23.王宮魔術師のテスト
2021/08/17 修正しました。
黒の塔にやってきたと思えば、またすぐに表に出てきた。
今度は、二十名ほどの老若男女も一緒に。
クノンは見えないが、感じられる魔力から、なんとなく男女の区別と老い若いがわかる。
老いている方が魔力がまとまっているというか、広がりがあまりない感じだ。
きっと年齢とともに魔力制御の技術も向上しているからだろう。
正確には、年齢に応じた魔術の訓練に比例して。
ここにいるのが全員王宮魔術師なら、日々の訓練も研鑽も研究も決して欠かさないだろう。
魔力の違いはその差である。
誰も彼もが、クノンからしたらベテランであり、また多くの知識を持つ、ヒューグリア王国の魔術史の開拓者たちである。
そんな人たちが、無駄話もしないでクノンに集中している。
嫌でも視線を感じるのだ。強い関心の感情とともに。
目が見えないことも、子供であることも、彼らには一切関係ないのだろう。
ただ、己が知らない魔術をこれから見られる。だからクノンに注目しているだけだ。
――クノンは緊張と同時に、興奮もしていた。
きっとそこにいる魔術師の誰が師になっても、クノンを深き魔術の領域に導いてくれることだろう。
「――では始めようか」
そんな王宮魔術師を束ねるロンディモンド総監が、テスト開始を告げる。
「よろしくお願いします」とクノンは頭を下げた。
「まずクノン君。君の使える魔術はいくつかな?」
「二つです」
少ないと言われそうだが、クノンは正直に答えた。
見栄を張ったところで、どうしたって二つしか使えないのは変わらない。
だが、誰もなんの反応も示さなかった。
嘲るでもないし、落胆するでもない。
何も変わらず、クノンを見ている。
「結構。君の師だったというジェニエ・コースは、君の父上の言いつけを守ったのだね」
「はい。父はまだ、僕に攻撃に使えるような魔術を覚えさせるのは早いと判断しました」
「ちなみに君は、その判断をどう思うかね?」
「妥当だと思いました。知ればどうしても色々試したくなります。その過程で人や動物を傷つけることもあったかもしれない。
僕が言うのもなんですが、攻撃性の高い魔術は、子供には過ぎたオモチャだと思います」
「なるほど」
これらの質問もテストの内なのかはわからないし、ロンディモンドの口調も態度も変わらないので、好感触かどうかもわからない。
クノンはやや不安である。
「二つと言うのは、『水球』と『洗泡』かな?」
「はい」
水を生み出す「水球」。
水の泡を生み出し汚れを落とす「洗泡」。
それが、クノンが使える水の魔術だ。
ただし、「水球」の特性変化で「洗泡」と同じ見た目で同じ効果のある魔術が再現できるので、後者はあまり使わなくなったが。
「――ビクト君。『水球』を使ってみてくれるかい?」
「――はい」
ロンディモンドの指示に従い、クノンを見ていた魔術師の一人……若い男が、「水球」を唱えた。
と――周囲に三十以上の「水球」が発生し、浮かぶ。
「クノン君。この『水球』を『水球』で奪えるかね?」
「…!」
驚いた。
誰かの魔術を奪う――そんな発想は今まで考えたこともなかったから。
「水球」は水を生み出し操作する魔術であるが、実はもう一つ、違う使い方ができる。
それは、現存する水を使った「水球」だ。
この場合は、そこにある水を操作するだけで、新たに生み出すことはない。
特性である「生み出し操作する」の「操作する」だけの効果しかない。
同じように思えるかもしれないが、実際は全然違う効果である。
しかしジェニエは、こちらも同じくらい魔力を使用するので、こちらを使う機会は滅多にないと言っていた。
クノンもそう思っていたが、盲点だった。
「そこにある水を使う」とは、水の魔術師が生み出した水も対象になるのか。
目から鱗が落ちそうだった。
クノンが考えたこともない発想が、こんなにも簡単にポロっと出るのか、と。
――俄然やる気が湧いてきた。
このまま帰っても得たものだけで満足できそうだが、クノンの欲が騒いでいる。
ぜひともテストを通過し、王宮魔術師と癒着したい、と。
「そこまで」
ロンディモンドの声が掛かると、クノンは膝をついた。
久しぶりに、必死で魔術を使って息が切れている。
「いいじゃないか、クノン君。君いいな」
と、ロンディモンドはクノンを褒め称えるが――クノン自身は納得していない。
生まれた「水球」は三十以上。
その内、操作を奪えた数は、たったの二つだ。
必死でやって、やっと二つ。
水は操作できてあたりまえだったが、「抵抗する水」なんて初めてだった。かなり苦戦した。
王宮魔術師たちの実力は、やはりクノンよりはるか上ということだ。
「どうだったビクト君」
「驚きました。一つでも奪われるなんて思いませんでしたよ。俺の小さい頃なんて制御にひどく苦労してましたし。――その子俺にくれます?」
「――ふざけんなバカ」
「――ふざけるなよバカおまえ。バカが」
「――フラレ男が」
「――おまえが誰の面倒見られるんだよ。自分の面倒も見れないくせに」
クノンの相手をしたビクトという男の魔術師は、周囲の同僚にボロカスに責められた。
「はっはっはっ。というわけで、皆欲しいそうだ。誰が貰うかはゆっくり話し合おうではないか」
クノンは跪いて両手をついたまま、顔を上げた。
「もしかしてテストは合格ですか?」
今確実に己の所有権を話し合っていた。
特にロンディモンドの発言は決定的だった。
不本意ではあるが、癒着できるなら問題ない。――ビクトは必ずいつか追い越すから、今は負けておいてもいいことにする。
「いやいや。せっかくだからもう少しやろうではないか」
…………
なんとなく、テストはもう合格しているような感じに思えるが。
でも、まだ続行するらしい。
――不満はない。
このままでは、魔術師ベクトにしてやられただけである。
せっかくの機会なのだし、クノンだって少しくらいはいいところを見せたい。
「――うわっはっはっはっはっ! うぉほぉぉぉぉう! これ楽しいぃい!」
その結果、初老のロンディモンドが大はしゃぎするという、醜態とも取れる姿を見せることになった。
「何かやってみろ」と言われてクノンが使った「水球」は、巨大な「水球」が一つ。
それは水を超軟度かつ超伸縮性を持つ膜で包んだもので、人でも物でもなんでも、そこそこの重量があるものなら深く沈み込む特性がある。
クノンが「これ泳げますよ」と告げると、ロンディモンドは嬉々として飛び込んだ。
そして、超軟体のぶよぶよに溺れた。
触れた感触が面白いのか、泳いだり転がったり跳ねてみたりと、歳も忘れて大はしゃぎである。
そのはしゃぎっぷりに、クノンはちょっと引いていた。
ミリカの時は楽しそうで何の違和感もなかったが、さすがにおっさんの大はしゃぎは、ちょっと一味違うのだ。
子供心に見てはいけないもののような気がする。そんな感じがするのだ。まあ見えはしないのだが。
しかしそんなクノンに反し、ちゃんと見えている王宮魔術師たちは「総監ずるい」だの「代わって」だの「はよ代われおっさん」だのと野次が飛んでいた。
大はしゃぎするおっさんより、ぶよぶよへの興味の方が強いようだ。
――後にロンディモンドが「こんなに楽しかったのは二十年ぶりだ」と語ったこの件は、「四ツ星総監、子供に翻弄される事件」として、歴史ある黒の塔の記録に永遠に刻まれることになる。





