244.昨日会った話
「昨日会ったよ! 君のお父さんに!」
聖女の父と出会った翌日。
聖女の研究室で、クノンは昨夜の出来事に触れた。
今日も仕事の打ち合わせでやってきたクノンだが。
話のネタがあるので、彼女の父親の話を振ってみた。
「クノンに会ったこと、私も父より聞いています」
聖女の返答はわかりやすいものだった。
「お、お父様が来ていらっしゃるの? レイエス先輩のお父様が?」
セララフィラが激しく反応する。
クノンと同じく。
仕事の打ち合わせで、クノンより先に来ていたのだ。
「わたくしもご挨拶をしにいってもいいでしょうか? その、お義父様に」
なんだかもじもじしている後輩に。
聖女は、いつも通りの無表情で言った。
「セララフィラは父に会う必要があります。今日はその話もしたくてあなたを呼びました」
「えっ……本当に? わたくしを先輩、いえ、レイエスお姉さまの大切な人として紹介してくださるの?」
セララフィラは嬉しそうだ。とても。
「温室の拡張が必要になりそうなので。
父が図面を持ってきました。図面の通りに調整をお願いします。その際、父が指示を出しますので」
「わかりましたわ。お姉さまのお義父様とも仲良くやっていきたいと思います」
「よろしくお願いします」
――聖女の家に増設した地下温室は、セララフィラが管理している。
聖女の父親の要望で、拡張と調整が入るらしい。
「もっと薬草を育てるの?」
と、クノンが問うと。
「いえ、実験場になる予定です。例の種の実験はそこでやってほしい、とのことです」
例の種。
あの「光る種」のことだろう。
セララフィラはあの種のことを知らないので、ここでは伏せられた。
確かにあれは、できるだけ秘匿した方がいいだろうな、とクノンは思った。
「お父さんが来た理由って、やっぱりあの種のことで?」
あの「光る種」は画期的だ。
どこの国もが、喉から手が出るほど欲しがるに違いない。
――霊樹輝魂樹のこともあるとは思う。
だが、樹は動かない。
だから焦って急いで確認する必要はないだろう。
なんなら報告だけでもいいはずだ。
直接見たところで、何がどうなるものでもないだろうし。
優先順位としては、やはり「光る種」の方が上だと思う。
「それもあるそうです。
色々と確かめたいことがあったから思い切って来てみた、と言っていました。父は多忙なので、かなり思い切った行動だと思います」
――何せ教皇だから。
彼は常に何かしらの祭事に追われている、というのが聖女の印象だ。
その合間、貴重な空き時間に。
教皇は聖女を気にかけてくれていた。
大神殿にいた頃はわからなかった。
ディラシックでの生活が始まってから、気づいた。
教皇は聖女を見守っていたのだ、と。
ここでの生活が始まり。
生活に困窮した時、迷い悩んだ時、お金に困った時。
大神殿にいた頃はこんな思考を持つこともなかった。
その理由は、教皇が常にフォローしていたからだ。
何も不自由しないように。
今なら言える。
感情の乏しい自分でも、明確に言える。
自分は教皇に感謝している、大切な人だ、と。
――しかし、急な親子関係設定には、少し戸惑っているが。
聖女の中では、教皇は教皇でしかないのだ。
父親なんて己には存在しない者より、教皇は重く大切な存在なのだ。
いきなり軽い扱いを強要され、乏しい感情でさえ抵抗感があった。
「色々と確かめたいこと、ですか。
差し支えなければ、どんなことか教えていただけますか?」
「気になりますか?」
「レイエスお姉さまのことなら、たとえ些細なことでも気になりますわ。ねえクノン先輩?」
「そうだね。銀色に輝く月のような女性のこと、つまりレイエス嬢のことを知りたくない紳士なんていないからね」
やたら軽い同期と後輩に力説され、聖女は「そうですか」と呟く。
なぜ気にするかはわからないが。
別に隠すようなことでもない、……とは言えないものもあるので。
伏せなくていい話題だけ拾い上げてみる。
「先にも触れましたが、温室の拡張。父への誕生日プレゼント。行きつけの雑貨屋。私の同期、特にクノンのこと。うちの家計簿……主に収入と支出。
加えて、私の周辺環境の様子を見たいと言っていました」
確かに色々あるようだ。
いまいち、なぜ気にするのかわからないものもあるが。
父親から見ると、確かめたいことなのだろう。
「わかります。離れて暮らす大切な娘の生活が気にならない親なんていませんわ。
わたくしにも、家から付けられた使用人がいますし」
「ルージンさんとマイラさんだね。……そう言われると僕は結構放置気味かも」
「クノン先輩はあまり心配いらないからでしょう。どこに出しても恥ずかしくない立派な紳士ですもの」
「そうなんだけどね。でも気にされてないって言われると逆に気になるっていうか。
僕の両親は僕のことどう思ってるんだろう」
手紙のやり取りはちゃんとしている。
だから、仲が悪いということはないはずだが。
やはり息子と娘では、親の心配の比重が違うのだろうか。
「紳士だから大丈夫だと思っているだけですわ」
「そうなんだけどね」
――少しばかり雑談しつつ、仕事の打ち合わせを済ませた。
さて。
「少々早いですが、私は帰ります」
今日の聖女は昼から予定がある。
普段なら、昼過ぎまでは研究室で過ごすのだが。
「あ、そうなの? 残念。僕ランチ持ってきたんだけど」
クノンは聖女と一緒に食べるつもりだったが。
珍しく聖女の都合が悪いらしい。
「お義父様とお過ごしに?」
「はい。しばらくは父の用事に付き合う予定です。
今日は、これから仕事の関係者方に挨拶に行くことになっています」
挨拶回り。
まあ、大切なことだと思う。
「挨拶をして、ディラシックを観光する予定です」
観光。
まあ、親が来た時くらいは付き合ってもいいと思う。
「父はデートと言っていましたが」
デート。
まあ、親子でデートすることもあるだろう。





