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216.自動土人形と氷線





「汚い!」


 ミリカは叫んだ。


 黙って見守ろうと決めていたのに。

 思わず口から出てしまった。


 ゼオンリーによる開始の合図。

 それに合わせた同時の攻撃。


 明らかな不意打ちである。

 その証拠に、クノンはまともに石を受けて倒れてしまった。


「普通ですよ」


 と、騎士ダリオがミリカの肩を掴み、静かに言った。


 駆け出しそうだったミリカを止めるために。


「本来、命がけの戦いなど時と場所を選ばないものが多い。

 実戦には開始の合図などないのです」


 そして、ミリカの剣の師として、言っておかねばならない。


「これはクノン様が望んだ、限りなく実戦に近い勝負。

 むしろゼオンリーは限りなくフェアに開始したと私は思います。


 個人の感情を捨ててよく見ておいてください。殿下」


 ――魔術師同士の戦いは、大抵が短時間で終わる。


 そして地味でさえある。


 魅せる試合ならまだしも。

 人一人をどうにかするのに、大魔術など必要ないのだ。


 目を逸らせば、その間に終わる。

 それくらいのものなのだ。


 ダリオも、見逃すまいと目を凝らしている。


 ヒューグリアにいたあの頃。

 時々見かけたゼオンリーとクノンの勝負は、現役騎士の目から見ても面白かったし、勉強になった。


 一年半を経て再び行われるこの一戦。

 ダリオにとってもかなり気になるものだった。


 あの頃は、常にゼオンリーが一枚上手という感じだったが。

 果たしてクノンはどれほど成長しただろうか。


 それに、そもそもの話。


「クノン様は強いですよ。ゼオン本人も認める、彼の弟子ですから」


 ゼオンリーの実力も思考も発想も。

 クノンはちゃんと知っている。


 その上で、今、あそこにいるのだ。


 ダリオには、ただ単純に攻撃を食らっただけには思えなかった。









 ――やはり師はすごい。


 一瞬意識が飛びかけたクノンは、ひんやりとした地面の感触に我を取り戻した。


 ゼオンリーの攻撃は、速かった。


 無理をすれば避けられたと思うが。

 クノンはあえて、避けなかった。


 このくらいの攻撃なら食らっても問題ない。

 そう判断したから。


 それよりも優先したのだ。

 自分の攻撃を。


 地面に手をつき、立ち上がる寸前に、唱えた。


「――『砲魚(ア・オルヴィ)』」


  チュイン


 クノンのすぐそばから、特殊な音のする放水が発生した。


 いや、放水というよりは、もはや線である。

 糸ほどに圧縮した、超速の水だ。


 速度に特化させたので、強度はない。

 石を穿つこともできない。


 だが、人体くらいなら簡単に貫く。


「――フン」


 目にも止まらぬ速さの「砲魚(ア・オルヴィ)」は、しかし。


 ゼオンリーに当たる寸前に、出現した小さな人型の土に当たって相殺された。


 久しぶりに見た。

 ゼオンリーが得意としていた攻防一体魔術、自動土人形(オートマタ)だ。


 自動土人形(オートマタ)は通称である。

 元の魔術はわからない。

 それほどまでに手を入れた、ゼオンリーが独自に編み出した魔術である。


 詳しくは教えて貰えなかったが。

 なんでも、自動で決まった動作をさせることができると同時に、ゼオンリーの意志一つで動かすこともできるとか。


 咄嗟の防御に、咄嗟の攻撃に。

 思考より早い反射的意思に対応する。


 クノンにとっての「水球」のようなもの、……の、上位互換と言ってもいいかもしれない。


 もっと言えば、人体と同じくらい自由に使える物体、だろうか。


 気が付けば百体以上の自動土人形(オートマタ)が浮いていた。

 ゼオンリーを守るように。


 ――あれには苦労させられた、とクノンは思った。


 土人形は土の塊だ。

 土は水を吸い、固まる。


 どんな「水球」も通用しない、鉄壁の防御だった。


 結局。

 あの頃は、あの土人形を水魔術で突破することは、クノンにはできなかった。


 だからほかの方法を色々と試したのだが……


 しかし。

 今なら。









 ――浅ぇなぁ。


 超速の水が飛んできた。

 ゼオンリーは魔術が発動した瞬間、その特性を見抜いていた。


 速い。

 速度だけは非常にいい。瞬きさえ許されないくらいだ。


 だが、ひどく脆く繊細だ。


 ――だから初級はさっさと終わらせろって言っただろ、クノン。


 どんなに器用に使えても。

 込められた魔力は、所詮初級なのだ。


 どうしても想定内の威力しか出ない。

 だから簡単に防御ができる。


「フン」


 石を飛ばした直後に唱えた自動土人形(オートマタ)が発生する。


 瞬間的なゼオンリーの意思に従い、土人形が「砲魚(ア・オルヴィ)」の進行方向に割り込み。

 当たって、お互い砕けた。


 次々に飛んでくる「砲魚(ア・オルヴィ)」も、同じように防御する。

 

 水は速い。

 瞬きもよそ見も許さない。


 だが、魔術操作も要らず意思一つで動かせる土人形は、少しばかりそれより速い。


 ――思ったより成長がねぇな。


 これじゃ力押しだ。

 芸がない。

 クノンらしくない。


 ゼオンリーががっかりしたその瞬間、


「――っ!?」


 無数に迫る「砲魚(ア・オルヴィ)」の中の一つが。

 土人形を貫通した。


 念のために数体潜ませていた金属製の土人形を動かし、この一発をギリギリで受け止めた。


 ――あ、あっぶね……今のはヤバかった……!


 保険に金属製を入れておいてよかった。

 もし入れてなかったら、今のはゼオンリーの腹を貫通していただろう。


 前言撤回だ。

 やはりクノンはクノンだった。


 あの頃も油断ならなかったが、それは今も変わっていない。


「……フン、なるほどな」


 防御に使った金属製に目をやれば、どてっぱらに小さな氷の欠片が付着していた。


砲魚(ア・オルヴィ)」の先端に氷を付けたのだろう。


 金属製に当たって砕けたようだが。

 しかし、土人形くらいは貫通するほどの威力があるようだ。


「――ちょっと面白いじゃねぇか」


 初級魔術で自動土人形(オートマタ)を攻略してみせた。


 魔術師としては悔しいが。

 師としては弟子の成長が嬉しくて仕方ない。


 不敵に笑い、ゼオンリーは見上げる。





 無数の「砲魚(ア・オルヴィ)」でゼオンリーの意識を防御に向けさせ。


 その間、クノンは巨大な「水球」に乗って上空にいた。


 当然、周囲には千を超える「水球」がある。


 ――師匠なら死なないだろう。


 そう信じているクノンは、「水球」全てを、氷の混じった「砲魚(ア・オルヴィ)」に変換した。


 氷線の雨が降る。





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― 新着の感想 ―
[一言] なんと言うか、魔術の使い方が楽しいんよね。ただ放出するだけじゃないという。 普段もそうなんだけど、こういう戦闘のときでもそれがあって、ものすごく読んでて楽しい。 ・・・もちろんげんじつなら…
[一言] ウルトラマンコラかな
[一言] 認識困難な細い細い線で接触すればほぼ貫通するものを上空から千本振り落とすのエグすぎる。
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