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205.朝食の時間





 ミリカは朝からやってくると言っていた。

 そして朝食を一緒に食べよう、と約束していたのだ。


「――あ、殿下。いらっしゃい」


 早朝。

 クノンはちゃんと起きて活動していた。


 夜更かししたせいで少々眠いが。

 何より大事なことがある。


 それは婚約者との約束……も、あったが。

 その前に、昨夜のことをレポートにまとめる必要があった。


 だから外に用意したテーブルに着き。

 朝日を浴びながら作業をしていた。


 昨夜。

 あのオーガ相手に、ゼオンリーがやったことは、全て横でメモを取っていた。


 その清書を今行っていたところだ。


「おはようございます、クノン君。……勉強ですか?」


「すみません。もう終わりましたので――リンコー、朝食の準備してー」


 家にいる侍女に声を掛け、クノンは向かいの席にミリカを促す。


 すでにレポートは書き上がっている。

 今は予想や推測を考え、まとめていた。


 ――昨夜の一件は、一考の価値がある。


 ゼオンリーはありとあらゆる方法で、不可視のオーガに攻撃を仕掛けた。


「本日のご予定は?」


「もちろん空けていますよ。僕の隣はあなたの特等席ですから」


 そう、あれは攻撃だった。

 傍目には何もない場所にこじんまりした魔術を放っていただけのようだったが。


 確かにオーガは反応したのだ。


 やはり最後の魔術だろうか。

 それとも蓄積あっての反応だろうか。


「ディラシックって観光地とかあります?」


「世界的に有名なのは幻想劇場かな? やっぱり魔術関係が充実してますね」


「あ、知ってます。王城(うち)のイベントで招いたことがあるので、簡単な劇なら観たことがありますよ」


「へえ。僕は見えないから劇は全然興味なくて。行ったことないです」


 魔術で影響を与えられたのか。

 それとも、ただしつこくちょっかいを掛けられて腹を立てたのか。


 あるいは両方か。


 それはわからないが、確かにオーガは反応を示した。


 だから、


「――ああ、クノン君。昨夜はありがとうね」


 朝食を運んできた麗しき人妻に、クノンは「あ、はい」と返事をする。


 思考半分、婚約者の相手半分。

 そんな器用な頭の使い方をしていたクノンは、更に増えた話相手に、さすがにうまく反応できなかった。


 ――だからオーガは、この麗しき人妻の身体を乗っ取り。


 怒り狂って追ってきたのだ。









「――霊か、魂か、それともそれ以外か。何にしろ不可視に物理干渉不可能な奴なんざ珍しくもねぇ。炙り出してやるぜ」


 ゼオンリーはやる気満々だ。


 こうなってしまったら、もうクノンには止められない。

 だから紙とペンを取り出した。


 どうせ止められない。

 ならば、やるべきことは一つ。


 つぶさに観察して記録に残すのみだ。

 弟子として。


「――さて。何が効果あるかね」


 そう言いながら、ゼオンリーは前触れなく魔術を放つ。


 土のつぶて。

 土煙。

 磁力。

 毒土や魔石による汚染。


「おい、ちゃんと見とけよ。おまえしか見えないんだから」


 ゼオンリーの繰り出す魔術をメモするクノンは「ちゃんと見てますよ」と答えた。


 顔を向けることもなく。


 クノンの視覚に、前後上下左右は関係ない。

 むしろ顔を向けるのは、相手か周囲の誰かのためでしかない。


 急に話しかけると相手が驚いたり、反応がなかったりするから。


「どうだ? 変化はないか?」


「ないですね」


 ゼオンリーに一方的に攻撃されたオーガには、なんの反応もない。


 攻撃として通用していないように思える。

 いや、そもそも、外的要因で反応するような存在なのかどうか。


「ふうん……思いつく手は全部試したけど、無理か」


 流れるような連続魔術だった。

 ほんの少しの時間で、二十以上の手を駆使した。


 さすがゼオンリー、と言いたくなるほどの種類の豊富さだが。

 それでも効果はないようだ。


「あと思いつくのは、これくらい(・・・・・)か」


 クノンはハッと息を飲んだ。


 深夜で、路地裏。

 ここに明かりの類は一切ない。


 しかし。


 明暗があまり関係ない視覚で見ているクノンには、それ(・・)がはっきり見えた。


「影……!?」


 オーガの足元が闇に染まり、飲み込むように上に飛び出した。


 四角い影。

 箱。

 だが、魔力を感じない。


 これは見たことがある。


 これはまさしく……


「――」


 オーガは影に呑まれた。


 だが、一瞬で影を振り払った……かのように見えた。


「え……?」


 その瞬間。


 影から現れたオーガは、体制が変わっていて。

 こちらを向いていて。


 実体のない身体で、白い瞳をこちらに向けていて。 


 明らかに――睨んでいた。


「どうしたクノン? ……あ?」


 クノンが驚いているのを察するゼオンリーだが。


 同時に、そんな彼の背後に、女が立っていることに気づいた。


 さっき道端で寝ていた人妻だ。


 彼女は目をつむっている。

 まるで立って寝ているかのように、彼女の意思を感じられないたたずまいだ。


 だが、足取りはふらふらで目も開いていないのに。

 彼女はオーガへ向かっていく。


「……」


 クノンは、オーガの反応に驚いていた。

 だから気づかなかった。


「お、おい……」


 明らかに何かがあった反応をするクノンに、ゼオンリーは動揺していた。

 だから人妻を止める間もなかった。


 ――何かまずいことが起きている。確実に。


 見えないゼオンリーは、それだけは直感でわかった。


「クノン! ここを離れるぞ!」


「えっ!?」


 師に腕を捕まれ、クノンは強引に路地裏から連れ出された。


 と――


「――」


 ばこん、と音がして。

 クノンらに向けて大小の破片が飛んできた。


 人妻が、無造作に腕を振って、壁を破壊したのだ。


「――そこで止まれ!」


 ゆっくりと歩み出でてくる人妻。

 異様な迫力があった。


 反射的にゼオンリーは警告し、土檻を放って封殺を試みた。


 ゼオンリーが得意とする中級魔術「土剛檻(ト・ガララ)」。

 土でできた檻を作り出す、捕獲を目的とした土魔術だ。


 その檻は、硬い。

 とっさでも重奏三十段以上の改造を施し放たれるそれは、それなりの魔物であってもびくともしない。


 クノンもこれを破るのはかなり手こずった。


 が。


「――」


  ばこーん


「は……?」


「え……?」


 師も弟子も驚いた。

 その檻の硬さを知っているだけに、驚かざるを得なかった。


 拳一発で砕けた。

 魔術師でもなんでもない、ただの人妻の拳で。

 軽々と。


「……こりゃもしかしなくても、オーガが憑いた感じか?」


「それ以外の理由を探す方が難しいかと……」


 流れで言うと。


 人畜無害のオーガがいた。

 ゼオンリーがちょっかいを出しまくった。

 オーガが怒った。

 近くにいた手頃な依り代に宿った。


 こんなところか。


 そして、今、向かってきている。


 人妻の体を借りたオーガが。

 

「――逃げるぞ!」


「――はい!」


 言うが早いか、二人は走り出した。


 人妻も走り出した。








 と。


 そんな昨夜の出来事を思い出しつつ、クノンはレポートにまとめた。


 本当は昨夜の内に書きたかったが。

 徹夜明けの顔などミリカに見せられないので、休む方を優先した。


 そして今朝である。


「使用人、もう一人いたんですか?」


 大暴れしたことを何も覚えていない麗しき人妻は。

 テーブルに朝食を置いて去っていった。


 昨日は見なかった顔の登場に、ミリカは何気なく問う。


「いえ。彼女は昨夜困っていたので、僕が連れて帰ってきただけです」


「ああ、そうです……か…………………あ?」


 ミリカは気づいた。


 それはつまりお持ち帰りというやつか?

 女を持ち帰ったのか?


 そんな当然の疑問を抱き。


 クノンには聞かせたことがない類の、かなり低い声が出てしまったが。


「――さあ、食べましょうか。いただきまーす」


 クノンには聞こえなかったらしい。


「見て見て、ほら、こんなにベーコンが厚い! どう思いますこの厚み!? なんというか……ここまで厚くていいのかって思いませんか!?」


 聞こえていてこんなに無邪気で明るいなら大したものだ。


「ええそうですね。私もこのままでいいのかって本気で思っていますよ」


 まあ、とにかく。


 朝食の時間である。






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[一言] >……あ? この一幕で中の人はファイールズあいさんを推したい(ぉぃ
[気になる点] 〉「あと思いつくのは、これくらい・・・・・か」 この後、何かやらかしたのかな? それともいきなり四角い影が出現? 何かやる前に四角い影が出たのだよね! つまり魔女さん登場?
[良い点] 「ええそうですね。私もこのままでいいのかって本気で思っていますよ」 はははは、はははは、はははは。
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