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233.二度目の冬と造魔学





「……行きたいけど、ちょっと無理そうです……すみません」


 本当に申し訳ないと思う。

 そして彼にも、その気持ちは充分伝わっている。


「いや、こちらこそ誘って悪かった。本当に気にしなくていい」


 ――こうして、食事はつつがなく終わり。


 クノンはジオエリオンの屋敷を後にした。


「……冬期休暇か」


 つぶやく声に合わせて、白い空気が漏れる。


 今やすっかり冬である。

 ついこの前まで秋だったのに。


 夜だけに、頬を撫でる寒風も一際冷たい。 


 歩きながらクノンは考える。


 ――やはりどう考えても、無理だ。


 二級クラスは、明日から冬期休暇に入るそうだ。

 しばらく授業がなくなり、まとまった休日になるとか。


 特級クラスには授業も休日もない。

 正確には授業がなくて、休日は自主的に取れる。


 だからあまり意識したことがなかった。


 狂炎王子ことジオエリオンは、休みの間、アーシオン帝国に帰還する予定だそうだ。

 そこにクノンも誘われた。


 ――「一緒に来るか? 遊びに来るといい」と。


 興味がないわけがない。

 帝国の文化も気になるし、ジオエリオンとも語りたいことがたくさんある。


 だが、今は無理だ。

 無理なのだ。

 シロトから誘われた造魔実験。


 それに向けて、単位取得を急がねばならない。

 そして並行して、造魔学の勉強をしなければならない。


 更に。


 婚約者のいる開拓地へ行く時間も、工面しなければならない。


 これが一番難しい。

 クノンの立場からすれば、最優先するべきことだ。


 だが皮肉なことに、これが一番困難なことでもある。


 長旅が必要なので、必然的に時間も掛かってしまう。

 滞在する期間もわからない。

 向こうの状態次第では、長くも短くもなるだろう。


 できることなら、シロトとの造魔実験が済んだ後。

 単位や実験、貯め込んでいる予定のすべてを消化してから、心置きなく向かいたい。


 そんな今後の予定を考えると……


 正直、一日たりとも無駄にできない。

 だから今このタイミングで誘われても、さすがに同行はできないと判断した。


「しばらく先輩と会えないのか……」


 寂しいな、と思いながら。


 クノンは一人、夜のディラシックを歩いた。





 ディラシックにやってきて、二度目の冬。


 昨今のクノンは。


 朝から昼までは学校で雑事を片付け。

 午後からは、造魔学を学ぶためにロジー・ロクソンの屋敷に通っていた。


 そして、帰りはジオエリオンの屋敷に寄ったり寄らなかったり。


 そんなローテーションで動いていた。


「――クノン様」


 考えることは多い。

 だが、目下やるべきことの優先順位は決まっている。


「――クノン様、クノン様」


「……ん? あ、うん。どうしたのリンコ?」


 自室で造魔学のレポートを読みふけっていると、リンコに呼ばれた。


「私はもう休みますので」


 呼んでもすぐは来られない、という声掛けだ。


「うん。おやすみ」


 クノンはいつも通りそう答えた。

 毎晩のことなので、特別な返事などない。


「……はい、失礼します」


 ――侍女リンコは「クノン様ももう寝てください」と言いかけたが、やめた。


 もう夜も遅い。

 子供は寝る時間をとっくに過ぎている。


 だが。


 今度の冬を超えたら、クノンは十四歳になる。

 もう子供とは言い難い年齢になる。


 いつまでも子供扱いはできないし、するべきではない。


「……」


 ドアが閉まった音がした。

 クノンはまた、レポートの字を追う作業に没頭する。


 侍女の思いには気付かない。


 魔術学校にやってきて、一年以上が過ぎている。

 それでも。


 クノンは魔術に夢中だ。

 もしかしたら一年前より、入学した時より、ずっと。





「――犬っていいですね」


「――いいよな、犬」


「――おいおい、遠回しに猫派の私を仲間外れにしないでくれ」


 翌日。

 ロジー・ロクソン邸にやってきたクノンは、人体パーツを造る実験を行っていた。


 最近では、いつも行っている実験だ。

 兄弟子となるカイユと一緒に、培養液で人の身体の一部を育てている。


 今日は珍しく教師ロジーがいた。

 いつも忙しい彼とは、滅多に会えないのだが。


 彼の指導の下、少し難しい臓器を仕込み終わったところだ。

 あとは時間で育てる必要がある。


 空いた時間に雑談し――門番でもある造魔犬や造魔猫の話になった。


 造魔犬グルミ。

 造魔猫ウルタ。


 グルミは人懐っこいので、非常に可愛いとクノンは思っている。

 ウルタは気高い猫なので、あまり人には近づかない。


「先生も猫派をやめて犬派になりましょうよ」


 悪魔の誘惑をささやくクノンに、ロジーは笑った。


「犬は噛むからね。それに犬はなぁ――」


 ほがらかに、言った。


「好きになっちゃうと造るのに抵抗があるんだよな。それに造れば造るほど犬とは懸け離れていくのも嫌悪感がある。

 私はもういいよ。犬は造りすぎたから、もう好きになれない」


 ――ロジーと言葉を交わすたび、つくづく思う。


 造魔学はやはり禁忌なんだな、と。


 倫理観というか道徳心というか。

 そういう部分があると、きっと先に進めない学問なのだ。


「先生そういう壊れたこと言わないでくれません? 俺はもう慣れたけど、嫌じゃないわけではないんですからね。

 クノンも引いてるし」


「……」


 カイユの言う通りだ。

 実際引いてるので、クノンは何も言わない。


「え? ああ……変なこと言った? すまんね。

 君たちにはそこまでやらせる気はないから……まあ、私の助手が勤まるくらいになってくれたら嬉しいな」


 造魔学は興味深い。

 知れば知るほど、可能性を感じさせる。


 だが、入れ込みすぎると、きっと危険だ。


 きっと大切なものを失う。


 クノンはそう肝に銘じて、この学問に挑んでいる。


「でも造魔学は医学の側面もある。

 学んだことは無駄にならないから、心行くまで学んでおきなさい。


 私のように後悔しないようにね」


 ロジーはおかしい。

 しかし、彼の言葉は、時々非常に重い。



 


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あのクノンが会えなくて寂しいなんて感情を自然に抱くなんて、多分なんのフィルターもなしに人間的に一番惹かれてるのは狂炎王子なんだろうなぁ。
作れずとも、当時に今の技術があれば救えたかもしれないか。 激重だな。クノンも彼女を失ったら間違いなくそうなるからな
誰だったか、漫画家さんが犬猫好きなのは良いけど、描けば描くほどかけ離れて行くって言っていたのを思い出した
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