの「今すぐここへ行け!」という強い言葉を使った手紙と。


 その二つだけを頼りに旅をしてきた。

 あるかどうかも怪しい、開拓地を目指して。


 その結果――ここに辿り着いた。





「――で、旅をしてきたんだけど。色々あってなぁ」


 夜、ユークスとリンコは再び顔を合わせた。


 再会してすぐは話せなかったのだ。


 将来この地の領主になる、リンコの雇い主に挨拶したり。

 晩飯の用意をしたり。

 人手が足りない開拓地なので、料理だけしているわけにもいかないので雑用をこなしたり。


 そんなこんなを片づけて、今である。


 ゆっくり話せる夜。

 ユークスの家にリンコがやってきた。


 小さな家である。

 開拓地だけに簡素な作りだが、雨風はしっかり防げる。


 一人暮らしには丁度いいが、二人では少々手狭だろうか。


「道らしい道もなかったから、森を進んでたんだ。方角だけを頼りにな。

 で、森の中でまずダリオさんに捕まってな」


「ダリオ……ああ、騎士様よね?」


「うん。賊の疑いを掛けられて捕縛された。

 俺は非力だ、おいしいものが大好きな男だ、って必死で訴えたんだけど。信じてくれなくてなぁ」


 信じたとて、という感じだが。

 仮に主張を信じたとて、賊の疑いは払拭できないところだが。


「それで、この開拓地に強制連行されたんだけど」


「うん」


「不審者を捕まえたってことで、ここの住人が集まってきたんだ。

 みんな疑惑の目を向けてきたよ。

 盗賊か、盗賊の頭か、ってな。そんな凶悪そうな顔してないのになぁ。


 だから俺は言ったんだよ。

 俺は非力だから何もしない、腹が減ってるだけだ、って」


 ――わかる、とリンコは頷く。


 ユックは非力ではないが、だいたいいつも腹を減らしている男だ。


「そんな中、俺は思いもよらない人と会ったんだ。

 誰に会ったと思う? きっとおまえも驚くぜ。驚く人に会ったんだぜ」


「え? 誰?」


「イコ姉ちゃんだよ」


「うそ!? あのお姉ちゃんに会ったの!? ――まあ知ってたけど」


 ――先日ディラシックにやってきたミリカらから、自身の姉が来ていることは聞いていた。


 クノンには秘密にしてほしい、と言われたのでその通りにしたのだ。


 リンコもさっき、姉と再会した。

 結婚相手も紹介してもらった。


「知ってたの? なんで知ってるんだよ。俺のことが好きだからか?」


「そうだよ。好きだからわかっちゃったんだよ。それで?」


「イコ姉ちゃんが『故郷の幼馴染にちょっと似てる』って言い出して、それでようやく誤解が解けたってわけ。

 おまえからの手紙を見せたら、ミリカ様が納得して、俺を歓迎してくれたんだ」


 ――ユークスはまだ、開拓地に来て日が浅い。


 だが、ここでの生活は気に入っている。


 意外と物資が豊富なのだ。

 定期的にいろんな物が届くし、ちょくちょく遊びに来る魔術師たちも頼もしい。


 ちゃんとした料理人はいない。


 しかし、使用人ローラは料理の腕が良く、ユークスを含めた見習いたちに料理を教えてくれる。

 新婚の新妻であるイコもよく習いに来る。


 領主代行ミリカの舌は肥えている。


 合格点は、なかなか貰えない。

 見習い料理人たちは、彼女を満足させる料理を作ることが、目標になっている。


 やることは多い。

 だが、それはどこで暮らしても同じこと。


 元々田舎に住んでいたユークスなので、多少不便な生活は懐かしい。

 だから、なんとなく、居心地がいい。


 ――まあ、生来の気質のせいか、ユークスはだいたいどこでも溶け込めるタイプではあるが。

 

「こっちは見ての通りだ。きっと想像通りの生活をしてると思うよ。

 おまえのところはどうだ? ディラシックって都会だよな? どんな生活してるんだ?」


 どんな生活か。


 色々と語りたいことはあるが。


 ――リンコがユークスに言うなら、この一言に尽きるだろう。


「おいしいものいっぱい食べた」


「マジで? どんなの? 何食ったの? 珍しいもの食った?」


 ユークスが興味を向けるのは、食い物全般だ。


「何か作ろうか? 都会仕込みの腕前を見せてあげる」


「マジで? じゃあ……飯は食ったし、酒のつまみでも作ってよ。少し呑もうぜ」


「任せて」


「あ、やっぱ俺も手伝うわ。作ってるとこ見たい」





 少々アンバランスな男女が、台所に並んで立つ。


 二人の夜は続く。

 会えなかった時間を埋めるように。





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[良い点] お似合いカップルしかいねぇなこの作品
[一言] ツッコミ不在だよこの夫婦!!!!!!!!!!
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