199.スケジュールを受け入れる
「――クノン様すごいですね」
「――私もここまでとは知りませんでした」
小さなテーブルでディナーを楽しむ子供たち。
談笑に夢中で、ペースはゆっくりだ。
そんな二人を肴に、侍女たちも話が弾む。
並んで佇み、ひっそりと言葉を交わしていた。
ローラとリンコ。
立場は違えど、婚約者同士の専属の使用人たちである。
――まあ率直に言うと、お互いに情報が欲しいのだ。
使用人目線で見た、己と相手の主人はどういう人なのか、と。
やはり気になるところである。
しかし今二人の話題の中心は、クノンの返答にあった。
「――へえ。まだまだ仲の良い女がいるんですね。全然尽きませんね。これで何人目でしたっけ?」
直接的ではないにしろチクチク責めているミリカ。
「――二十三人ですよ。みんなとっても魅力的で……」
「――へえ?」
「――でもやっぱり一番は殿下かな」
「――……へえ……」
そしてそれを華麗にかわし続けるクノン。
何がすごいのかといえば。
クノンはミリカの言葉の棘に気づいていないことだ。
気づいている素振りは一切見せない。
焦ることも言葉に詰まることもない。
己に過失はないと思っているからだろう。
本気で。
あれで表面上だけ繕っているのなら、逆にもっとすごい。
「――お付き合いは長くないので?」
「――ええ、この留学からです。それに基本は家のあの方しか知りませんので」
――そう答えるリンコだが、改めて、現状の恐ろしさを実感していた。
クノンの女性関係すげえ。
それに尽きる。
家の中でもちょくちょく女の名前は聞いていた。
だが実際はどうだ。
リンコの把握していた十倍は大変なことになっているじゃないか。
そして、それを手紙で書ける胆力もすごい。
よりによって婚約者に。
余すことなく。
やましいことがないから書ける?
そうじゃないだろう。
やましくなければなんでもやっていいわけではないだろう。
婚約者にわざわざ心配させる内容を書くな、という話だ。
まあ、「なら書かなければいいのか」と問われれば、それもまた微妙なところだが。
隠されれば隠されただけ嫌な気持ちにはなってしまうが。
リンコは首をさする。
――クノンが浮気してミリカが怒り狂って全部侍女のせいにして問題解決。
ずっと心配している流れである。
そうなるんじゃないか、と心配している流れである。
で、クノンの女性関係を目の当たりにしたわけだ。
もしかしたら本当にそのうち首が飛ぶかもな、とリンコは思っていた。
クノンの稼ぎはえげつない。
報酬も労働環境も申し分ない。昼寝だってできる。
食費も生活費も潤沢で、週一で高級レストレランでランチしている。こっそりじゃなくて堂々と。許可を求めたら「いいよ」って言ったから。即答で。
だがその分。
裏に潜むリスクも、なかなかのものだったらしい。
こんなに女友達がいるとは思わなかった。
これは、なんだ。
どうしたらいいんだ。
もう手遅れなんじゃないか。
「――そちらのお姫様、怒ってますよね?」
「――まあ気にしていないと言えば嘘になりますが」
そりゃそうだろう。
今まさにチクチクやっているところだ。
「――でもクノン様は元々ああいう感じだったので、今更変に真面目になるのも嫌みたいですね」
「――ああ、なるほど。乙女心ですね」
なんだかんだ言いたくはあるが。
それでも結局ミリカは、軟派で軽薄なクノンが好きなのだろう。
難儀なことである。
夕食が終わった。
「メシ終わったか? いつまでもちんたら食ってんじゃねぇよ」
ゼオンリーたちが戻ってきたからだ。
彼らが早いというわけではない。
こちらはおしゃべりばかりしていたので、かなりスローペースだったのだ。
最後まで、クノンはミリカの言葉の棘に気づかなかった。
――なかなか大物になりそうだな、とローラ辺りは思っていた。
「話は明日でもいいのでは?」
チクチクやられていたクノンだが。
気づいていない以上、それはただただ大好きな婚約者と過ごすだけの時間であった。
もう夜だ。
だが、まだミリカと話し足りない。
クノンはそう思っていたが――
「さっきも言っただろ。あまり長居はできねぇんだよ。俺らの滞在日程は三日か四日くらいだぜ」
「え、そんなに短いんですか?」
「俺も姫さんも、本来なら国から離れられない立場だからな。
で、俺は今日、徹夜してでもおまえといろんな話をしておきたいと思っている。それで俺の用事は終わりだ」
滞在期間にも驚いたが。
今夜徹夜で、と言い出したことにも驚いた。
まあ、クノンとしては拒む理由はないが。
クノンだって話したいこと、相談したいことはたくさんある。
「明日の午後か明後日の午前中、姫さんとデートする時間くらいはくれてやるよ。話したいならその時にでも話せ」
デート。
具体的なエサの提示に、クノンとミリカはそのスケジュールを受け入れた。
ホテルを取っているというミリカとローラを見送り。
ついさっきまでミリカが座っていた席には、今はゼオンリーがいる。
彼とダリオはこの家に泊まることになった。
ちなみにダリオは、もう用意した客間に行っている。
「もう寝る」と。
彼は王宮魔術師の護衛兼監視役らしいので、ゼオンリーの傍にいるのが義務付けられている。
今日はもう外へ出る予定がない。
だから家の中では別行動だ。
「――よし、始めるか」
ダリオは寝たし、リンコも飲み物だけ用意してもらい部屋に返した。
これで、ゼオンリーとクノンは二人きりとなった。
「この一年半、何してた? 手紙に書いた分も含めて改めて聞かせてもらおうか」
誰かがいると話せないこともある。
特に魔術関係だ。
師弟だけに、公表できない情報まで共有している部分もあるのだ。
――たとえば、「鏡眼」のこととか。
「そうですね、何から話そうかな……」
師と弟子の時間は過ぎていく。





