206.これからに思いを馳せて
12/09修正しました。
「――それでは殿下、また後で」
朝食を済ませ、クノンは家を出た。
向かう先は学校だ。
ゼオンリーやミリカがいられる期間は、驚くほど短い。
それを知ったクノンは、スケジュールの調整をすることにした。
彼らがいる数日は、できるだけ学校や仕事を入れない。
時間が許す限り彼らに付き合うつもりだ。
昨夜のゼオンリーとの話だって、まだ途中もいいところだ。
ぜひまた話をする時間が欲しい。
気になる調査結果もできたわけだし、ぜひ意見を交換したいところだ。
まあ、まだゼオンリーは帰ってきていないが。
自警団に連れていかれたままだ。
向こうででどんな扱いをされているか……まあ、ダリオもいるので心配いらないだろう。
それから、ミリカのこと。
彼女とは後で合流する予定である。
今日はずっとミリカと一緒にいるつもりだ。
つまりデートである。
これまでのデートは一回だけ。
ヒューグリア王国でディナーに行った一回だけだ。
しかし今回は違う。
きっと門限は厳守だが、丸一日一緒にいられる。
それも、身分も肩書も関係ない街で、だ。
ヒューグリアでは許されない過ごし方ができるはず。
楽しくならないわけがない。
浮かれて当然だ。
なにより。
クノンだってずっと会いたかったミリカと過ごせるのだから。
「――そうだ!」
足取りが軽いクノンの足が、更に早くなる。
スケジュール調整のついでに、誰かにディラシックのデートスポットを聞いてみよう。
まだどこへ行くかも決めていない。
きっと二人で楽しめる場所がたくさんあるはずだ。
昼食は高級レストランの帝国料理がいいかと思うが、ミリカは食べ慣れているだろうか。なんだったら庶民的な店の方が嬉しいだろうか。
可愛いものが多いと評判の雑貨屋は知っている。尻尾蛙のシッポの剥製専門店だってある。ミリカはシッポとか好きだろうか。
あとディラシック名物のパフェ! これは絶対行きたい!
クノンは学校へと向かう。
これから過ごす楽しい時間に、思いを馳せながら。
「――ローラ! この家の人を集めて!」
にこやかにクノンを送り出した後。
ミリカは吠えた。
それはもう凛々しく吠えた。
ミリカ・ヒューグリア。
十五歳。
騎士見習い。
見た目は美しい姫君だが。
その強い瞳は、すでに一端の武人のようだ。
「呼んでどうするんですか?」
付き従っているミリカの侍女は、もっともな質問を返す。
言い出しそうだな、と予想していただけに。
「クノン君のディラシックでの生活を聞くのよ! 特に女関係!」
「昨日聞いたじゃないですか」
ディナーの席で。
本人の口から。
いつしくじるかわからない。
綱渡りのようなスリリングな会話をしたじゃないか。
「クノン君のいない場所で忌憚ない話を聞きたいの! あと女をお持ち帰りした真相も聞く!」
「いや、あの方は私より年上のようでしたよ? さすがに何かあるとは……」
「老いても女! 老いても女なのよ、クノン君にとっては!」
そこだけ聞くとクノンはとんでもない男である。
歴史に名を残しかねない色情魔である。
……まあ、実際いろんな意味でとんでもない男かもしれないが。
「昨夜も言いましたけど、クノン様は大丈夫ですよ」
――ローラから見た限りでは。
一回きりのディナーの時に会った昔のクノンと。
今のクノン。
ローラの目には、ほとんど変わりがないように思えた。
あれは意外と顔に出る、素直で真面目な男の子だ。
もしやましいことがあれば、すぐにわかる。
そんなタイプである。
なんだったら、ナンパな発言の方が不自然に思える。
あれだけ感情のない薄っぺらな言葉、言える男の方が少ないだろう。
男の嘘はもう少し感情がこもっている。
良くも悪くも。
己の欲望が込められるから。
だからこそ、ローラにはわかる。
「あの方の特別は、本当にミリカ様だけだと思います」
ほかはぺらぺらに薄いのに。
ミリカに対する言葉だけは、多少熱の入ったものを感じた。
「……ほんと? ほんとにそう思う?」
「ええ、本当です」
――そしてもう一つ。
クノンの言葉は、ミリカよりも、魔術に対する時の熱量の方が……
いや、これはミリカ本人もわかっていることだろう。
だからゼオンリーと仲が悪いのだ。
「昨日今日の話だけじゃないわ。過去、ほかの女をお持ち帰りしてない?」
「していても大丈夫でしょう。リンコさんもいますし。あの人もクノン様の女性関係には危機感を抱いていると言っていましたし」
「そう……でも呼んで。話は聞きたいから」
ミリカは少し落ち着きはしたようだが、やることは変わらないようだ。
「そうですね。普通に情報収集はしておきたいですからね」
使用人から見た、クノンの生活はどうなのか。
不便はないか。
困ったことはないか。
侯爵家の次男として暮らしてきたのに、今は親元を離れて過ごしているのだ。
戸惑うこともあるんじゃないか。
単純に興味がある。
まあ見た限りでは不便も不満もなさそうだが。
「特にお持ち帰りの経緯が気になるわ」
やはりどうしてもそこを聞きたいのか、とローラは頷いた。
その後。
「――要するに嫁姑問題、と言っていいのかね。若い頃から旦那の母親のいびりが――」
ミリカは、お持ち帰りされた人妻の話に夢中になりすぎて、クノンとの待ち合わせに遅れることになる。
嫁姑問題。
庶民と貴族では違うだろうが、ミリカにとっても浮上しかねない話である。
興味津々だった。
「――あ、そういう話好きですか? 私も好きなんですよー」
まあ、本当に遅れた理由は。
クノンの使用人が繰り出す、嫁姑戦争とも呼べるエピソードの数々が面白かったからだが。
――後にミリカは「さすがはあの侍女の妹だ」と漏らしたとか。





