238.義理の親子
星がよく見える。
数少ない冬の楽しみである。
星空を見上げて。
普段は耳に入らない雑踏を聞き流す。
頭を空っぽにして。
ロジーにしては贅沢な時間の使い方をしていた、その時。
「――ご無沙汰しております、先生」
待ち人がやってきた。
「やあ、シロト。久しぶりだね」
娘のシロトだ。
出会った時は十にも満たない子供だったが。
今では立派な女性になった。
今のロジーには眩しいくらいだ。
「お待たせしましたか?」
「いや、私が早めに来ただけだ」
それでも、約束の時間より早いのだが。
几帳面なシロトらしい。
「そうですか。身体は冷えていませんか? もう店に向かいますか?」
お互い、吐く息が白い。
夜ともなれば、寒さもひとしおである。
「焦ることはないだろう。少しでいいから老い先短い父に付き合ってくれ」
「わかりました」
シロトはロジーの後ろに回り、彼の車いすを押す。
そうして、ゆっくりとディラシックの広場から移動する。
ロジーとシロトは、だいたい月に一度会っている。
義理の親子ではあるが。
今は、あまり接点がない。
学校の寮に入ったシロトと。
自宅からほとんど出ないロジー。
偶然会うこともないので、貴重な逢瀬である。
のんびり話をしながら、雑貨屋や魔術専門店を回って。
遠慮する娘に色々買い与えてやって。
遠慮する娘に財力を見せつけてやって。
使い道のない金をばらまいて、予約していたレストランにやってきた。
「相変わらず先生の金の使い方は、心臓に悪いですね」
簡単に何百万も使って見せるロジーの姿に、シロトは毎回ドキドキしている。
なんて金の使い方だ、と。
今夜も一千万は使っている。
そして、それがすべて自分への贈り物である。
なんというか、やはり、心臓に悪い。
シロトは自分の力で生活費を稼いでいる。
特級クラスの生徒らしく。
それだけに、普通の金銭感覚がちゃんと身についているのだ。
「いいんだよ。君のために使う以外、金を使って楽しむ遊びは知らないからね」
「悪い遊びを覚えましたね」
シロトの言葉に、ロジーは笑った。
運ばれてくる料理を楽しみながら、いろんな話をした。
ここは個室だけに、魔術関係の話もできる。
今研究中の話も。
まだ秘匿すべき話も。
禁忌として知られる造魔学の話も、ここでならできる。
「クノンはどうですか?」
今日、ロジーと会ったら。
シロトは、かの少年の話を聞きたいと思っていた。
何せ自分がロジーに紹介したのである。
その後どうなったか、現在どうなっているか。
ずっと気になっていたのだ。
「あの子は逸材だね。魔道具造りという地盤があるからかな、とても覚えが早いよ。
――ちょっと怖いくらいにね」
怖いくらいに。
その返答に、シロトは眉を寄せた。
「じゃあ、脅してます?」
「ふふふふふふ。……すごく脅してるよ」
ロジーの含み笑いは、ひどく楽しそうだ。
「で、クノンの反応は?」
「とても怯えているね。カイユも怖がってるくらいだから、相当なものだと思うよ」
「……そうですか」
クノンが可哀想だ、と思う反面。
必要なことでもある、ということを、シロトは知っている。
――造魔学は禁忌である。
これは、造魔学を学べば学ぶほど思い知る、定説である。
実際に危険で、本当に恐ろしい学問だからだ。
人体を造り変えたり。
生態系を壊しかねない生物を生み出したり。
根こそぎ栄養を吸い取るような、大地を枯らせる植物を誕生させたり。
それが可能な学問だからだ。
だからこそ、教える者を選ばねばならない。
試し、見定めねばならない。
――間違ってもロジーの発言に同調したり、興味を抱くような者には、教えてはならない。
怖がるくらいで丁度いいのだ。
自分の中にある、越えてはいけないという一線を、確実に引ける者。
倫理観を大事にしている者。
そんな生徒にしか教えられないのだ。
人体パーツを造るくらいなら、まだいい。
そこから先は、生命の根幹に関わる分野になる。
見極めねばならない。
この先をクノンに教えていいのかどうか。
今のところは、申し分ない。
「彼はいいよ。私を止めるために勝負を仕掛けてきた。
かつての君と同じだね。
身を挺してでも私の愚行を諫めようという、確固たる倫理観がある。実にいいね」
――かつて、ロジーはシロトも脅したのだ。
そしてシロトはそのハードルを越えた。
それから師弟関係となり、色々あって。
親子になったのだ。
「でも彼はアレだね。たぶん程々で造魔学の道は諦めるんじゃないかな」
あまり深く関わろうとはしない。
ロジーはそんな気がしている。
クノンは真剣に学んでいる。
だからだろうか、ロジーの脅しに対して、本気で捉えている。
彼には薄々わかっているのだと思う。
ロジーの言葉は、本当に実現できることが。
知ってしまえば試さずにはいられない。
魔術師とはそういうものだ。
ゆえに、クノンは深く知ろうとはしないのではないか。
そう思っている。
知ればやるから。
禁忌に触れるから。
「まあ、彼が諦めるかどうかは彼の問題ですから。私からは何も言えませんが」
――シロトとしては、クノンの目のヒントになるのではないか。
かつては自分が悩んでいた。
右腕のことで。
だから、造魔学という道もあることを教えただけ。
優秀な彼なら、造魔学からたくさんのことを学ぶだろうと思ったから。
でもそれだけだ。
そこでクノンが造魔学を求めるか否かは、彼自身が決めればいい。
「それより、勝負とは?」
「私一人と、彼とカイユの二人で。発明品で競い合うそうだよ。人の役に立つ物っていう縛りでね」
「先生の苦手分野ですね」
「はは、失礼な娘だね。でも確かに苦手だね。
だから最近は楽しくてね。
こういう理由でもないと、苦手なことなんて挑戦しないから。
――さて、何を造ったものか」
義理の親子のおしゃべりは、夜遅くまで続くのだった。





