248.二つの問題を一度に解決したい
「……びっくりしたなぁ」
クノンは言葉を漏らした。
聖女の教室を出たところで、溜息が出た。
聖女の口から、ミリカの名が出た。
そのことにとても驚いた。
更には、セララフィラもミリカを知っていた。
驚かずにはいられなかった。
――なんでも、先日ディラシックにやってきたミリカが、二人を訪ねたそうだ。
クノンの知らないことだった。
まさかそんなことがあったなんて、予想もしていなかった。
ミリカの存在は、別に隠しているわけではない。
聞かれれば普通に答えた。
「婚約者っている?」と問われれば、「いるよ」と。
だが、そう。
これまで、クノンは接する相手の身分や家族構成を、気にしたことがなかった。
なぜかと言えば、クノンも聞かれたことがないからだ。
ディラシックには支配者階級、貴族階級というものがない。
強いて言えば、領主とも言えるグレイ・ルーヴァがトップに立つのみ。
そんな街なだけに。
ここでは身分などあってないようなもの。
そう認識していたからだ。
仲良くしてくれている狂炎王子だってそうだ。
クノンにとっては学校の先輩という意識が強い。皇子云々より先に先輩なのだ。
だから、聖女の家族構成も聞いたことがないし、許嫁がいるのかどうかも知らない。
魔術に関係ないから、気にしたこともない。
――なんだろう、この気持ち。
魔術師として、学生としてのクノンは、今ここにある自分だ。
それはいい。
しかし、ミリカや家族のことは……
話す分にはいい。
だが、実際会っていた、自分の知らないところで面識があった、と言われると……
嫌というわけではない。
だが、少し、もやもやする。
この気持ちは、なんといえばいいのだろう。
とても私的な部分を覗かれた気がして、ちょっと気恥ずかしいのだ。たぶん。
「――あら? クノン先輩、どうかしました? 忘れ物ですか?」
気持ちの整理を着けていた間に、セララフィラも聖女との話を終えたようだ。
先に出たクノンが、目の前にいた。
彼女が疑問に思うのも仕方ない。
「いや、……君の用事は済んだの?」
そんなに長く立ち尽くしていたわけではない、はずだが。
「はい。先日の仕事の報酬を受け取りに来ただけですので」
ならばすぐ済むか。
「君もミリカ様に会ってるんだよね?」
聞けば、彼女ははりきって答えた。
「ええ! とても美しくて素敵な方ですね! 恥ずかしながら、わたくしは一目で、その、……素敵な方ですよね!」
セララフィラは力説した。
素敵な方。
それは間違いないので、クノンは納得する。
何せミリカは正真正銘のお姫様だ。
素敵じゃないわけがない。
「あの、紳士として女性同士の話を聞くのは気が引けるんだけど……僕の話とか、した?」
聞けば、はりきっていた彼女の顔が曇った。
「ええ……お話の半分以上はクノン先輩のことでした。もっとわたくしのことを見てほしかったのですが……」
セララフィラは少し落ち込んだ。
まあ、セララフィラと接点があるのはクノンである。
ミリカが彼女と会う理由は、むしろクノンのことを聞く以外がないだろう。
「どんな話を……あ、なんでもない」
具体的に聞くのはまずい。
それは紳士としてありえない。
かつての侍女イコから、きちんと教えられたのだ。
――女子同士の話には関わるな、下手に関わると心に傷を負うぞ、と。
――一歩間違えば、立ち直れないほどの怪我をするぞ、と。
話を聞いた当時は、震え上がったものだ。
今は……
いや、今も変わりなく怖い。
「それで先輩、ミリカお姉さまのところへ行くのですか?」
「うん、行くのは決定してる。でも今すぐではないかな」
さっき聖女にもそう答えた。
ミリカが先行している開拓地の様子は、見に行く必要がある。
できるだけ早く。
ただ、日程が決まっていない、とも答えた。
恐らく、行けば一ヵ月は費やすことになると思う。
それ以上になる可能性もある。
だから今すぐは動けない。
行くとなれば、諸々を片付けてからになる。
その最たる理由は、やはり単位問題だ。
――造魔学が一段落ついたところなので、行くならいいタイミングかもしれない。
だが、やはりネックは単位である。
今行って大丈夫か?
なんとも言えないところだ。
「わたくしも行きたい……ミリカお姉さまにもう一度会いたい……」
「あ、一緒に来る?」
すでにミリカと面識があるらしい。
ならば、セララフィラを連れて行っても構わないだろう。
「……わたくしもクノン先輩と同じですわ。今すぐは予定が立てられない状態ですので」
「単位?」
「はい。
諸先輩方に、後半に残すと大変だから早めに取れ、とアドバイスをいただきまして。それに習おうと思っています。
取り切った後なら、時間の捻出も簡単だとは思うのですが……」
「わかる」
クノンは強く頷いた。
「単位は早めに取っておいた方がいいよ。
僕も一年生の末に、第十一校舎大森林化事件で大変なことに――」
「あ、その事件聞いたことがあります。この校舎って再建されたんですよね。確か、書類整理が――」
そんな話をしながら、二人は帰途に着いた。
セララフィラと別れて、クノンは往来を行く。
今日もロクソン邸へ行くのだ。
補助筋帯ベルトは完成したが、学ぶべきことはまだまだある。
だが、一区切りした感じは、ある。
ほかのことをやるなら、今このタイミングだろう。
「――クノン君」
名前を呼ばれて、思考の海から現実に呼び起こされた。
「リーヤ?」
意識を向けると、そこには同期リーヤ・ホースがいた。
ここは往来である。
昼時なので人も多いし、知り合いに偶然会うこともあるだろう。
だが、不自然な点がある。
「……? 怪我してる?」
同期からかすかに血の匂いがした。
格好もボロボロだ。
それに、背嚢を背負っている。
まるで街の外から帰ってきたかのようだ。
「あ、うん。ちょっと切っただけだけど」
「へえ。何かの実験で出かけてたとか?」
「採取だよ。貴重な素材を取りに――」
採取。
貴重な素材の採取。
リーヤの言葉は続くが、クノンはそこに閃いた。
「それだ!!」
単位問題と、開拓地の視察。
もしかしたら、二つの問題を一度に解決できるかもしれない。





